都市学園の激励
「う~ん! ここが都市学園なんだね~! すっごい大きいよ!」
三月上旬。春の陽気を感じ始めたと言いつつも、未だに少し肌寒いこの頃。
3m以上もありそうな校門を見上げて、茶髪を腰まで伸ばした少女が楽し気な声を上げる。
ここまで来る為に通った桜並木も凄かったが、この校門は圧巻のものだった。
「本当にな……それ以上に校舎が大き過ぎて、校門が小さく見えるのがなんとも……」
少女と同じく、校門を見上げて感嘆とした声を上げる黒髪の少年————
「ここが私達がこれから入る学園なんだね!」
葵と同じ制服を身に纏っている少女————
深紅の瞳にブラウンの髪、幼い顔立ちと小柄な体系は小動物を連想させる。きめ細かな白い肌や、桜色の唇、長いまつげやあどけない表情————それら全てを含めて、皐月は美少女と言うには充分だった。
この二人、実は幼馴染。幼少期から共にしてきた深い関係である。
「おい、まだ入学出来たと決まったわけじゃないだろう、このあんぽんたん」
「あー! また葵くんが私を馬鹿にした!」
そう、まだこの二人————この大きな門を潜るに相応しい生徒ではない。それは、門の向こうの校舎を歩いている生徒の服装を見れば分かることだった。
しかし、それでもこの場に違和感を感じないのは、周囲に葵達と同じような生徒がたくさんいるからだろう。
本日、この学園————都市学園の受験日。日本屈指の進学校に臨む生徒達が集まる日。
見たことのない制服がたくさん。皆、葵達と同じ受験生なのだろう。ちなみに、遠方からやって来た葵達と同じ学校である生徒はこの場にいない。同じ学校で試験を受けるのは、葵達二人だけである。
「ふふっ! しかし、入学は決まったも同然なんだよ! この私の頭をもってすれば!」
程よい胸を張り、むふんと威張る皐月。
どこからその自信がやって来るのか? 是非ともご教授願いところだ。お世辞にも、彼女が頭がいいとは言えないことは数十年供に過ごしてきた葵は知っている。
「はいはい、入学できるといいなー」
「あー! 信じてないでしょ⁉」
「信じてる。皐月のバストがE以上であると……俺は信じている」
「どこの話を信じているの⁉」
皐月はそのたわわな胸を葵から背けるように抱いた。
もちろん、入学出来たらいいと思っているのは事実。せっかく進路をギャンブルに賭けてまで、はるばるこの学園まで足を運んだのだ。落ちるなんて思いたくはない。
しかし、この学園の倍率は十以上。その厳しさは数値と結果を持って証明されている。
「ほら、早く受付を済ませてしまおうぜ。ここまで来て、受付し忘れてましたなんて笑えないからな」
「あ、待ってよー!」
軽く流した葵は門を潜る。それに続いて、皐月も門を潜った。
♦♦♦
この学園は日本一の学内の広さを誇っている。その広さ、ざっと東京ドーム四個分。
それ故か、数多くの施設は最高級な物が揃っており、屋内プールにレジャー施設、設備も一級品なものばかり。見渡せば庭園が広がる校内を見た時は唖然としたものだ。
受付を済ませた葵達は、現在三つある体育館のうちの一つに案内された。
「ふぁぁ……こんなに受験生がいるんだね」
「ちなみに、これはグループの一つに過ぎないらしいぞ? あと二つはこれぐらいの人数がいるらしい」
案内された体育館にはざっと見渡す限り千人は超えていた。それぞれ制服が違うことから、この場にいる生徒は受験生であるということが伺える。
それぞれ、緊張した顔つきな人もいれば余裕綽綽として人まで————様々だった。
入学試験当日であるにも関わらず、体育館内はざわついている。それは、多分この学園の異常さに驚いているからだろう。
「むむむ……この人達が私のライバルなんだね!」
「ライバルって表現がこの場に相応しいか疑問ではあるがな」
「だってライバルじゃん! ここにいる人達を押しのけないと入学できないんだよ⁉ だったら、ライバルと言っても不思議じゃないと思うのです!」
事実、その通りである。今時、同じ受験生を『ライバル』と称す人は珍しい。それでも、どんな視点から見ても、この場にいる生徒は数少ない入学枠を争う敵同士。ライバルと言っても差し支えはないだろう。
「んじゃ、俺達もライバルだな」
「ううん! 私と葵くんは一心同体! ライバルじゃなくて、お仲間さんです!」
矛盾してるなぁ、と。葵は皐月の発言に苦笑いする。
「私は、確かにこの学園に入学したかったけど、葵くんは違うでしょ? 私の為について来てくれたから————私は、自分が受かって葵くんが落ちたら、この学園を辞退するよ」
「あぁ……そうかい」
皐月のこの言葉に、葵は素っ気なく答える。
彼女は、勘違いしている。葵は、己の目的を持ってこの学園の入試を受けるのだ。
それは決して付き添いなどではなく、一重に彼女に好かれる為。その為に、この学園に足を運んだのだ。
「うん! だから私の為にも一緒に受かろうね!」
「任せんしゃい」
周囲のざわつきの中、葵達は気合を入れる。
『みなさん、おはようございます』
すると、壇上からマイク越しの声が響いた。皆、ざわいついた空気は消え、壇上に注目する。
喋っていて気づかなかったが、いつの間にか壇上には一人の少女が立っていた。
『縁のはるばる、この学園に足を運んでくれたことに感謝いたします。私はこの学園の生徒会長、
黒い髪を靡かせる凛々しいたたずまいの少女。ただならぬオーラと気品が、壇上から離れているこの場所でも感じてしまう。
「うわぁ……綺麗……」
葵の隣で、皐月の口からそんな声が漏れた。
『ここ、国立青崎学園————通称、都市学園には毎年何千人という人が受験していただいております』
そんな生徒会長の声に、皆耳を傾ける。
『我が校では、大手企業のVIPの方々などから多く注目されており、この学園を卒業した生徒は例外なく、安泰な職や大学に進んでおります。もちろん、我が校からの支援や恩恵はすさまじく、この学園の学費は勿論、全寮制であるこの学園で過ごす生活費は全て支給させていただきます』
将来安泰。この学園を卒業しただけで、明るい未来が約束されたも同然。
そのことに、周囲の生徒から口々と驚きと期待の声が漏れた。
『しかし、我が校は決して恩恵だけを与える環境ではありません。将来有望たる者達に『投資』という形で支援するのです————故に、この学園に足を踏み入れるにはそれ相応の資格と資質が必要とされます』
「なるほどな……」
多分、この学園が求める資質というのは提示されていた『頭の良さ』の事なのだろう。
この学園は、大手企業や数ある政治家の投資によって運営されている。最新鋭の教育を施し、未来ある優秀な若手を育てる為に作り上げられた場所。しかし、この中央区のど真ん中に位置しているこの学園に才が無い者は必要とされない。それは、育てたところで限界をすぐに迎えてしまうからだ。
故にこその試験と言う名の『選抜』。
葵は、学園トップである彼女の話を聞いて納得した。
『世の中、社会に出れば学力など上に登り詰める根拠となりえません。学力など、社会に出ればほとんど関係ありませんし、必要なのは適応力、頭の回転の速さ、対応能力など————学校での成績では測れないものが必要とされます。もちろん、注目されているVIPの方々も学力は求めていません』
「ず、随分とばっさり言うんだね……」
「まぁ、これが現実なんだろう」
世の中、物知りだから、成績優秀だったからという理由では社会では必要とされない。
社会は常に実力主義。結果を残し、コネを売り、下を上手く使う————そういった者こそ、社会では上に立てる。
『故に、貴方達に求めるものは『学力』ではない『頭の良さ』————さぁ、我が学園に必要だと思わせるような価値を示してください』
示せ。学園が貴重な人材だと判断させるような実力を。そう、壇上に上がった少女は告げた。
「面白いね……この学園」
「あぁ……本当に面白い」
自分の『頭の良さ』がどこまで通じるのか分からない。この学園に必要とされるのかは分からない。
それでも、葵達の顔には笑みが浮かんでいた。
『これより、入学試験を開始いたします! 当初、貴方達にはこの学園の敷地内の好きな場所に向かっていただきたいと思います。今から三十分後、支給された端末にて後の指示させていただきます』
「え? どういうこと?」
皐月は、生徒会長の発言を聞き、先ほどまで浮かべていた笑みが消え、その代わりに戸惑いの声を漏らした。
皐月だけではない。一部の生徒を除き、周囲全体が皐月と同じ反応をしていた。
「落ち着けって、あまり馬や鹿の真似ばかりしていると……バレてしまうぞ?」
「それって私が馬鹿ってこと⁉」
失礼だと、皐月は葵に対して憤慨する。しかし、頬を膨らませ、ポカポカと葵の胸を叩いている様はかなり落ち着きがなく、少しだけ馬鹿っぽかった。
「まぁ、とりあえず生徒会長様の言う通りにしようぜ」
葵は狼狽える皐月の頭を叩き、開かれている体育館の扉へと向かう。それにつられて、未だに納得しきれていない皐月も後に続いた。
『皆様にとって、本日が華やかな人生の幕開けになることを、心よりお祈り申し上げます』
背中越しに、会長の心にもない声が聞こえてきた。
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