第19話 ヘルベ歴248年 4月2日 かわいそうな話
一応美味しいお昼ご飯が提供されたがボウアとサヒットはそれを食べることが出来なかった。子供達は船酔いなんか聞いたことも無いって感じでモリモリ食べた。今回の旅、四人の幼い子供達はノックスの娘とアヴィンとイーヴが面倒を見てることが多かった。が、不思議と娘の一人、テメシスはこの日の午後カシヴェラヌスの話を聞いてからはよくノックスと一緒に話を聞いている。
「うーむ、これは明日またすぐ出航というわけには行かないな。今夜か明日コリーの町に着いたら、二泊はして、休養を取ってからルテチアに行こう。ルテチアにも船で行くからな」
「うあ、ルテチアまで船か。早く慣れないとだめだな」
サヒットが言うがボウアはただ青い顔をしてまた遠くを見ている。
「ところでノックスはホサンス様にする助言とかを考えているのか? もしそうなら、私にも話して欲しい、そうすれば何を記録すればいいのか早めにわかる」
「あ、まだあんまり考えていません。やはり家の事業の引継ぎとかあったので、そっちにかまけてて」
「ああ、なるほど。だが、一応これから考えて置いたほうがよいと思うぞ。ホサンス様と再会した時なにも考えてませんではよくないであろう」
「確かにそうだな、ちゃんと考えておけよ」
「お前は他人事だと思って。いったいなんで安請け合いしたのかなあ」
「まあ、がんぱって。あなたならできるわよ」
「ボウア殿もサヒット殿もノックスを信じておるのですな」
「あははは」
ノックスが乾いた笑いをする。
「まあ、一応長い付き合いだからな。こいつならできるだろ。出来なきゃこれだな」
とサヒットが首を切る真似をする。
「おい、縁起でもないことを言うな、こら」
「物理的に切られることは無いと言えるぞ、ただまあお役御免にはなるが」
「ほっ」
ノックスが少し安堵した風に息をつく。
「ホサンス様は文官は殺したことが無い。罰金刑はあるがね。敵前逃亡をした百人長は処刑の宣告をしたが」
「またゾウ関係ですか?」
「いやこっちはアドアカムで挟み撃ちにあったときだな。でもその前にエルギカのビブラックスの話をしないとな」
「ビブラックスってどこ?」
「おお、テメシス、パパとママを探しに来たのか」
「うん、なんかお話が面白いって聞いたから」
「ビブラックスは大陸東部にある一番大きい川であるアクソン河が甘海に流れ込む所にある都市だよ。人口は十万人で王子港と同じくらい大きい町だよ」
「ヴェラさん、急に詳細な説明をしましたね」
「へー、大きい町なんだね」
テメシスが感心してる。
「これから行くルテチアはその三倍も大きい都市だよ」
「おお、スゴイ!」
「こう素直な反応をする子供と話すのは楽しいな、ノックス殿」
「はいはい、わかりましたよ。じゃあリンゴネからビブラックスにかけてのお話ですね」
「そうだな。うーん、そうだな。ここからか。リンゴネは奴隷と貧乏人による蜂起によって滅茶苦茶になったからホサンス様はリンゴネの整備をするのに二か月かけた。あと町にいた兵達も使って都市の周りに巨大な円形状の壁を新たに作った。ヘルベの町の壁は円形状のものが多いからだろうな。当初は『満月市』という名で呼ばれる予定だったらしいが、恐らく今でもその半分しか使われていないから、多分今のあだ名は『半月市』だと思う」
「なんで人がいないの?」
「なんでだろうね。おじさんもわからない」
「金持ちが戻らなかったら、雇われる人も戻らないだろう」
「サヒット伯父ちゃん頭いい!」
サヒットがほくほく顔をしている。本当に船酔いなのか疑わしい。
「コホン。まあそれはさておいて、準備が整ったところでホサンス様はビブラックスに向けて出発した」
「ホサンス様は大王?」
「ああ、そうだぞテメシス。ちょっと静かにして、ヴェラおじさんに喋らせてあげようね」
「うん」
とテメシスが真剣な顔になる。そしてカシヴェラヌスが話しだす。
リンゴネからビブラックスまではかなりの距離がある。四百五十里くらいはある。しかも途中に大きな半島があるから補給は一旦途切れた。つまり、ホサンスの軍は陸上を百里以上補給隊無しで歩き、物資を載せたシュキア達の船はその半島を迂回して軍と船は海岸でまた落ち合う予定であった。
エルギカは大陸北部の雄であり、長年豹人族と争っていたので、戦争は強い。情報もちゃんと収集していたのでこの時すでにホサンスの軍が北上していると知り、ホサンスの軍が補給を受ける前に叩こうとエルギカ軍が南進していた。なので、五日かけて行軍したホサンスの軍はシュキアの一万の軍と離れ離れになっており、ここをエルギカの部隊に襲われていたらかなり不味い状況になったであろう。
「ただホサンス様にはエルギカの想定外の騎兵がいた。シャア様は先行しており、エルギカの部隊が南進していることを知ると、いち早くそれを本隊に知らせた。これで状況は逆転し、ホサンス様がエルギカ軍を騙すことに成功した」
「きへいって?」
「馬に乗ってる兵隊の事だよ」
「馬って乗れるの!?」
「ああ、乗れるらしいぞ、テメシス」
「それでどう騙したの?」
「ホサンス様の部隊はわざと広い空き地の真ん中で円陣をくんで、歩哨も立てずにだらけていたんだよ」
「えんじん? ほしょう?」
「ああ、丸くかたまって、見張りもいなかったってことだよ、テメシス」
「そこへ敵が一気に攻めてきた。が、ホサンス様の軍はそれを待っていたので、すぐに陣形を組んで敵を迎えた。そして、敵と戦っている時に横の林からシャア様の騎馬隊が急に出てきて、エルギカ軍の後ろを突いた。これで敵は一気に崩れ敵の大将も逃げ出した。そしてこの逃げ出した敵の大将を追いかけてしとめたのもシャア様だったのさ」
「シャア様すごい!」
「ああ、お嬢ちゃんに似て黒髪の美人さんだった人だよ」
こうしてエルギカとホサンスの前哨戦は終わった。
負けたエルギカにとってこれはまだ始まりに過ぎず、まだまだ余力はあった。が、ホサンスの大義が猪人同士の争いを無くすと聞いて、エルギカは交渉してきた。曰く、もし猪人同士の戦いを無くすのが目的ならばエルギカの連盟に加わればよい、と。ホサンスはこれはただの時間稼ぎだと思い相手にしなかった。
そしてシュキア率いる補給部隊と合流するとビブラックスに向けて北進した。直線距離にして約二百里あるが、船からの補給をまた受けることのできるホサンスの軍は攻城兵器もあるシュキアの軍と相まって行く先々の町々を次々と落とし、速やかにビブラックスに迫った。そして道中ビブラックスにはゾウ兵が沢山いると聞いていたホサンスはゾウへの対策を練った。
「まあエルギカ軍の紋章はゾウだからゾウ兵がいるのは当たり前なのだが。そしてビブラックスからはゾウを百匹含む大軍が出てきた」
「百ぅ?!」
「なんと」
「すごい」
「ゾウってお酒が好きなだけじゃないの?」
「お酒も好きだけど、とにかく巨大な動物で天然の鎧を纏った生き物だよ。人がゾウに乗って戦うんだよテメシス」
「嘘お!」
「俺も見た事はないがゾウはいるぞ。俺の倍くらいの背の高さはあるらしい」
「サヒット伯父ちゃんの倍の背の高さ」
テメシスの口があんぐりとしている。
「でもこのときホサンス様は慌てなかった。前衛は相変わらず弓兵や軽装兵で固めたがその後ろにはヘルベ兵を置いて、長槍隊をその奥に置いた。そしてゾウが突進してくると、前衛は後ろに逃げて、ヘルベ兵はお互いの間の間隔を大きくとった。こうしてゾウの正面に大きな穴があちこちに開くとそこに向けてゾウは突進していき、ホサンスの軍の奥深くにゾウ達は入った。そしてその奥深くには槍を地面に突き立てて陣地を作った長槍兵がいて、一旦止まったゾウ達の後ろにもすかさず長槍兵が出てきてゾウ達を一匹ずつ囲んだ。あとは後ろに来た弓兵がゾウに乗ってる人を狙い討ちして、最後にゾウを殺すだけで終わった」
「ゾウさんかわいそう」
「ああ、ホサンス様もそう思ったんだろう。エルギカに勝ったあとは、エルギカにゾウ兵を解散せよと命じた」
「じゃあ、これでこの戦いは」
「そうだ。ビブラックスの戦いはゾウを百匹投入したにも関わらずエルギカの敗北に終わった。エルギカの司令官もゾウ兵が帰って来ないので気付いたのであろう、このあとは無駄に争うことはせず速やかに兵を撤収させてビブラックスの町に戻り、籠城戦の準備を始めた。
でも今日はもうこのくらいにしよう。晩御飯を食べられる人は食べよう。そして今日の夕方遅くか明日の朝にはコリーに着くからその準備をしないとな」
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