合格発表

 合格発表は体育館前の掲示板にて行われるらしい。


 第一試験終了後に貰った案内図を見ながら、葵達は掲示板へと足を進めた。


 そして、広大な敷地を観光気分で進んでいると、やがて大きな人だかりを発見する。


「……すごい。人、多いね」


「そう……だな。人、多いな」


 その光景を見た葵達は唖然。それほどまでに、掲示板前に集まる人だかりは凄かったのだ。


「え? 何よ? 第一試験の合格者って三十名しかいなかったんじゃないの? 敗者復活戦でもあったの?」


「さ、さぁ……?」


 事実、第一試験の合格者は三十名のはず。それが他のグループも同じことであれば、集まっても百人前後。


 なのにここで集まっている生徒数ざっと千人越え。唖然とするのも無理がない。


「と、とりあえず……見に行きますか?」


「いえっさーです、葵くん……」


 何時までもここで突っ立っているのもおかしい。

 というわけで、葵達は人だかりへと緊張した顔つきで突っ込みに行った。


「わふっ……見えませんぜ葵殿!」


「同じく、見ることができません皐月嬢!」


 完全に出遅れ。人だかりに突っ込もうとも、巨大な掲示板で張り出されていようと、この人数の前には全くの無意味。というか、見れない。


「……ここは、一旦後退しまーーーー」


「よっしゃぁああああああっ!」


「ーーーー何?」


 一度ほとぼりが冷めるまで後ろ行こうと提案しようとした葵の声を遮るように、何処からか熱の篭った声が聞こえてきた。


「ちっくしょぉおおおおおおおっ!」


「お母さん! 私やったよ!」


「どうして……この僕が……」


 そして、その声を川切りに次々と色んな声が上がる。


「もしかして、今から張り出された感じだっちゃ?」


「そのようですね皐月さん」


 ここからでは見えないが、どうやら今掲示板で張り出されたみたいだ。本当に、全く見えないので既に張り出されていたと思っていた葵達。


「……葵くん。もう、こうなったらアレをやるしかないんだよ」


「……ほう? 何かよく分かりませんが、アレをやるんですね皐月さん」


「その通りでっせ葵くん」


 ぴょんぴょんと、掲示板を見ようとジャンプしていた皐月は、至って真面目な顔つきで葵に提案する。


 しかし、何を指した言葉か理解できない葵であったが、とりあえず分かった風な言葉を残す。


「と言うわけで葵くん、座ってください」


「……?」


 彼女は一体何をしようとしているのか? 葵は全くをもって分からなかったが、とりあえず要望通りその場に座った。


 すると、皐月は葵の背後に周り、そしてーーーー


「……んしょ」


(こ、これは……ッ!?)


 可愛らしい声と共に味わうは首筋に伝わる柔らかい感触。そして、彼女のたわわな胸が何故か葵の頭に乗っている。

 つまりーーーー


(か、肩車だとぉおおおおおおおおおっ!?)


 伝説上の話だと思っていた。世の中のはびこるリア充でも行動に移すのは難しいとされる『肩車』。


 その行為を、皐月は行おうとしている。しかも馬は葵。


「ほらほら葵くん! スタンドアッププリーズだよ!」


「が、合点承知之助!」


 とりあえず、馬は馬らしくお姫様を持ち上げる。

 チラリと視線をななめ下にズラせば、想い人の白い太ももが見える。


 その事に、過剰に興奮してしまう葵。


(生きててよかった……)


 肩車如きで大袈裟な、と思われるかもしれないが、これは仕方ないのだ。

 何故なら、葵の肩に乗っているお姫様こそ、葵の想い人なのだから。


(東條葵十六歳。彼女を想い続けて早一年以上。その間の恋人なし「葵くん!」の童貞が「葵くんってば!」こんな幸せを味わっても「おーい、葵くん!」…………)


 葵の物思いに耽っている最中。頭上が何やら騒がしかった。


「どしたの皐月? 俺は今、人生で一番の幸せを味わっている最中なんだけど?」


「その澄み切った眼での変態さん発言に身の危険を感じるけどーーーーそうじゃなくて!」


 そして、皐月は「下ろせ」のジェスチャーをする。


 その事に、多少ーーーーいや、だいぶガッカリしてしまう葵だったが、仕方ないので腰を下ろした。


 そして、皐月は名残惜しさの欠片もなく、葵の肩から降りる。


「それで? 俺の人生一の幸せを奪った皐月さんは一体何の御用で?」


「いや、そんな大袈裟なーーーーって、何で唇を噛み締めて泣いてるの!? そこまで!? 葵くんにとって私の太ももはそこまで幸せに感じる事なの!?」


 皐月は、葵の表情を見て驚愕する。

 当然、日々想い人の傍にい続けて悶々としていた葵にとっては、皐月の太ももは幸せに感じないわけがなかった。


 それこそ、涙を流してしまうほどに。


「もう! 私の太ももぐらい後で触らせてあげるから、話を聞いてよ!」


「ガッデム!」


 後で誓約書を書かせよう。そう誓った葵であった。


「よし! 話してみたまえ皐月さん!」


「その晴れやかな笑みが余計に身の危険を感じるけどーーーー話しましょう!」


 互いに興奮気味に言葉を続ける。きっと、二人の興奮している理由は違うと思うが。


「なんと! 私達、合格してました!」


「なんと!? それは誠ですか皐月さん!?」


 葵はこの瞬間、皐月と同じ意味での興奮状態になった。


「もちのろんだよ葵くん〜!」


 そして、嬉しさのあまり葵に抱きついてっしまう皐月。


 一方で、再び別の意味で興奮してしまう葵。

 こうも立て続けに幸せを味わってもいいのか? 一生の運を使い切っていないか心配になった葵である。


「やっだよぉ……わだじだち……受かっでだぁあああああっ!」


 その皐月の興奮は、やがて嗚咽に変わる。それほどまでに嬉しい。その気持ちが、柔らかい胸の感触と仄かないい香りで興奮していた葵を現実に戻した。


「そっか……」


 現実に戻った葵は、皐月を見て胸が暖かくなる。


(こんなに嬉しそうにするなんてな……)


 頑張ってよかった。そんな想いを感じながら、泣きじゃくる皐月の頭を撫でた。


「ありがどぉおおおおおおっ、あおいぐんんんんんんんっ!」


 その泣き声は、しばらく止む事はなかった。







 〜グループC〜

 首席 東條 葵

 次席 水無瀬 皐月


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