首席の少女

「落ち着きました!」


「落ち着いてくれましたか」


 辺りの喧騒も落ち着いた中、人混みの外れのベンチでこちらも落ち着いた皐月。


 中学の制服の胸部分が妙に湿っているのは、きっと皐月の涙や何やらだろう。

 ここで具体的に『何か』を表現すると、乙女の沽券に関わるので濁させていただく。


「それで、首席って何だろうね?」


「急にどうしたの皐月?」


 涙を拭い、目を赤くさせた皐月が急な話題を振る。


「今回、私が見えた限りではグループが六つあったんだよ。それで、Cグループの所に私達の名前があったんだけど————そこに、葵くんが首席って書いてあった」


「ふーん……首席ねぇ……」


 首席と言えば、単純にトップを指す言葉。普通に考えれば一番の成績を収めたと言う事になるのだが、一般的に首席は学年全体において使われる言葉。

 グループごとの首席とは一体どう言う意味なのか? それに、グループは第一試験で行われた三つしかないと思っていた。

その事に葵は疑問を思った。


「まぁ、単純に考えればそのグループで一番の成績だったって事じゃないか?」


「それもそっか〜」


 皐月は考える事を止めたのか、呑気に鼻歌交じりに足をバタつかせる。


「これで、引越しの手配も無駄じゃなくなったね〜」


「そうだなぁ〜、笑い者になる事もなくなったな〜」


 しかし、それも葵とて同じ。一気に緊張感がなくなった葵も、力の抜けた声を上げた。


「そう言えば、これから私達ってどうすればいいのかな?」


「それは俺にも分からん」


 本当は試験終了時に説明があったのだが、「よっしゃぁ! 合格間違いなしだぜひゃっほぅ!」と浮かれていた葵達は当然聞いていなかった。

 だから、ここからどうすればいいのか分からなかったのだ。


「とりあえず、誰かに聞いてみますかい? 出来れば、試験に受かっていそうな人に」


「そうだね、落ちていた人に「受かった後ってどうすればいいですか?」って聞いたら失礼だもんね」


 落ちている人にそんな事を聞いたらただの煽り。流石にそこまで気を使わない人間じゃない。

 だから辺りを見渡し、葵達は試験に受かっていそうな人物を探す。


「よっしゃ、あの子に聞いてみるか」


 そして、葵はそれらしき人物を見つけて立ち上がる。


『流石絢香様ですわ! 首席で合格するなんて!』


『ほんとほんと! 流石『次期鷺森財閥を担う器』です』


 なんて声が聞こえる集団。紅蓮のような赤色の髪を靡かせる女子生徒を中心に囲っているその集まりは、声を聞いた限り合格者だと言う事が伺えた。


「すみませ〜ん!」


 なので、無知な葵は今後の行動を教えてもらうべく、その集団へと向かった。


「何ですの?」


 すると、取り囲んでいた一人の女子生徒が葵の声に首を傾げる。


「いや〜、ちょっとお尋ねしたいことがありましてね? 教えて頂きたいな〜……なんて?」


「はぁ?」


 少女は、訝しむ目で葵を見つめる。すると、取り囲んでいた他の少女達も一斉に同じ目を向けた。その目に、葵は思わずたじろいでしまう。


(おぉう……これ程までに歓迎されていない目は初めてだ……)


 ちょっとお辛い。本音を言うと、すぐにでも逃げ出したい空気感であった。


「葵くん、どうだった?」


 すると、葵の中では救世主的な存在である皐月が気になって近づいてきた。持つべきものは愛し想い人。このいたたまれない空気の中で皐月と言う存在は救世主だった。


「いや、まだ教えて貰っていない。ついでに言えば歓迎されない空気を貰ったところだ」


「……何したの?」


「……何も」


 本当に何もしていない。ただ尋ねただけだ。


「あなた、この方を知っていて話しかけたんですか?」


 肩身の狭い空気を浴びている葵に、女子生徒が声を発する。


「……?」


「……?」


「知らないんですの⁉」


 疑問符を浮かべる葵達に、少女————もとい、少女達は驚愕の表情をする。

 その反応に、またまた疑問符を浮かべてしまう葵達。

 その瞬間————


「いいじゃない、別に知らない人なんて世の中いるもんだわ」


 そんな空気を割るように、中心にいた人物は葵達の前にやって来た。

 紅蓮のような髪は腰まで伸ばし、ルビーの瞳に、透き通るような白い肌と女性が羨ましがるようなスタイル————完全に美少女と呼べるようなカテゴリにいるような少女だった。


「初めまして、私は鷺森絢香よ。皆が失礼したわね」


 赤い髪かきあげ、上品さを醸し出しながら葵達に謝罪する。

 気品触れるオーラを醸し出す少女。お嬢様なのだろうか? と思ってしまった葵達は、綾香から背をそむけ、ひっそりと小声で話し合う。


「(おいおい! 俺、話しかける人間違えちゃったよ⁉ やべぇよ! この気品はやべぇってばよ⁉)」


「(何やってるの葵くん! これ完全にお嬢様だよ⁉ 私、見ただけで女としての格の違いを見せつけられたような気分だよ⁉)」


 狼狽える二人。完全に話しかける選択肢を間違えてしまったようだ。


 もっと気さくに話しかけて答えてくれるような人物を望んでいたのだが、まさかここまでの気品溢れるオーラのお嬢様が出てくるとは、露知らなかった。


「あの……?」


「あ! すみません無視しちゃって! 私、水無瀬皐月って言います!」


 声をかけられ慌てて自己紹介をする皐月。どうやら葵は出遅れてしまったようだ。


「水無瀬さん……あぁ、Cグループの次席の子よね?」


「知っているんですか?」


「別に敬語じゃなくていいわよ。どうせ同い年なんだし」


「そ、そうです……いや、そうだね」


 思わず敬語になってしまった皐月は、慌てて元の口調に戻す。

 しかし、未だに緊張した様子が伺えるのは、彼女の気品に気負わされているからだろう。


(なんと言う気品溢れるお嬢様……)


 葵は、そんな赤髪の少女を見て感嘆していた。


「それで話を戻すけど、私は首席と次席の名前は覚えているの。グループが違うから、当初のライバルになるからね」


「……ライバル?」


「そ、私は学年の首席を狙ってるの。この都市学園で上に立つために————私は、他のグループのトップである貴方達に負けたくないから」


 なんと高い志しを持っているのか。この学園で上に立つという事は並大抵のことではない。


 それでも尚、上に立つと豪語している彼女はあまりにも気高すぎる。


「あ、葵くん……」


「あ、あぁ……俺、ヤバいんじゃね?」


 何故か分からないが身の危険を感じた葵。

 この口ぶりからして、彼女は何処かのグループの首席なのだろう。

 この学園で何が起こるか分からない葵に、「負けられない」堂々と宣言しているということは、これから何かされるのではないだろうか?


 その事に、一種の身の危険を感じてしまう葵だった。


「それで、そこの貴方はもしかして————」


「人違いです」


 とりあえず、身の危険の為か反射的に否定してしまった。

 まだ何も言っていないのだが。


「……そうなの? てっきり、Cグループの首席の生徒だと思ったのだけど?」


「人違いです。俺はギリギリで合格したCグループの生徒です」


 ここまで来たら突き通す。葵は、その場の体裁より、身の保身を選んでしまった。


「そうなの?」


「そうなんです」


 それでも信じない絢香は葵の顔を覗き込む。自分を射抜くようなルビーの瞳が眼前まで近づいてきて、思わず反射的に後ろに下がってしまった。


「まぁ、いいわ。それで、貴方達は何が聞きたいの?」


「あ、あぁ……実は————」



 初めて会った少女に嘘をついてしまった。

 その事に罪悪感を感じてしまいながらも、今後の行動を尋ねる無知な葵だった。

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