試験終了
「あぁああああっはっはっはぁあああああっーーー‼ これで俺達の試験合格は決まったも同然、すべては知略と閃きと俺の勝利だぁああああああああっ‼」
突如屋上でそんな高らかな笑い声が響く。しかし、辺りの喧騒は始めよりもヒートアップしている為、葵の笑い声は想い人である皐月にしか聞こえなかった。
ドアを閉め、念の為と屋上の扉に鍵を閉めた葵は我慢しきれず、喜びのあまり爽快な笑いが込み上げてきたのだ。
「おかえりー」
ゆっくりと皐月の元に向かうと、彼女は気の抜けた声で葵を出迎えてくれた。
「おうともです! 勝利を確信した俺、幼馴染の元へと無事戻ってこれました!」
ビシッ! と啓礼の仕草をする葵。普段はこんな事しないのだが、勝利を確信してしまった為、浮かれてしまっているのだ。
「けど私、すっごい不満です! というか、腑に落ちません!」
「どうしたんだい皐月さんや? この試験を合格したという喜びを君は感じないのかい?」
頬を膨らませて不満気アピールする皐月に葵は疑問に思う。
「嬉しいでござるが、私は納得と言うか理解していないのでモヤモヤしているのです! このモヤモヤを解消する為に、私は葵くんに説明を求めます!」
「ござるって言う言葉にはツッコんだ方がいいのか?」
今時、ござると言う言葉を使うJCは珍しいのではないだろうか? というより、葵は見たことが無い。
しかし、可愛いと思ってしまったので、これはこれでアリと己の中で解決させた。
「早く! 説明してよ! 何で簡単に鬼を渡せたの⁉」
葵の眼前までやって来てすごい剣幕で尋ねてくる皐月に、思わず葵はたじろいでしまう。
桜色の唇やら長いまつげやら仄かに香るいい匂いに顔を赤くしてしまうが、仕方がないので肩を竦めやれやれと浮かれた気持ちを静めて説明することにした。
「皐月も分かる通り、この試験は『鬼でないとPTが稼げない』くせに『鬼のままだと試験に受からない』という厄介なルールがある」
「あるね。だからあのままじゃ私達は試験受からなかった訳だし」
「そうそう。だから、この試験は『いかに前半にPTを稼ぎつつ鬼をなすりつけるか』がポイントになってくる訳だ」
PTを稼ぎ上位三十名に含まれるには必ず鬼にならないといけない。それも継続的に子と手を組んでPTをギリギリまで増やさなければならないのだ。
しかし、欲をかき過ぎて最後までPTを稼ぎ続けると、鬼をなすりつける時間が無くなり、せっかく稼いだPTが三十位圏内に入れたとしても失格になってしまう。
だからこの試験、『どこまでPTを増やし、鬼をなすりつけるか』という時間の見極めもポイントになってくるわけだ。
「だけど、それはみんな考えることだろ? 時間が過ぎれば過ぎるほど、皆鬼になりたくなくて逃げ回るしかなくなる。そうなれば、必然的にPTを増やし続けていた連中も、なすりつけるのに苦労する」
「そうだよね。最後の最後で鬼になっちゃったら試験に落ちちゃうんだもん」
うんうん、と首を縦に振る皐月。
「だからこそ分からないんだよ。なんであの子はあんなにも簡単に鬼になりに行ったの? それに、私達を襲う素振りもなかったし」
試験終了十分前。そろそろ鬼を手放さないと試験に落ちてしまう頃合い。葵は不意に立ち上がり、屋上の扉に向かったのだ。このまま葵達が出てくるのを待っていても鬼になれないから諦めたのか、屋上の入り口は時間が経つにつれ静かになり、葵が向かう頃にはシンとしたものだった。
そして、葵が扉を開けると一人の女の子の姿。葵は徐に少女の肩に触ると、少女は急いでその場から離れていったのだ。
「分かるよ? 鬼になれなくて焦っていたから葵くんの鬼を貰ったんだと思うけど、それじゃあどうして私達を狙わなかったのかな? すぐにPTを稼ぎに行くなら私達って格好の餌だよね?」
終盤も終盤。今、鬼を巡っていた争いも落ち着いてきた頃。もちろん、PTを稼げた人間はごく少数だろう。なにせ鬼は三名しかいないのに対してこの試験者数は千人を超えているのだから。
だからこそ、未だに鬼の恩恵によってPTを増やしていない生徒も多いはず。だからこそ、いち早く鬼にならなければならない。
そんな状況で、着実とPTを稼いでいっている葵達が目の前にいるのだ。普通であれば一分と言う制限があるにしても狙うに決まっている。
それなのに少女は見逃した。それが皐月は疑問でしかなかったのだ。
「それは単純明快。というのも————これを使ったからですよお嬢さん」
そして、葵は懐から一枚の紙切れを取り出した。
そこには手書きの文章に赤い血判————つまり、
「『誓約書』。俺は予め、あの女の子と約束事を交わしていたのさ」
そして、その紙切れを皐月に渡す。
皐月はそれを受け取ると、その内容を読み始めた。
~誓約書~
私は、この度の試験にあたり、鬼を受け取る代わり下記事項を尊守することを誓約いたします。
第一条
試験終了十分前にて、私は屋上扉の前にて鬼の役の受け取りをお約束いたします。
第二条
鬼の受け取りの対価として、東條 葵及び水無瀬 皐月に鬼を移さない事を誓います。
第三条
以上の約束事を破った場合、私は東條 葵に対しての賠償として五十万をお支払することをお約束いたします。
二月二十五日
立花 楓
「うわぁ……何この一方的な約束……」
皐月は名前の部分に血判が押してあるその誓約書を見て、少し————いや、かなり引いていた。
「失敬な。俺は鬼と言う役をあげる代わりに、彼女には『俺達に触れないで』『試験ギリギリに鬼を取りに来て』と言う約束をしたにすぎん。俺は鬼を手放せてハッピー、彼女はPTを増やせてハッピー————な? 素晴らしいWin×Winじゃないか」
「いや、これずっこくない? だって葵くんってデメリット一切ないよね?」
そう、この誓約書には葵に対するデメリットは一切ない。何せ、鬼は手放せて嬉しいのだし、『触れるな』、『指定の時間』という文言は葵達にギリギリまでPTを稼がせる為のものだからだ。
それに対して、少女はPTを増やせる鬼になれる代わりに『PTを増やす時間が残り僅か』と『指定の場所に行く』、『鬼のまま試験を終える』と言うデメリットに加え、『約束を破れば賠償金を支払う』と言う罰則までつけられているのだ。
これは清々しいほどの一方的な誓約書。葵にメリットしかない。
「よくこんなのにサインしたよね……」
「それは仕方ないだろう。何せ、彼女はこのままいけば一律の最下位。千人以上の相手に対して鬼になってPTを稼ぐのは難しに等しいからな。それなら、賭けに出て『確実に鬼になれるこの約束』に乗った方が得なんだ。っていうか、試験に受かるにはこの話に乗る方が可能性が高い————だからこそ、彼女はこの話に乗ったんだ」
そう、このまま『鬼狩りゲーム』をしていても、自分が鬼になれる可能性はかなり低いし、それからPTを稼ぐとなればもっと低くなる。
それなら、残り時間僅かでも『確実に鬼になれ、皆PTが上がった状態でPTを稼ぐ』方がまだ試験に受かる可能性が高いのだ。
「だから俺はこの誓約書を作り、まだ人が集まっていた時に屋上の扉の隙間からこの誓約書を入れて、それが返ってくるのを待ってたんだ。そして、あの少女がたまたまこの誓約書を見つけて、サインして俺に渡してきた————正直な話を言うと、俺達はあの誓約書が返って来た時点で勝利は確定してたんだよ」
誓約書は、相手側が受け取れば所の効力が発揮される。俺が受け取った時点で約束は守られ、後は俺達はただただPTを増やしていけばよかっただけなのだから。
それに、この誓約書は彼女に狙って渡したわけではない————誰でもよかったのだ。誓約書さへ書いてくれれば。だからこそ、一番人が集まっていた時に葵はその誓約書を屋上扉の隙間に出したのだ。
それは、高い確率で誰かしら見てくれると思ったから。
「……悔しいけど、納得しました」
皐月は、その誓約書をまじまじと見つめ、やがて悔しそうに納得した。
「だから言ったろ? すべては紙切れで解決できるってさ」
そして、試験終了の知らせを告げるチャイムが鳴り響いた。
~東條 葵~
暫定PT 第一位
~水無瀬 皐月~
暫定PT 第二位
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