選抜選(1)

 最初の一手。それを打ち出したのはAグループの首席である鷺森絢香だった。


「ふぅん……このタブレットで指示を出すのね」


 赤色を基調とした豪華な玉座で足を組みながら、タブレットを透き通った瞳で見つめる。


 この選抜選で採用されたゲーム。ポーンとキングしかいない為か、必ず1マスしか移動できない。

 故に、最初の一手はどのプレイヤーも同じものになるだろう。


 だからこそ、絢香はポーンを3階グラウンド側、右端に与えられた己の陣地から1マス動かした。


『鷺森絢香、ポーンを動かしました』


 タブレットに反映されたマップにポーンを動かすと、機械音声のアナウンスが流れる。


(へぇ……指示のみが分かるって話だったけど、どこに動かしたのかまではちゃんと分からないのね……)


 そこがこのゲームの特殊な部分の一つだろう。

 チェスと思われがちなこのゲームは、完全にチェスではない。


 何故なら、『相手の動きが盤面を通して見れないからだ』。


(チェス、将棋、リバーシーーーー対人ゲームなら、相手の手を見て先読みするものだけれど、これじゃあ現状は先読みなんて無理に等しい……)


 絢香はタブレットの端に映っている画面を見る。

 そこには、先に動かしたポーンの『視界』が映されていた。


「やっぱり、見つけないことには始まらないわね……」


 はぁ、と。深いため息を吐きながら、盤面と睨めっこする。

 このゲーム、相手を視認しないことには次の手が打てない。


 少ない情報しか得ることが出来ないのに、どう己の手を進めればいいのか確証が持てないからだ。


『夏目桃花、ポーンを動かしました』


 そして、夏目がポーンを動かしたのであろうアナウンスが響き渡る。

 順番的には鷺森→夏目→東條となるので、次に聞こえてくるアナウンスは葵のものだろう。


「とりあえずは、ポーンを散らばせる事からスタートね……」


 きっと、夏目も葵も同じような形になるだろう。

 ずっとポーンを固まらせておくには、戦術の幅が狭まってくるからだ。


「十手目……そこから、盤面が動きそうね」


『東條葵、ポーンを動かしました』


 そんなアナウンスを聞きながら、機が訪れるのをジッと待つことにするーーーー



 ♦♦♦



(さて、序盤は様子見ーーーーそれと、種まきと言うところでしょうか?)


 絢香と同じ考えを、銀髪の少女は考える。

 絢香とは違い、2階校舎側、真ん中に配置された陣地には白を基調とした玉座があり、そこにはBグループの首席である夏目が鎮座していた。


「序盤では皆さんポーンを陣地から動かす事を考えるでしょうね」


 一人が保有するポーンは8個。充分にある己の駒は全て1マスしか動かせない。

 盤面が見えないこのゲームでは、幅広い戦略と状況に対応する為に、ポーンを散らばせて置く必要がある。


(この盤面ーーーー一つ間違えればすぐに追い込めますもの)


 この盤面はチェストは違い一面正方形のマスではなく、三面に穴空きの特殊なもの。


 横11マスの廊下に、両端真ん中それぞれに縦に伸びる5マスの渡り廊下。

 故に、逃げ道も行動範囲も狭く、均等に1マスしか動けない駒は挟み撃ちーーーーあるいは端に追い込めば、すぐに駒を取られてしまう。


 逆に言えば、孤立したポーンは戦術次第で追い込めてしまうのだ。


「だからこそ慎重に、バラけさせないように2個ずつ、満遍なく広げる」


 そして、交互にポーンを動かし、色んな盤面の動きを把握する。


 1個のポーンの視野しか見れないのであれば、同じポーンをずっと動かすより、情報を多く得られるからだ。


(……ふふっ、面白いーーーー面白いですっ!)


 盤面は進んでいない。

 それでも、夏目の顔には恍惚とした笑みが浮かんでいたーーーー



 ♦♦♦



「いやぁー……さっぱり分からん!」


 そんな表情をしていた夏目とは違い、葵は清々しいほど頭を抱えていた。


「無理だって、こいつら相手にチェスみたいな頭脳戦……無理み!」


 ゲームが始まってまだ三手目。早くも葵はその勝負に弱音をぶつけている。

 きっと、この映像を見ている生徒達は呆れと軽蔑の視線を送っているのかもしれない。

 それでも、葵は愚痴らずにはいられなかった。


「チェスって、俺が一番嫌いなゲームじゃん……しかも、今回は盤面見れねぇし……マジ意味不明」


 一点、絢香は勘違いしていることがある。

 物事を考察し先を読むーーーー確かに、それは葵の得意分野だ。


 皐月とは正反対なその特技、才能。

 だがしかしーーーー


「将棋、麻雀、チェス、リバーシ……苦手なんだよねぇ」


 ーーーー葵は、盤面遊戯が大の苦手なのだ!

 何故かって? それは至って単純ーーーー頭が悪いからだ。


 物事は冷静に考える。だけど、それは対人においての話。


 だが、これは何だ? 人は何処にいる? 読み合いのゲームかもしれないが、次の手? は? 手なんていっぱいあるじゃん何選べばいいの? 相手の声は? 言葉は? 何処を考えればいいってばよ?


(って言うか、会話が欲しぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!?)


『鷺森絢香、ポーンを動かしました』


 切実な叫びとは裏腹に、聞こえてくるのはアナウンスのみ。

 できることなら、寂しがり屋な葵にお声を聞かせてあげて欲しいものだ。


(って言うか、こう言う読み合いは夏目の専売特許だろ? 俺が勝てるかっつーの)


 もちろん、葵は夏目の事など覚えていない。

 にも関わらず、葵がそう断言出来るのは、あくまで予測ーーーー成績優秀者の特徴は、記憶力、それに対しての対応能力が凄まじいと思ったからだ。


 圧倒的な計算速度。駒の位置を覚え、相手の次の手を計算し、それに対した最善手を打つ。


 ……多分、夏目はそう言った部類の人間だろうーーーーそう葵のは予想している。


(お嬢様の事は分からねぇが、きっと何か面白い才能があるはず……)


 皐月の思いとは裏腹に、このゲームを苦手とする葵よりかはできるはず。

 故に、このゲームにおいて『最も最弱なのは葵だ』。


 間違いなく、このまま進めば葵は脱落してしまうだろう。

 けどーーーー


「だからと言って、勝てない訳じゃないんだよなー」


『東條葵、ポーンを動かしました』


 1階グラウンド側、左端に配置された葵は、タブレットで駒を動かした。

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