選抜選(3)

 ゲームが始まって数手目。

 このゲーム始まって初めて接触したプレイヤーは————


「……あら? 見つかってしまったようですね」


 ————夏目だ。

 駒の進行方向先。己の白の駒の視界に映るものは赤色の駒。

 つまり————


「ふんっ、あいつより先は夏目さんなのね」


 ————赤色の玉座に座る絢香の駒だった。

 2階校舎側左端。日が当たるこのマスで、二人の駒は目を合わせた。

 状況としては、2個の駒が連なる夏目の駒が壁際に差し掛かった途端、隣の渡り廊下から絢香の駒2個が現れた構造だ。


「どうしましょうか……?」


 別に、このまま背を向けても構わない。相手の動きを見て別の駒を動かしても構わない。

 今視界の状況だけでは、1マスしか動かせない駒だけなら、逃げることは可能————しかし、


(逃げた先に別の駒がある可能性もある訳ですし……)


 視界に映っていないだけで、別の駒が潜んでいる可能性がある。

 となれば、下手に動く訳にもいかない。

 一方で————


(夏目さんの駒とここで会ったのは行幸ね……)


 絢香はその顔に笑みを浮かべていた。


(夏目さんの駒がある廊下の先には私の駒がある。階段はそれぞれの廊下の真ん中にしかないし、逃げても確実に夏目さんの駒は確実に奪えるわね)


 絢香の別の駒————それが、今夏目の2マス先のところに控えている。

 あちらが絢香の駒を認識しているかは分からないが、どう足掻こうが4対2で、確実に追い込んだ形だ。

 先にしかけて取って取られてを繰り返しても、1個浮くような形になる。


(先手は私の勝ち————ってところかしら?)


 決して狙った訳じゃないが、それでも先に追い込んだのは絢香。

 だから、絢香は先に1個渡り廊下側のポーンを動かす。

 そして夏目のターン。そこで彼女はどう動くのか? アナウンスとポーンの視界が動くのをじっと待つ。


 そして————


『夏目桃花がポーンを動かしました』

『夏目桃花がポーンを奪いました』


「……え?」


 盤上から、絢香のポーンが一つ消えた。

 それは渡り廊下で夏目を追い込んでいたポーンの一つで————


「あらあら? 追い込んでいるのは私の方ですよ?」


 渡り廊下の背後、気付かぬうちに潜んでいた夏目のポーンによって、絢香のポーンは奪われてしまった。


(やられたわね……)


 追い込んだと思って油断したのが悪かった。

 もう少し注目を広げておけば、夏目のポーンが後ろにいることに気づけたはずなのに。


(……まぁ、この駒は諦めるわ)


 流石は首席と言ったところか。駒を失っても尚、直ぐに切り替えれる冷静さは伊達じゃない。


 これで駒を一つ奪われてしまった。

 それに加え、先に進み孤立してしまったもう一つの駒も奪われてしまうだろう。


 現状6個。早くも鷺森グループの令嬢は最下位になってしまう。

 このゲーム、多勢に無勢が最も効果を発揮する。故に、駒が少なくなればなるほど圧倒的不利に陥る。


 この盤面では夏目の勝ちだ。しかし、それから数手後————


『鷺森絢香がポーンを動かしました』

『鷺森絢香がポーンを奪いました』


 そんなアナウンスが響く。


「私だって、それなりに強いんだから」


 駒を奪って奪われて、絢香は黒の駒を手に入れた。

 もちろん、あの盤面だけが絢香の手ではない。

 無論他にも広がらせており、そのうちの一つが黒の駒を奪い取った。


 まだゲームは動き始めたばかりなのだ。



 ♦♦♦



「いやぁー、取られる取られる!」


 誰にも聞こえないであろう教室で、葵は一人愉快そうな笑いをする。

 と言っても、この教室の様子は現在進行形でモニタリングされているのだが。


「やっぱり予想してたが、夏目は強いわ。思わず投げ出したくなってくるぜ」


 首席なのに何当たり前の事言ってんだ、そう思われてしまいそうな発言だ。

 だけど、葵がそう言ってしまうのも仕方の無い部分がある。


 数手しか経っていないのに、夏目はほとんどの盤面を熟知し始めていた。一度視認してしまえば、その駒の位置を正確に覚え、次の戦略を立てている。


 一方で絢香も絢香で盤面を上手く使い始めた。夏目が追いやり、逃げようとした先にはほとんど絢香の駒が待ち構えている。


 盤面を正確に読む夏目に対し、絢香はプレイヤーの行動を読む。


 そんな二人を相手にして、未だに均衡を保てているのはこのゲームが2個以上で動かしていけば最低でも一つしか奪われないと言った点と、まだ3人でプレイしていることだろう。


 絢香と夏目が出会えば二人は必然的に対峙する。漁夫の利と言う訳ではないが、そこを上手くついてギリギリ駒を獲得していける。

 ……しかし、この状況はいつまで続くか分からない。


(少しでもミスをすればこの均衡は破れて追い込まれる。素晴らしいクソゲー、この2人相手にはキツイってばよ……)


 日が差し込み、ポカポカ陽気を感じる教室で一人内心愚痴る。

 この限られて情報しか得られないゲームのせめてもの救いは、それぞれの自駒と持ち駒の数は教えてくれると言うところか。その数字は、タブレット上にきちんと映し出されていた。


『夏目桃花がポーンを動かしました』

『夏目桃花がポーンを奪いました』


 これで何回目になるか分からないアナウンスが流れる。タブレットに映し出される盤面を見れば、己の駒が一つ消えていた。


「まーた取られたよ……」


『東條葵がポーンを動かしました』

『東條葵がポーンを奪いました』


 葵も負けじとポーンを動かす。しかし、ここで一つ奪っても次の手で夏目が葵のポーンを奪ってしまうだろう。

 これでポーンを一つ失った状況。徐々に均衡が崩れ去り始めた。







 鷺森絢香 自駒7個 持ち駒2個

 夏目桃花 自駒6個 持ち駒4個

 東條葵 自駒4個 持ち駒1個

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