第11話 ヘルベ歴248年 2月24日 武官と文官

 ノックスはセージ村から王子港に船で来た。そして夕暮れ時に王子宮に着くとすぐ執務室の方に通された。部屋に入るやいなやすぐに。

「ようやく、俺の所で働く気になったか」

「あ、ホサンス様。いいえ、まだお話を聞き終わってないのでその続きを聞きに本日は来ただけです」

 机に向かって書類仕事をしているホサンスがしかめっ面をする。そして頭を下げ終わったノックスは案内されたソファのほうに向かう。

「なんだ、まだ決めてないのか。早く決めろ。こっちもそろそろ色々と片が付きそうだからな」

「これって三顧の礼の逆?」

 ここでノックスが小声で小さくつぶやくが、ホサンスには聞こえない。たまたまノックスのソファの近くにインデゥチオマがいたから聞き取れたに過ぎない。

「なんか言ったようだが、今日はインデゥに話を聞け。聞いたところによるともうマンデゥとヴェラから話は聞いてるらしいからな」

「承知いたしました、ホサンス様」

 インデゥが嬉しそうに言う。そしてホサンスがちらと窓の外を見て。

「あ、でも今日は無理だな。明日の朝にしろ」

 とホサンスが言ったところで。

 バーン。

 ドアが急に開く。そこには猪人には珍しいプラチナブロンドの髪を短く刈った美丈夫がいた。彼はつかつかと部屋の中に入ると大きな声で宣言した。

「兄上! 勝ったぞ、大陸統一が終わったぞ! ワハハ!」

 執務室にいきなり入ってきた男はホサンスの弟のクリーニャである。大きな牙と立派な筋肉を持ち、ヘルベ兵を率いる将軍でもある。

「ん、なんだ貴様は? おお、もしかしてこの俺に賛辞を言うために来たのか? 喜べ、俺様に会えたことをな」

「え、は? は?」

 ソファに座ったままノックスが明らかに混乱している。

「なんだ、フナが陸に上がったようにパクパクして? この俺のカッコよさに言葉が出ないのか?! はははっ! この世の女どもも俺に首ったけだからな!」

 にやりと笑うクリーニャは確かに女性にモテる。インデゥも執務室の奥で働いている女性の文官もちょっと顔が赤い。

「こいつは俺の弟のクリーニャだ。見ての通りこんなヤツだ。クリーニャ、こいつはセージ村のノックスだ」

「兄上! この俺が大陸統一の終止符を打ったぞ! アペルの王を討ち取ったのは騎兵どもかもしれんが、終わらせたのは我ら歩兵だ!」

 クリーニャは早くもノックスの存在を忘れたようだ。

「ん、お前はどうやってここに来たんだ?」

 クリーニャの自慢には直接反応しないホサンスが不思議がる。

「そんなの船で来たのに決まっているじゃないか。エイデンから王子港までなら風が吹けば三日で来れるぞ。エイデンで勝利の宴会をまだしてる兵達もあとで来るぞ! それより兄上こそなんでこんなとこにいるんだ? 俺はてっきり兄上はアペルにいると思っていたが」

「クリーニャ殿、もしかしてあなたは自身と護衛のみでエイデンから王子港まで来たのですか? エイデンに向かう前は未だ敵地だった王子港へ? 相変わらず無茶をしますね」

 ホサンスの後ろに控えてた短髪で黒髪の補給官のダゴマロスが冷やかに言う。

「なあにアペルはすでに落ちてた。ここも我らのものになっていても不思議ではないからそうしたまでよ。それに神出鬼没なのは俺だけではなくて我が兵達もよ! ワハハ!」

「まあ、騎兵には地面を無駄に駆けずり回る白トカゲと言われてますがね」

「はっはっはっ」

 笑いながらクリーニャはダゴマロスに近づく。

 ドスッ。

 唐突にクリーニャがダゴマロスの腹を殴った。

「うぐぐぐ」

「まったくなんでお前らは仲良くできんのだ」

「「コイツが悪い!」」

 お互いを指さしてほぼ同時に言うクリーニャとダゴマロスであった。

「大体なぜ貴様は我らヘルベの歩兵を虚仮にするのだ。お前もヘルベ出身だろうが。それにここまで来れたのは一重に我らの働きがあってこそだろうが」

 クリーニャがダゴマロスに問う。

「お言葉を返すようですが、私は新しくできた騎兵の存在のほうが大きいと思っています。もっとも、私は兵とは歩兵だろうと騎兵だろうと野蛮で無知なアホどもと思っているので、そこはご了承してもらいたい」

「ならばそのアホどもと一緒に今度しごいてやる」

「御冗談を、そんな濃密な時間を兵どもと過ごすくらいならば猫に体中を引っ掻き回され、その後に海で泳いだほうがマシです」

 また暴力沙汰になる前にホサンスが椅子から立ち上がり二人の間に割って入る。そしてノックスに向かって。

「まあ、いつもこんな感じだ。こいつらは仲が悪いが、二人とも必要なので仕方が無い」

 とホサンスに言われ、クリーニャもダゴマロスも一旦は落ち着く。そして二人だけでなく武官と文官との間の空気も落ち着いたあとにホサンスが机に戻る。

 そのあとクリーニャ将軍からホサンス大将軍に対して報告があった。

 カレド半島での戦闘は野戦が一回あったがそのときはカレドの軍を簡単に打ち破り、軍はそのまま首都のエイデンへ進んだ。そしてクリーニャ将軍からの報告ではエイデンでは兵をさらに集め籠城しようとしていたらしい。が、長年の平和で壁の補修は十分ではなくシュキア将軍の兵達が作る攻城兵器も必要なかったと。わずか二日でエイデンの壁に迫るランプを複数作ったことで、決戦に入る前にエイデンは開城した。そして開城したのち、現地の支配者にホサンスへの忠誠を誓わせ、戦勝会を開いたと。占領政策は好きではないので文官たちに任せたのち、船を使って王子港に来た。

「おい、それで王子港がまだアペルドナル王国の牙城だったら本当にどうするつもりだったんだ」

 ホサンスがクリーニャに問う。

「知れたこと。船でエイデンまで戻り、全軍を以て、海路でここを攻略するまでよ。海側から来るとは誰も予想しないぞ、兄上」

 クリーニャ将軍がニヤリとまた獰猛な笑みを見せる。

「はあ、なんでそういう無駄な動きをするのですか。普通にアペルに引き返せばよろしいではないですが。戦に頼らずともここは独立国家では無いのでいずれ降伏しましたよ」

 ダゴマロスがため息を付きながら被害の少ない解決方を言う。

「なにを言ってる食料が無いのはお前も百も承知だろうが」

 これはクリーニャ将軍の言葉にも一理ある。

「わかっているからこそ私はシュキア将軍の命のもと海路でナムネテとイスカからお金と糧食をアペルに移動させる手配をしましたよ」

 ここでホサンスがノックスに「わかっただろ」と言うような感じの顔を向けた。ここまでわかりやすい顔をしたホサンスを供回りたちは久しぶりに見る。

 そしてそのあとにも続く報告が終わると、クリーニャが唐突に

「腹が減った!」

 と、言って執務室を出ていった。この間、呆気に取られていたノックスはずっとソファに座っており、エルギカ風に立ち上がるタイミングを逸していた。が、それを別段とがめるわけでもなく、ホサンスはノックスに言う。

「まあ、お前に言いたいことはすでに言ってるし、今さら何を言っても無駄だろう。俺の所で働くってのはあいつらとも付き合うという事だ。悪い連中では無い。ただダゴマロスはちょっと口が悪くてクリーニャはちょっと手が早いってだけだ。お前は兵では無いし、あいつらを変に刺激しなければなんとかなるだろ」

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