第21話 ヘルベ歴248年 4月5日 アトレバトスの戦い
「ボウア殿、本当にコリーに一泊するだけでよいのか?」
「ええ、あの話のあと夕方まで観光できたし、昨日の夜ぐっすり宿で寝れたら元気がでたわ。兄も大丈夫と言っているし、今日は良い風が吹いているのでしょう? 船乗りさん達が言っているのを聞いたわ。ならば行かないと損だわ」
「では朝食を食べたら船に乗り込むとしよう。ルテチアまでは風に恵まれれば二日で着く。そして、もし船の上が揺れるので寝れないのならば、一旦船から降りて河岸で寝てもよいし」
「じゃあ、決まりね、皆にも知らせないとね。ルテチアに着くのが楽しみね」
そして予定を少し変更して、一行はまた乗船し、今度はコリーからルテチアへ向けて出発した。
船の甲板の上でカシヴェラヌスの話が始まる。
ビブラックスを攻略したことにより将官級の捕虜たちから詳細な情報を得ることが出来たホサンスたちは驚いた。エルギカは広大な大地を「統治」していることになっているが、実際に本当に支配しているのはV字型の地域だけである。このV字の右側は甘海の沿岸沿いにある都市群で、結節点であるビブラックスから始まりは最終的には要塞都市のトレビに至り、この線上にある都市は全て大きな壁を持ち豹人族の来襲に備えて出来た都市であった。左側はアクソン河に沿ってある地帯である。こっち側の古い都市には壁があるが全てにあるわけではない。またアクソン河の中流には巨大な湖であるベリサマ湖があり、そこの湖畔に首都のアドアカムがある。この河より西側にはカンタル山脈があり、山に人は住んではいるが、そんなにはいない。
このV字の真ん中に都市や大きな町が無いのには理由が二つあり、両方ともに軍事上の理由であった。一つはこの広大な土地をゾウの生育に充てており、ここで生まれ育ったゾウを定期的に捕まえ馴らしているという。ゾウは人の手による繁殖はできないので放し飼いにするしかなかった。
もう一つの理由はこの真ん中の土地を開拓すると、豹人族の軍がこの間の土地を横切ってトレビからアドアカムに来れる。逆にほぼ無人の土地にすればトレビからアドアカムまで約六百里を物資の略奪や調達無しで軍を進めねばならない。いくら豹人とは言えこの距離を大軍が移動するのは無理なので防衛上わざと人が住まないようにしているとのことだった。
「これを聞いたホサンス様とシュキア様は意見が割れた。シュキア様は先にトレビまで行って沿岸地帯の都市を攻略しようと言い、ホサンス様は首都のアドアカムを落とせばこの戦いは終わるからアクソン河沿いを攻略しようと言った」
「なるほど。どちらの言い分もわかりますね」
「いや、これはホサンス大王が正しいんじゃないか?」
「サヒット殿はそう思われるか?」
「まあ、俺は素人だからよくわからんが、さっさと戦を終わらせたいという気持ちはわかるぜ。それに東から来た援軍はすでに破ったわけだろ」
「おそらく他の将軍たちも似たような気持ちだったのであろう、軍議はホサンス様の主張された方に決定し、準備が整ったのち軍は出発。捕虜たちは戦にはもう加わらないと誓いを血判でしたのち、解放された。が、シュキア様の方が正解だったと思われる。このあと沿岸部からの第二の援軍が来て、ビブラックスはまたエルギカの手に落ち、ホサンス様の軍は挟み撃ちにあうのでな」
「あ、以前言っていた敵前逃亡した百人長の話ですか」
「そうだ、よく覚えていたなノックス殿」
ビブラックスに守備兵を少し残し、全軍でアドアカムへ向けて出発したホサンスの軍は最初は問題なく進めた。が、二十日ほど進んだ所で対岸に敵の軍がいることに気付いた。この対岸の軍はアドアカムからの軍で王太子のブライアンが率いていた。彼はすぐに河を渡るようなことはせず、二日は静かにホサンスの軍に歩調を揃えてアクソン河の対岸を行軍していた。
そしてこの時には恐らく王太子はビブラックスに向けて沿海沿いの諸都市からの新たな救援軍が向かっていることを知っていた。なのでその救援軍が彼らに追いつくまでは会戦を避けたのであった。ホサンスの方も町を攻略したとき、防衛側が何もしないでただ待っているのはおかしいと思い、シャアの騎兵に前方だけではなくて、後方も念入りに探らせた。
そのまた三日後、新たにアトレバトスの町を攻略したホサンスは新しい情報を得る。ビブラックスがエルギカ連盟の手にまた戻り、全面の対岸にはアドアカムからの軍、後方には沿岸地域からの軍が迫ってきていると報告を受けた。対岸の軍の規模はわからないが、恐らく大軍。今では六万とわかっているがその時はわかっていなかった。そしてビブラックスから逃げてきた守備兵と偵察の情報によると後ろの軍は大体三万人。ホサンスの約五万の軍は挟まれた。
「挟まれたと知った時、ヘルベとサルベの兵は動揺しなかったが、リンゴネから集まった兵達はかなり動揺し、夜半に町から逃げるものが出てきた」
「その中に百人長まで居たってわけですか」
「まあ、逃げたくなる気持ちはわかるわ」
「しかし、俺たちがここにいるってことはホサンス様はまた勝ったのか」
「シャア様がなんとかしたんじゃないの?」
「テメシスちゃんはシャア様が大好きだな。実際シャア様は騎兵を率いて後方から迫る敵兵に一回接敵して、敵が近づくのを阻止した」
「ほら、やっぱり」
「でも敵も騎兵の話は聞いていたのか、被害もさほどなく騎兵を撃退し、次の日には対岸に移動し、ついにアドアカムからの軍と合流した」
「あちゃ~、ダメじゃん、五万対九万だろ。勝てるわけがない」
「うむ。エルギカの王太子ブライアンは敵よりも多くの兵を揃えてから戦うという常道を常に使ってきた」
「じゃあ、どうすればいいの?」
「いやあ、テーちゃん、この場合はどうしようもないだろ」
さっきからサヒットが空を仰いでダメだとか言ったり、無理だと言ってるがノックスは静かに続きを待っている。
「ここでホサンス様は先日取ったアトレバトスの町を放棄して、ビブラックスの方に退却を始めた。この時ブライアン王太子は河を渡り追撃してきた。ホサンス様は敵が河を渡ったと聞くと小高い丘の上に一旦陣取った。が、ブライアンも丘の上に向けて突撃せず。少し離れた所で陣地を作った。これを見たホサンス様は丘の上に塹壕を掘り野営地を作り、そのまま両軍は一日にらみ合った」
「うーん、ブライアンは慎重だな。丘の上に向けて攻めたくなかったってことか」
「そして、その次の日ホサンス様は軍の隊列を逆にしてビブラックス方面に向けて丘を下った。つまり、騎兵が先に出て偵察するのは今までと変わりないが、ヘルベ兵が先に出て、次にサルベとリンゴネの長槍兵が出て、最後に軽装兵と弓兵が続いた」
「え、なんで?」
「まあ、そこはわかると思うよテメシス」
「ホサンス様の軍が丘の反対側を下るのを見たブライアンは自軍を一気に前に進めた。が、ホサンス様の軍は丘を半分ほど下った辺りで一人一人の兵が回れ右をしたので、隊列は完全に整っていた。そして、丘の下から攻め上がるという不利な条件にも関わらず丘の上に登って来た敵に襲い掛かった」
「ああ、ブライアンはただ行軍してただけで、ここで戦闘になるとは思ってなかったのか」
「その通りだサヒット殿。たったこれだけで戦は変わる。エルギカ兵は恐らくホサンス様が逃げたと思ったのであろう、油断していた。そして王太子ブライアンは丘の向こう側で戦闘が始まっているとは最初知らなかっただろう。そして、後手に回っている内に長槍兵とヘルベ兵が丘の上の陣地を取り返した。しかも昨日作った陣地には塹壕が掘ってあるから軽装兵や弓兵も塹壕に隠れながら戦闘を続行した」
「さすがにここまで戦闘が激しくなったらブライアンも気が付くだろ」
「その通りだ。ホサンス様の軍を包み込もうとブライアンの軍が両翼を伸ばした」
「ここでシャア様ね!」
「なんで、テメシスちゃんはわかるのだ。でも、その通りだ。今回は自軍の近くで戦うため騎兵はすぐ陣地に戻って投げ槍を補給できるので獅子奮迅の働きを見せ、迫る両翼の敵を近づけさせなかった。この時の騎兵の努力のおかげでホサンス様の軍は囲まれる前にヘルベ兵が敵の中央を突破した」
「信じられないな、いったいどうやったら勝てるんだ」
「俺も信じられないが、これはおそらく丘を越えて来た隊列の整ってない敵を長槍兵で撃破、次に丘の上で長槍兵にとって足場の悪いところでヘルベ兵主体で敵を撃破、最後に塹壕に籠って弓と投げ槍の援護のもと防衛。敵には弓等の援護が無いし、今度は敵が丘の上を攻めることになる。つまり戦いの各場面ではホサンス様は有利に進めている。綱渡りだけど、勝っていけばなんとかなる。兵たちにもそれがわかったんじゃないか。そして最後はいままで存在しなかった騎兵に敵が翻弄されている間にヘルベの歩兵が盾を揃えて突破したんだろうな」
「おお、俺もそんな風に場面場面に分けて考えてなかった。素晴らしい考え方だノックス殿」
「まあ、こんなのその場にいたら俺には到底できないよ。多分サヒットと一緒で五万対九万ってわかった時点でさっさと逃げてるよ」
「ブライアンは中央突破をされたとわかった時点で自軍の撤収を始めたがその頃には軍の制御はあまり出来なかった。なんとか敗残兵を集めてアドアカムへ向けて撤退していった。四分の一も兵が集まったら良いほうであったであろう。ホサンス様の軍はあまり損害も無く、周りには敵の死体ばかりが残っていたので、敵の埋葬がその丘で行われたのち、ホサンス様はビブラックス方面に向けて行軍していった」
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