学園のルール

 Cクラス。本試験合格者が集まるこの教室。

 総勢三十名しかいないのにも関わらず無駄に広い。それに加え、黒板の代わりに巨大なディスプレイ、椅子はお尻に負担がかからないようなふかふかなもの、机にはタッチパネルが埋め込まれてあり、引き出しというものはなかった。

 なんと言う最新設備。流石は日本一の進学校と言ったところか。


 そんな教室の窓際には、このクラスの代表でもある首席の少年が座っている。

 首席たる彼は周りとは違う空気を漂わせていた。


 それもそのはず。何せ、試験という名のゲームを己の知略と閃きによって随一の結果を残したのだから。

 正しくこのクラスのトップ。

 そんな彼は代表たる威厳を————


「ヤバいっす皐月さん。俺、とんでもな人に目をつけられたみたいっす……」


「自業自得なんじゃない?」


 感じることはできなかった。

 肩を震わし、怯えた目で隣に座る幼なじみを見ているその姿からは、代表たる威厳はどこにも感じられなかった。


 漂うオーラは怯え。同じ教室にいる生徒も、「は? あいつが首席?」みたいな目を向けている。


「それにしても、この椅子ふかふかだよね〜。中学の硬い椅子とは段違いだよ〜」


「聞いて、見て、心配して」


 しかし、そんな葵を他所に、皐月は高級感溢れる椅子を堪能していた。


「だって仕方ないんじゃない? 葵くんが嘘ついちゃったのが悪いんだし」


「いやね? 初っ端から「首席、倒す」なんて言っている人と関わりたいと思う? 俺は平和を望一般人なの。ラブ&ピースの精神なの」


「気持ちは分かるけどね〜」


 学園のトップになると豪語していた少女。

 もちろん、トップになるには同成績を納めた葵が標的になるのは当然。

 平和的に好かれるために入学した葵とは相容れない存在なのだ。


 故に、関わりを持ちたくないと言うのは仕方ない。

 だからこそ、あの場で嘘をついてしまったわけなのだが————


『私は、この学園でトップに立つの。立たなきゃ……いけない』

『だから、私は首席たる人物を倒したいと思ってる。勝ちたいと思っていた』

『でも……それ以上に、あんただけは許さない』

『私は嘘が一番嫌いなの。だから————あなただけは、絶対に許さないんだから。覚悟しておきなさいよ』


「はぁ……」


 入学式を終えた時に言われたその言葉。

 それを思い出し、葵は深いため息をついてしまう。ぶっちゃけ、葵にとっては学年首席の座なんて譲ってもいいし、なんだったらクラスの代表だってプレゼントしいと思っている。


(けど……皐月は、どこまで思ってるんだろうか?)


 入学はできた。果たして、それだけで彼女の『好き』の基準を満たせたのだろうか?

 チラリと横を見る。


「ふかふかだぁ……」


 そこには、嬉しそうに椅子の感触を確かめる皐月の姿。

 ……別に、入学できたからと言って、皐月の態度が変わったわけでもなかった。


 であれば、まだ彼女にとって『好き』の基準は満たせていないのだろう。

 という事は、学年首席にでもならないといけないのか————


「我ながら、難儀な相手を好きになったものだ……」


 もの鬱げに呟いたその言葉は、想い人には届かなかった。



 ♦♦♦



『この都市学園には、様々な規則が存在する。それは皆が今以上に有望な人材へと育ってくれる為に必要なもので————』


 教師と思われる人物が教室に入り、簡単な学校の説明が行われていて、皆それぞれ真剣にその話を聞いていた。

 隣を見れば、皐月も同じような目をしていることだろう。

 ……しかし、一方の葵は————


(さて……光が見えたと思ったらまた遠のいてしまったぞ?)


 全く別の事を考えていた。


(……こうなったらいっその事、皐月に「俺って頭良くない? 好きじゃない?」なんて聞いてみようかね?)


 想い人に好かれる為、次の段階を既に考えているのだ。

 それは一重に『好き』故に。学園の説明より、想い人を選んでしまう辺り葵の一年間の想いは伊達じゃない。


『そして、この学園では、皆に生活費が支給される訳だが……私達としても、タダであげる訳じゃない』


 しかし、葵の事など無視して、教師の説明は続いていく。


『そこで、我が学園では『PT』と言う制度を取り入れている。これは、生徒の向上心を仰ぐ制度であり、君達に与えられるPTの分だけ、生活費も大幅に支給されるというシステムだ』


 贅沢な生活を送りたかったらPTを増やせ。簡単にまとめるとそう言う事。


『当初、君達に与えられるPTは入学試験で得たPT分だけ支給させてもらう。少ない者もいるかと思うが、それは自分の実力がその程度という事で納得して欲しい』


 すると、一斉に入学当初に支給された端末から音が鳴った。

 葵も皐月も、気になり端末の画面を見てしまう。

 そして、そこに表示されたのは、大きく『保有PT』と書かれてあるアプリ。


「葵くん葵くん」


 端末を見ていた葵に、隣から幼なじみの声がかかる。


「私、松坂牛が食べたい!」


「いきなり何を言い出すんだこの子は」


「だってだって、これだけPTがあったら松坂牛食べれるでしょ? さっき先生も「ここなら何でも揃う」って言ってたし、松坂牛があるかもしれないじゃん!」


 そう、葵は想い人に好かれる為の作戦を考えていたので聞いていなかったが、この学園では大抵のものは何でも揃う。

 家電に食料、アクセサリーに衣類や嗜好品まで————幅広く、この学園では取り扱っている。

 それは、一重に敷地内にショッピングモールが存在するからだ。


「松坂って高いんだぞ? 生活費がなくなっちゃったらどうするの? メジャーに行ってもすぐに日本に帰ってくるぐらいだぜ?」


「けど食べたくない? あの肉汁じゅわ〜に、口の中でのほほんって蕩ける松坂牛」


「馬鹿! そんな事言ったら松坂牛が恋しくなっちゃうでしょ⁉」


 いきなりの味の爆弾に、一気に思考が持っていかれる葵。

 今、葵の頭の中では松坂牛のステーキだけしか浮かばなくなった。


『差し当って、当初生活費を今から端末に送らさせてもらう。この敷地内では全てその端末に与えられた電子マネーでやり取りができる。……まぁ、今のPTだとこれぐらいって感覚を覚えてくれるだけでいい』


 そして、画面横に新しい通知のマークが。

 タップして開くと、通貨と思わしき数字の羅列。

 葵の端末には『480,000』と表示されていた。


「いくぞ松坂牛! 今日の晩飯に相応しい!」


「乙にわさびものっけよう! ついでにフカヒレも食べてみたい!」


 立ち上がり、虚空に向けて拳を突き上げる二人。

 目にした事の無い破格のマネーに、思考は完全に高級食材へと変わってしまった。


『ただし、与えられたPTは減ることもあるし増えることもある————それが、この『決闘』と言うシステムだ』

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