第3話 ヘルベ歴248年 1月35日 王子港へ
「本当に今日行くのか」
会議室みたいに使われている宿屋の部屋で胡坐をかいて座っているシュキアが立っているホサンスに恨めしそうに言う。
「仕方ないだろう、あと七日しか食料が無い」
忌々しそうにホサンスが答える。
「ぐ、そう言われればそうかもしれんが」
「兄上は私がお助けするので、兄貴はここでクリーニャ兄ぃが帰ってくるまで待っててください」
ホサンスの隣に立つ、背は低いが筋肉質の男が口を出す。末弟ゴルミョである。
「おかしいだろ。コリーで食料が減ってきたし、全軍も揃ったし、ってことでアペルに進軍して勝ったんだろ。なんで勝ったのに食料が無いんだ」
シュキアが納得していなさそうに言うがそれにすかさずホサンスが答える。
「そりゃお前、俺たちが行く先々の村や町の住民をアペルに追いやったからだろ」
「でもそう命令でもしなきゃ俺たちの食いもんが無いだろが」
「まあ、兄貴がそう命令したのもわかりますが。現状はアペルの王が慈悲深かったから。なんでしょ」
ここで一拍置いてシュキアが。
「え、そうなのか?」
と聞く。
「ああ、あんだけの避難民を一気に王都に入れたら、王都でも籠城できなくなるからな。だからまあ、アペルドナル最後の王は立派だったよ、民を見捨てないで都市に招き入れて、籠城できないとわかった時点で速やかに決戦に打って出たからな」
「野戦で俺たちに勝てるわけがないのに決戦ってアホかって、思ってたが、ただのアホな王じゃなかったってわけか」
「籠城しても助けが来なければ意味が無いですしね」
ゴルミョが両肩をすくめ、手のひらを上に向ける。
「で、王都にあった飯は避難民が食ってるってわけか。というか俺たちの軍も奴らに食料を出すはめになるとはな。なんか結局俺たちも自分たちの首を絞めたな。わかった、飯が無いのはな。さっさと避難民を元の住み家に帰すしかないな。あと現在食料が無いってことはクリーニャの方もここで待ってる俺と西部の連中のほうも食料が持たないんじゃないか?」
「まあ、そこは心配するな、少しはコリーからこっちへ河を下ってくるだろう。俺たちはそれには手を付けんよ」
ホサンスが部屋のスライド式のドアに手を出す。
「本当に大丈夫なんだろうな?」
やはりそれでもシュキアは心配なようだ。
「兄貴は心配し過ぎですよ」
ゴルミョが手をヒラヒラさせる。
「まあそう言うなゴルミョ、シュキアの気持ちもわかってやれ。にっちもさっちも行かなくなったらスアドリに言ってここの王族が酒造り用にため込んだコメを使え。少しは役に立つだろ。それにあれを取るのなら略奪にはならんだろう」
「あんなコメがあったとは驚きでしたね。あれを見つけるとはさすがはスアドリでしたね」
「あれを使ったら少しは籠城できたのにな」
「まあ、王族のしがらみとかがあったのかも知れないですね」
「やっぱアホの王じゃないか。アペルの連中もなんで王族による酒の専売制なんて許してたんだろうな」
ゴルミョとシュキアの会話が終わると、シュキアがでんと大の字に仰向けになる。
「たしかに俺らだったら暴動になってたかもな」
ドアを開けたホサンスが後ろをちらっと振り返ってシュキアに言ってから部屋の外に出る。
「はっ、兄上はあいつらを買いかぶり過ぎですよ。あいつらは本当の自由な猪人じゃないだけですよ」
「まあそう言うな、彼らの王も立派に戦ったじゃないか。そうだ、ちゃんとイアンツには褒美を渡したろうな」
「当たり前じゃないですか、勲章と昇進ですよ」
「金もないからな、妥当か」
ゴルミョが続いて部屋を出てすぐにドアを閉めたので、ホサンスとゴルミョの会話はシュキアには恐らく聞こえなかったであろう。
この会話の少しあと、所は変わってテメス河沿岸。狼の紋章の旗にゾウの紋章の旗、鷹の紋章の旗に矢と槍の紋章の旗も見える。彼らが大陸東部から遠征してきた軍である。ホサンスの出身地であるヘルベ地方のカプロス同盟からの兵など全体の三百分の一にも満たない。狼の旗を掲げるヘルベとサルベ出身の兵でさえ全体の半分以下にまで減った。ここにいるかなりの数の兵はリンゴネやビプラックスそしてアドアカムと言った東部の主要都市周辺で募った兵である。それでもヘルベ兵がこの大軍の中心であり、雪草の旗を掲げる百のカプロス兵がホサンスの親衛隊であった。
そしてその隣に馬上で待機しているゴルミョの騎兵が約三千。騎兵は全員が狼の旗を掲げるヘルベからの兵であり、合わせて約三万四千。
これに現在カレド方面に遠征中のクリーニャとシュキアの兵が約二万五千いる。総勢約六万の軍がアペルを征服したホサンスの大陸東部からの遠征軍であった。
この六万に大陸西部の各地で参加した兵も合わせると軍は軽く倍は超え、十四万近くなるかもしれなかった。そして恐ろしいことに激しい戦闘を行う猪人兵は一人当たり一日約一貫の食料を食べる。まさにイナゴの大群が大陸を通るようなものである。
大陸統一まであと一歩というところで食料不足で躓く。後世の人々の笑いものになりたくはないであろうホサンスは焦っていたのか。自身も馬に跨ると大きく。
「出発!」
と一言だけ発し、ホサンス率いる三万四千の東部遠征軍はテメス河沿いにコリーに向けて行軍した。
すでにこの辺はこの軍が一度通ったことがある。なので地形や道などは知っており、露営の跡地もある。そして兵士は普通五日分の食料は携帯して行軍する。が今回は食料も少なければ強行軍となるため、補給官は残った小麦粉を全て固く焼いて携帯食にし、兵に分配した。なので運ぶ食料のない輜重兵も移動は軽快で、風の無い日でも輸送船をドンドン河上へ引っ張っていった。
このときホサンスの軍はなんと一日に平均約五十里という驚異的な速度で移動出来た。が、アペルからテメス河沿いを歩いて遡る道は約二百五十里、この速度の移動でも食料が残り二日というところまで来た。
そしてテメス河と湖を繋げる運河が見えるころ、ホサンスが補給官のダゴマロスに聞く。
「おいお前が先行させてた船はどこだ?」
「は。現在逆風でして、急いでおりますため、運河で船に乗るのではなく、この先のセヴル河の近くで乗るように手配しております」
「良し、なら今日中に兵をそこまで連れていこう。今日はもうすぐ暗くなるが仕方ない。明日の朝早くには船に乗りたい」
そして1月40日の朝には船に乗り、セヴル河を船で下り、その日の夕暮れには王子港と港町を取り巻くように配置されている旧セノーネ王国の軍が見えるところに着いていた。
「兄上、間に合いましたね」
「明日中に話をつけないとな」
船上で大王が意気込んだ。
*ここでの1貫は2キログラムです。1里は1000歩で、1歩は1メートルです。なので1里は1キロメートルです。
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