第4話 ヘルベ歴248年 2月1日 笑顔の意味
「お前たちもアペルが落ちたという話はすでに聞いただろうが。王子港はすでに兄上のものだ」
朝から王子港の城壁の下で七人が立って会談している。二人はホサンスとその弟のゴルミョ、彼らは遠征軍の代表だ。もう一人はルテチアから来た将軍で彼は数日前に着いたばかりで、これから王子港を攻撃しようと軍の準備していた。そして最後の二人は王子港の守備隊長と市長であった。
「我々は大将軍のお手伝いをしようと思いここまで軍を」
ルテチアから来た将軍は納得していなさそうにゴルミョに抗議したがすぐにゴルミョに遮られる。
「それはありがたいがすでに降伏した国の一部をお前たちが今から奪おうとするのはおかしい」
「アペルの王が討ち取られる前ならばその理屈も通ったな」
そしてホサンスがボソッと言う言葉を聞いたのか、王子港の市長も少し調子に乗って勝ち誇った顔をして要求する。
「では我々は早急にセノーネの軍に引いてもらいたい」
「聞いたとおりだ。軍を引け」
そしてホサンスの言葉を聞いた王子港を守る立場にある守備隊長も満面の笑みを浮かべる。
「しかし大将軍は我々が降伏した時に我らの義務は統一事業に協力するのみでよいとおっしゃったではありませんか。兵の供出でも糧食の供出でも構わないと、なので我らセノーネ王国は兵の参加を持って協力したく」
とセノーネ軍が建造中の攻城兵器のほうへ手を向ける。
「ここへ馳せ参じました」
「だからもうアペルドナルという国はないから、ここでその助けは必要ないと兄上が言っているのだ」
「ですがそれですと我らが大将軍に協力を示したことにならないでは」
「ならクリーニャ兄ぃのところに行け、兄ぃは今頃カレドを攻めてるだろうしな」
「しかしカレドはここからは」
「遠いな」
ホサンスはこの問答に飽きてきたのか、短く答える。
「なれば」
「くどい。協力をしたければもっと糧食をアペルに送れ。もともと俺はそれを望んだはずだ」
「しかしそれでは港を」
「とにかくここで無用の戦は避けたい」
とホサンスがセノーネの将軍に言うと、今度は王子港の市長の方を向いて。
「よな?」
「は、仰るとおりでございます」
と市長も笑みで答える。
「ならば我が軍はここ王子港に一時駐留するぞ」
「え?」
とここで市長の笑顔が凍り付く。
「なにが『え?』だ。兄上がここで過ごすと言っておるのだ。文句は言わせないぞ」
「ですが、それだと」
「なら我が意に背き、叛意ありと認めるが。それならば」
とホサンスが言うと、今度はセノーネの将軍の方を向き。
「のう、セノーネの」
「おお、それならば我らも大将軍に全力で協力できまするぞ」
と将軍も喜色満面で答える。
「わかりました、王子港はホサンス様の軍隊の駐留を認めます」
市長も状況を正確に理解したのか、ここで諦めたように了承するが。
「快くな」
とゴルミョに満面の笑みで言われると。
「はい、快く」
と張り付いた笑顔で答えざるをえなかった。
「では王子港に集っている軍兵は解散させろ」
「それは」
と今度は王子港を守る守備隊長が何かを言いたそうだったが、市長が守備隊長に手を振り、答えさせず、代わりに静かに答えた。
「はい」
「心配するな。なにもお前らを取って食おうとするわけじゃない。ただ俺たちもここ西部の主要交易都市の飯の味が知りたいだけよ」
とホサンスも笑みで言い、この三者会談は終わった。セノーネは軍を引き、軍事での協力の代わりにお金と糧食をアペルに送るということが決まり。市長と守備隊長は王子港に戻っていった。
会談が終わり、ホサンスが自軍に戻り、ゴルミョも騎兵の方に戻る。そして幕僚がホサンスに会いにくる。
「無血開城だ、略奪も禁止だぞ」
「またか」
ホサンスの宣言に一人不満そうな男がいる。中年で背の高いのっぽの男、オルゲトリ将軍である。
「それよりも食料と金はこれで町から得ることが出来る。相手の守備兵も解散させるから、少しは持つだろう。兵どもに教えてやれ」
「必要ありません」
補給官のダゴマロスがホサンスの言葉を否定する。
「なんでだ、輜重兵が不安がっていただろ」
違う男がダゴマロスに突っかかる。こっちは歴戦の勇士といった感じのコミウス将軍だ。
「一般の兵士で食料が枯渇していることを知っている兵はそんなにおりません。今さら真実を告げて不安がらせる必要はありません」
「お前は何を言っている、兵たちには本当のことを言ったほうがいいだろうに」
コミウスが言う。
「戦場での情報の共有は大事ですが、この補給の問題は乗り切ったので必要ないかと」
「何故だ」
今度は最初に不満を表明したのっぽのオルゲトリが言う。
「兵なんてのは無知で野蛮な連中です。計算もできないので補給のことを知っても無駄です」
「ダゴマロス! 貴様、俺たちを愚弄するか!」
「オルゲトリ殿、私は事実を言ったまで」
ここで静かにしていたホサンスがついに仲裁に出る意志を見せて、手を振り、苦笑しながら言う。
「一応俺は兵達に選ばれて大将軍になったのだがな」
ダゴマロスがホサンスに満面の笑顔を見せつけた。
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