赤髪の少女の来訪
「どうぞ~鷺森ちゃん♪ お相撲さん大好きなちゃんこ鍋だよ~♪」
「あ、ありがと……」
鍋をよそった取り皿を皐月が恐縮気味にお礼を言う赤髪の少女に渡す。
よそいたてほやほやな所為か、少女は可愛く息を当てて冷まそうとする。
その姿は、気品溢れているものの、どこか可愛らしい。
「いやぁ~! 正直、この量は食べれそうになかったからね! 鷺森ちゃんが来てくれてよかったよ!」
「そうなのかしら?」
「まぁ、調子乗って四人前も買っちゃったからなぁ……最悪明日の朝飯になるところだった」
捨てるのはもったいない。だからと言って、浮かれた気分で勝ったこの高級料理は葵と皐月の胃の中には入りそうにない。
それに気づいた葵と皐月は正直困っていたのだ。
そこに、急な来訪者。葵と皐月の朝から重い朝食を助けてくれた。
「それにしても今日は取り巻きはいないのか?」
「取り巻きってあの子達のことかしら? ————だったら、今は一緒じゃないわ」
「じゃあ、その子達にも食べさせてあげよう! 松坂ならタッパに入れてチンすれば食べれるしね!」
「そう? なら有難くいただくとするわ」
上品に座り、お行儀よくちゃんこを食べる少女。その所作からは前に感じたお嬢様オーラが強く感じれた。
「美味しい、鷺森ちゃん?」
「え、えぇ……美味しいわ」
「遠慮しないでじゃんじゃん食べてくれ。今日は色々有り余っているからな」
団欒とした食卓。いきなり加わったメンバーに違和感など感じさせないような空気。
「さぁ、今日はお祝いだー!」
「そうだね! お祝いだ—!」
「「あっはっはー‼」」
「————って、そうじゃないわよッ!」
葵達の高笑いを切り裂くように、赤髪の少女が叫ぶ。
「なんか流されて私も一緒に食べちゃってるけど、私は馴れ合いをしに来たんじゃないんだから! 普通に招かれたから違和感なくて忘れるところだったじゃない⁉」
違和感のない食卓に違和感を感じ、よせた取り皿をそっと食卓に置く。
その顔からは妙に苛立ちが感じられた。
「(おいっ、皐月の作戦『団欒に入って目的を忘れさせよう!』作戦が失敗に終わったぞ⁉)」
「(これは皐月ちゃんも上手くいくかなーって思ったんだけど……ダメだったね)」
突然の来訪に面倒事の予感を感じた二人。回収してしまったフラグを折る為、さりげなく招き入れ、さりげなく輪に加えて話を切り出させずそのまま帰らそうと思ったのだが、どうやら失敗に終わってしまったようだ。
「なんで私がこの男と馴れ合わなくちゃいけないのよ⁉ それに、アットホーム過ぎやしない⁉ ちょっとほっこりしちゃったじゃない!」
「それが田舎者だからなぁ~」
「田舎者はみんな家族って思ってるからね~」
「そ、そうなのかしら?」
自分とは違う感性に、思わず不思議に思ってしまう赤髪の少女。意外と、流されやすいキャラなのかもしれない。
「……それで? なんの用でしょうかお嬢様?」
仕方ないと嘆息し、葵は当初の目的を聞くことにした。
流されやすいと言っても、これ以上バタバタされると、皐月が門限を迎えてしまい帰らなくちゃいけなくなる。
少しでも想い人と長い時間一緒にいたい葵としては、早くこのお嬢様を帰らせたかった。
「ふんっ! そんなの決まってるじゃない————」
そして、葵の眼前まで近づき、
「私は、貴方と決着をつけたいの! 本当はもう少し様子を見てからにしたかったけど————私は、嘘をついた貴方だけはどうしても今すぐに倒したくなっちゃたのよ!」
「……なっちゃいましたか」
赤髪の少女の整った顔が目の前にある。桜色の唇や長いまつげなど、美少女と呼ぶにふさわしい顔が近くにあることに、少したじろいでしまう。
「むぅ~~~~ッ!」
一方で、その光景を見ていた皐月が頬を膨らませて唸る。
何故? と言う疑問は、ここで口にするのは愚問かもしれない。
「いや……さ? 俺だって嘘つきたかったわけじゃないんですよ? 「首席を倒す!」って豪語されたら、普通逃げたくならない? なりませんこと?」
「ならないわね……それが、首席だもの」
「おぉう……」
全く答えになっていないにも関わらず、キッパリと言われてしまうと、思わず悲しみの声が出てしまう。
「首席とは、上に立つ者。それは、皆の道を示さなければならなく、皆の成長を導かなければいけない義務がある。私は、上に立つ者として、中途半端な枠組みで納まりたくない————だから、私は上を目指すの。この学園の頂点に」
毅然と言い放つ少女に、言葉が出ない。
「まず始めに、私はこの学年の首席になる。才女の夏目さんは予想できたけど、貴方に関しては全くをもって意外だった————だから、少し期待し、尊敬していたのだけど……こんな男だっただなんて」
そして、少女は失望したような目を葵に向ける。
「嘘をつき、首席たる威厳を感じさせず、逃げてばっかり————正直、がっかりよ。あんたが首席なくらいだったら、他の子がなったほうがマシ」
(……は?)
一方的に言われ、葵の中で何かが芽生える。
それは苛立ちにも似たような————負の感情。
「早くその座から降ろしてあげる。すぐにでも、この学年の頂点に立つ私が貴方を倒してやるんだから。せいぜい覚悟して————」
「好き放題言ってくれるじゃねぇか」
我慢しきれず、葵の口から言葉が零れる。
いつもよりトーンが低めで、真っすぐと言い放つ葵からは、いつもの気の抜けた雰囲気は感じさせない。
それは、強者たるもののオーラ。正しく、一度失ったクラスの頂点に一日で返り咲いた者の雰囲気。
「……へぇ」
その姿に、思わずたじろいでしまう少女だったが、一瞬にしておくしない態度に戻る。
「確かに俺が悪かったかもしれねぇが、そこまで言われて我慢できる程の男じゃない。威厳? 逃げる? ……上等だろ? それが、生き抜くってことだ」
相手と対する時、必ずしも胸を張る必要はない。油断させ、足元をすくい、成り上がることなんてごまんとある。それは、社会で必要な技術。
世の中を生きていく上で、磨いていかなければならないスキル。
「だが……俺だって、そこまで馬鹿にされて何もしない男じゃない。俺にだって、プライドも矜持も持ち合わせている。だから————やろうか? 上に立ちたいと言うのであれば、馬鹿にした男が立ち塞がってやろうじゃないか」
「……ふんっ! 上等よ、ほえ面かかせてやるんだから」
ブ~~! ブ~~!
そんな時、不意に端末が震え始めた。
気になり、葵は端末を開きメッセージを確認する。
「……ちょうど、おあつらえ向きのイベントが起こるようだぜ?」
『来週金曜日、学年首席を選出イベントを執り行います。参加者は、一次試験合格者グループの首席である鷺森綾香、夏目桃花、東條葵の三名。
詳細は、追ってご連絡いたします』
「ここで勝負しようじゃないかお嬢様。ちょうどお前の望み通り、上に立てるチャンスだぜ?」
「えぇ……いいわ。受けて立とうじゃない」
端末のメッセージを確認し、それぞれに不敵な笑みを浮かべる両者。
それは、首席たる二人の雌雄を決するには充分な舞台だった。
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