鷺森絢香の矜恃

 鷺森グループの令嬢である絢香には、生まれた時から高水準の英才教育を受けてきた。


 礼儀作法にマナー、市場の仕組みに技術と学力。

 それらは全て、行く行くは鷺森グループを背負っていく為。

 鷺森の家系からも、周囲の人間からも、鷺森の未来を期待された少女。


 彼女自身、鷺森グループを背負っていく事に不満はない。

 むしろ誇らしいと思っている。


 故にこそ、いずれ鷺森グループを継ぐ者として、常に下を率い、道を示していくような存在になろうと志していた。


 その結果、日本一の進学校であるこの都市学園における入試試験で首席という最高位の成績を納めることができた。

 それは、彼女の実力を表しており、鷺森グループを継ぐものとして相応しい————と、周囲は思っている。


 だがしかし————


「私はこの学園のトップになるんだから……」


 端末の画面を見ながら、自室で少女は呟く。

 そう、彼女はこの結果に満足していない。

 周囲の人は「流石は絢香様」と言ってくれた。両親も、「鷺森グループを継ぐ者としては当然だ」と零していたものの、表情は嬉しそうだった。


 結果としては充分。これ以上の評価は誰が望むのか?


「私が、上に立ちたいの……」


 誰が望むわけでもなく、己自身。

 彼女が高みを目指し、現在の地位に満足していないのだ。


 それは己の矜恃。


 鷺森グループを担うのであれば、半端なトップなど必要ない。

 目指すのであれば、誰にも譲れぬ不動の頂点に。


「そう思っているんだけどね……」


 はぁ、と。絢香の室内にため息が響く。

 当然、上を目指すには立ちはだかる障害がいくらでもある。

 今回の絢香のため息の原因は、もちろん端末に知らされた『学年首席選抜選』。頂点に立つ為の足がかりの舞台。


 そこには、絢香以外の二人の首席も参加するわけで————


(その二人は決して侮れない……)


 一人は才女と周囲から呼ばれているBグループの首席である夏目桃花。

 学年も違うアドバンテージを無視して、全国模試を不動の一位と言う成績で飾った少女。


 いくら英才教育を受けた綾香であっても、彼女のような成績を納めることはできない。


 それは天才————学力だけではない、何か彼女には突出した才があることの証左。

 前回の入試試験で戦った相手よりも充分に強いのは明らか。今回の選抜戦では厄介な相手となるだろう。


 それに、彼女の実力も不明。彼女は、入学してから一度も決闘をしていないと言う。


(情報が欲しい所ではあったのだけれど、ないならないで仕方ないわね)


 物事を上手く運ぶには情報は必要不可欠。対策、思案、考察を完璧なものとするには、情報がなければ、踏み込むこともできない。


 そんな中、彼女が何を得意として、どういった戦略が有効的か————それを練ることができない。

 情報がないから。


(それに比べて、あいつはすぐに集まったのだけれどね)


 綾香が最も嫌う嘘つきの少年————Cグループの首席である東條葵。


 彼の情報は夏目に比べてかなりの量が集まった。


(得意分野としては『考察』ってところかしら?)


 夏目とは違い、無造作に決闘を仕掛けていた為、葵の情報は多く集まった。


 葵のスタイルは『考察』。

 冷静に物事を判断し、先を読み、自分の描いた結果へと事を運ぶ————今まで彼が行っていた決闘は、そう言ったものだった。

 野性的な勘があるわけでもない、夏目みたいな突出した才もあるわけではない、皐月みたいな感情を読み取るのではない。


 ただ、冷静に考察し、物事を上手く運ぶ。


(決して目立つような才能ではない————けど、それだから侮るってわけじゃないわ)


 それが如何に難しい事なのかは、充分に分かっている。

 突然の事態、人はパニックに陥り冷静さを失いやすい。

 それは思考の停止————物事を進める事の放棄を意味している。

 だからこそ、考えなければならない……しかし、口で言うのは簡単。実際に考えろと言っても、驚きが思考を邪魔してしまう。


 故に、それができる葵は間違いなく天才と呼べる部類の存在だろう。更に言えば、葵には考察した上の『読み』が凄まじい。


(自分の手が読まれている————なんて、考えただけでもおぞましいわね)


 読みが的確であるなら、彼がここまで勝ち上がってきたのも頷ける。

 こと先読みの頭脳戦であれば、一杯食わされるかもしれない。


(だけど、それならそれで対策のしようがあるのよね……)


 自室で一人、気に食わない彼の姿を思い出し薄っすらと嗤う。


 不安も疑念もある————だけど、絢香の表情には『敗北』と言う色は浮かんでいなかった。


「さぁ、吠え面をかかせてやるわ————この嘘つき野郎」



    ♦♦♦



 ————一方、


「ねぇねぇ、葵くん。勝てそう?」


 葵の自室。男のベットにも関わらず、気にしない様子で寝転がり端末に送られてきた通知を見る皐月が尋ねる。

 それに対し、同じく端末を見やる葵は、少し困った顔で答えた。


「いんや……この選抜戦、どうやら普通にやったら勝てなさそうだ」


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