負かしてくれる存在
葵が赤髪の少女とのやり取りをしていた同時刻。
女子寮のとある一室で、とある少女は一人笑みを浮かべていた。
(ふふっ、ふふふふふふふふふふふふふふふふふっ)
些か、女の子が生み出す可愛らしい笑みとは程遠い気もするが、それは誰も見ていないこの部屋の中ならセーフだろう。
女の子らしく長い時間をかけての入浴も終わり、髪を乾かし、皆より早い睡眠をーーーーと考えていた少女だが、今となっては眠気が彼方へ行ってしまった。
(あぁ……なんて素晴らしいのでしょう……)
腰掛けるベッドには、サラリとした白髪の髪が広がり、彼女は恍惚とした表情をしている。
そんな少女の手には、支給された端末が。
そして、開かれている画面はーーーー
(あの鷺森グループのご令嬢と、こんなにも早くお手合わせできるなんて……)
首席を決めるのだと言う通知。
そこには、Aグループの首席である鷺森絢香の名前と、同じくBグループ首席の自分の名前、さらにーーーー
(やっぱり、来て下さいましたね……)
噂によれば、彼は決闘の結果、次席にPT数で抜かされてしまい、一時は首席ではなくなったのだとか。
(それをたった一日で……ふふっ、やっぱり東條さんはかっこいいです)
感慨深く彼を想う夏目の顔は、首席としての顔でも、女の子らしく想い人を想うような顔ではなくーーーー
(あはっ、あははははははははははっ!)
……若干、狂気じみていた。
(生まれてこの方、負けた事がない私が、もしかしたら負けるかもしれないーーーーなんて……なんて素晴らしいのでしょうっ!)
夏目桃花。中学三年生時にも関わらず、高校模試で一位と言う成績をおさめた少女。
周りからは才女と呼ばれ、一度たりとも勝負に負けた事がない少女。
実質、プロ相手に挑まれたら負ける。それは当然であり、当たり前。
しかし、同世代ーーーーそれも『子供』範囲の相手では、今まで少女は負けたことがなかった。
だからこそ、少女は退屈していた。
(
こんな才能なんて、無い方がよかったかもしれませんでしたね……)
自分の才能を憂いる事もあった。
優れているのは分かっている。
けれど……退屈なのだ。負けを知らない人生なんて、成長を知らない人形と同じだと言うのに。
でも、でもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもっ!
(東條さん……私は、お待ちしていたのですよ? あの時からずーっと)
彼がいる。私を負かせる存在が、すぐ傍にいる。
三年前、まだ葵が幼馴染に恋を自覚していなかった頃。
夏目は、両親の仕事の都合で遠方へ住んだ事があった。
その期間は短く、夏休みの間ということもあり、友達と離れ離れーーーー何てこともなかった。
逆に言えば、ここでの友達なんて必要では無いーーーーそう思っていた。
けど……
『なぁ、お前一人か?』
『ちょうど遊び相手がいなくて困ってたんだよ』
『一緒にゲームをしようぜ? 勝負内容はみんなが知っているチェスなんてどうだ?』
突然現れ、突然遊ぼうと声をかけてきた少年。
未だ負け知らずであった夏目に勝負を仕掛けた愚者。
『いいですよ。少しだけでしたら』
『おっしゃ!』
その結果はーーーー
『また引き分け……』
『おぉう……お前、強すぎんだろ……』
引き分け。何回やっても引き分け。
将棋、囲碁、ブラックジャック、バカラ、スピードーーーー
時間を忘れ、出来うる限りの勝負をした。
それでも結果は引き分け。
勝ちもせず負けもせずの結果ではあるが、後一歩踏み出せば負けると言う境界線。
その事実に、夏目は歓喜した。震えた。叫び出しそうだった。
『お前、なんで笑ってんの?』
『いえ……この結果が素晴らしくて……』
『引き分けなんだけどなー』
それからも決着がつくことも無く、彼との時間は終わりを迎えた。
それが三年前に一幕。
遠い地で、次に会うこともないだろうと思っていた相手。
私に、負けを実感させ、勝たせてくれなかった少年。
『……お名前を、お伺いしても?』
『ん? あ、あぁ……俺は東條葵ってんだ』
(まさか、この学園に通って下さるだなんて……貴方はどこまで私を喜ばせるのでしょうか)
あの時の少年がここにいる。他にも自分を負かせてくれるかもしれない存在がこの学園に存在する。
この学園に入ってよかったーーーー夏目は心底、そう思った。
夏目の目標は、自分を負かしてくれる存在を探すこと。
手抜きはせず、ただ全力出した私をーーーー負かして欲しい。
それが夏目の喜び。他の人とは一切感性が合わないのは分かってる。
「さぁ……私を負かせて下さいな♪ ……東條さん、次はーーーー勝てますよね?」
当の本人には聞こえない。
覚えてもらっていないだろう、と言う事も分かってる。
だけど、焦がれずにはいられない。
そんな想いを抱いて、首席たる人物の一人が舞台に上がろうとする。
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