第20話 ヘルベ歴248年 4月3日 コリー
コリー。この国の正式名はラティス大湖沼連合なのだが、今はここの最大の都市であるコリーの名を持ってこの国のことを呼ぶことが多い。古き時代に於いては虎人の大帝国に最初に反旗を翻し、猪人の希望とも言われた国が、近き時代ではアペルドナルやセノーネの属国になりさがり、先の統一事業では戦わずに降伏した。
豊かな水資源に溢れるコリーは各地に三万人以上の人口のある都市がある。問題はそれら都市があちこちに散らばっていたので、各都市と各地域を支配する貴族の集合体という国家になってしまったと言うことだ。なので強力な中央政府は無く、緩やかな連合を形成していた。まあサルべには中央政府も無く、ついぞ統一できなかったからラティス大湖沼連合が曲りなりにも統一政権を作れたことは称賛に値するであろう。
そして昔は緩やかな連合でも良かった。が、コリーの東には古くからの強国セノーネ王国があり、セノーネはセヴル河を下流に向かい勢力を伸ばしていた。なのでセノーネがラティス大湖沼地帯に来るのは時間の問題であった。またコリーの西にはカレドと長年争っていたアペルドナル王国があった。そして、アペルドナル王国もカレドと折り合いを付けた瞬間からテメス河上流に向けて勢力を伸ばしだした。
今から約五十年前テメス河上流を支配していたコリーの大貴族がアペルドナル王家と婚姻関係を持ったことにより、コリーはテメス河上流を失い、その後アペルドナル王国はラティス大湖沼地帯西部を征服した。この地域を手に入れたアペルドナル王国はテメス河と湖を繋げる運河を掘り、一気に大陸西部最大の強国になった。これは主に経済力によるところが大きい。王都アペルからテメス河を遡り、運河を通って湖からセヴル河を下り、その河口の王子港までを内陸の船で結ぶことに成功。その上王都と王子港を海運で結ぶことにより、コリーやカレドはアペルドナルの経済圏に組み込まれ、この二国はほぼ属国化した。
当然セノーネ王国もこれに危機感を抱き、今度はセノーネがコリーの有力貴族の約半数を懐柔し、ついにコリーはアペルドナルからセノーネの属国になった。ちなみにアペルドナルやセノーネは絶対王政と言ってもよいくらい、王家の力が強い。この二強国に挟まれたことがコリーにとっての災難であったと言えるであろう。
「はー、いや、これは始めて知った」
「うん、そうだなサヒット。俺らなんかはこの近くの出身なのにコリーのことは全然知らなかったな」
「シー、テメシスが寝てるわよ」
「あ、ごめん」
ここでノックスが小声で答える。
「あの、さっき最初にちらっと出てきた虎人の大帝国ってなんなのですか?」
「ああ、二百五十年以上前の昔はこの大陸の半分以上は北の虎人に征服され、支配されていた」
「え、そうなの!?」
「自分で静かにしろと言っておきながらなに大声だしてんだ。テーちゃんが起きちゃったぞ」
「あ、サヒット伯父さんがいる」
「まあな、昼ごはんも食べたし、体動かしてないからか昼寝もしたくないからここに来たよ」
「へへへ、お昼寝しちゃった」
「まあ、政治の話や歴史の話が好きな子供はそんなにいないな」
「シャア様の話は無いの?」
「あ、こら、これはパパの新しい仕事でもあるんだぞ」
「まあ、いいではないか」
とここでカシヴェラヌスは目を宿の天井に向けてちょっと考える。コリーでも有名な宿屋、しかも上等の部屋なのでここは広いし、天井も高い。そしてテメシスに向き直って。
「うーん、シャア様はビブラックスの籠城戦ではそこまで活躍しないから、それとエルギカの政治の仕組みをちゃちゃっと説明して、アドアカム攻略について話すか」
「ありがとう、ヴェラおじさん」
「うむ。で、ビブラックス市外でゾウ兵を失ったエルギカの司令官、ちなみにこの司令官と前回の司令官はエルギカ連盟の王の息子達なんだが、は籠城戦の用意をした」
エルギカ連盟はラティス大湖沼連合とは違い遥かに強固な連盟である。なにしろ明白な敵、異民族の豹人族、がいるのである。エルギカ連盟では基本的に各自治体は地元の政治や治安を取り仕切り、連盟全体の軍事権と外交権がアドアカムとそこの王家に集中させてある。当然そのためアドアカムの王族は率先して軍の先頭に立ち、我ら猪人の土地を守り、豹人族に立ち向かう姿勢を示す。
「あの~、豹人族ってなに?」
「テメシス、彼らは豹人というより猫人だよ。猫人族は王子港にもいたでしょ。ただ王族がまだら模様の髪の毛を持った豹人なだけだよ」
「へー」
「あれ、だとすると虎人はどうなったのですか?」
「ボウア殿、良い質問だ。我々にもよくわからん。虎人の大帝国はこの大陸では我らの反乱があって撤退したのだが、もしかしたら彼らの故国で豹人が虎人を倒したのかもしれないな」
「へー」
「それとな、ノックス殿、王族の豹人にはクロヒョウの王族もいるぞ。甘海の向こうには真っ黒な黒髪と黒い肌の豹人族の王国があるとも聞いた」
「へー」
ノックスとテメシスが同じ相槌を何度も打つ。さすがは親子である。
「でも話を聞くとエルギカ連盟とホサンス様の統治方針って似てませんか?」
「そうなのだ。だからもしエルギカ連盟とホサンス様が協調できたならばエルギカでの戦はせずにすんだかも知れない」
「ああ、それは」
「まあ、ビブラックスでゾウを百匹殺されたのと、前哨戦と籠城戦で王子を二人も失ったから恐らく向こうも本気で協調しようとは言えなくなったであろう」
「悲しい話ね」
「だからこそ、ホサンス様は今回の大陸会議を楽しみにしているのだ」
「えっ? そうなのですか?」
「なにしろこれでエルギカ連盟とは違うことが出来るからな。あの一連の戦いの意味も大陸会議が成功したら大きく変わる」
「責任重大だなノックス」
「なんでお前は俺にそう重圧を載せるのが好きなんだ」
「ハハハ」
「ふっ。では、話をさっさとビブラックスの籠城戦に戻そう。ここは港湾都市で王子港と似ている。ただ壁の高さが王子港の比ではない。高さは低くても恐らく十五歩はあり、高い所は二十歩はあるだろう」
「「「「すごい」」」」
「なんでも豹人族の軍がここまで攻めて来たことが何度かあったそうだが、全てビブラックスで撃退したそうだ」
「強いの?」
「ああ、彼らは我らより俊敏に動けるし、我らとほぼ同じくらいの重さのモノをも持てる。また夜目も聞くし、剣が得意だ。豹人族の夜襲は静かに行われ、気が付いたときには野営地の首脳陣が全滅しているということも普通にあるとエルギカ人から聞いた」
「ヤパイ連中ですね」
「まあな。だから彼らと長年敵対してきたエルギカが弱いわけがない。が、シュキア様の前に籠城は無理だな。あの人は城攻めが得意だ」
今回の籠城は計画されたものではないと思ったシュキアはまずビブラックスを囲むように塹壕を掘り、その所々に簡単な木の櫓を作った。さらに河口側にはサルベとリンゴネからの船で出入り口を塞ぎ、アクソン河の上流側には巨大な鎖を何本も繋げた船を河幅いっぱいに並べ上流から船が都市に入れないようにした。この時には約三万の正規兵に一万の志願兵にリンゴネ周辺から集まった兵がさらに一万、全部で約五万の軍勢がビブラックスを囲んだ。
こうして囲まれたビブラックスを救出しようとまずはエルギカ連盟の東部海岸地域から救援軍がやってきた。この「救援軍がやって来る」という報せは騎兵のシャアが早めに突き止めたのでホサンスは半数のヘルベ兵を率いて敵に向かった。長槍兵はオルゲトリ将軍に任せて、将軍と長槍兵は塹壕の中で潜み、待機した。
「そしてエルギカの救援軍の前に軽装兵と弓兵を出して、ホサンス様は敵を挑発した。敵が襲ってきたときは、戦いもせずに、ホサンス様は兵達に逃げろと言って、自身も塹壕に向かって逃げていった。当然司令官が逃げるのだから兵達も争って逃げた」
「ああ、これもオチが見えますね」
「まあ、そうだな、なんでこう簡単に引っかかるんだ?」
「それはエルギカの兵が自分達は強いと自負していたからであろう。隊列を乱して逃げるホサンス様の軍、そして隊列を乱して追うエルギカの軍。そしてついに味方が塹壕の中に乗り込み、敵がその前にまで来た時、急に」
「塹壕から長槍を突き出したってことだな」
「うむ、そうだ。そして、塹壕の前で止まった敵の後ろからは」
「シャア様ですね!」
「そうだ。なんでテメシスちゃんも分かったのだ?」
「まあ、話の流れからそうとしか思えないわね」
「一応その場にいた書記官として言わせてもらえば、もしこの救援軍がアドアカムからも来る救援軍を待って、両方同時に攻めてきたらどうなったかはわからない」
「でも、ホサンス様はそれをさせないために手を打った。それにアドアカムから来た軍はいつごろ来たのですか?」
ノックスが問う。
「ビブラックスまで来るとしたら恐らくそのひと月後だな」
「では、さらにひと月もビブラックスの食料は持ちましたか?」
「うーむ、そこはわからないな。」
カシヴェラヌスの話を続けると、この塹壕の前で救援軍は壊滅的な被害を受け崩壊、半数以上は捕虜となった。それを壁の上から見ていたビブラックスの籠城兵も戦意喪失。前哨戦での敗北、百匹のゾウ兵の壊滅、そして救援軍の無力化と続き、備蓄の少なさも相まって開城になった。ビブラックス防衛の大将は責任を感じて自決し、ヘルベ歴241年22月22日に三か月弱続いた籠城戦は終わった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます