第22話 ヘルベ歴248年 4月5日 ヴィエンヌの会戦
ボウアとサヒットは船に乗った初日よりも元気があったものの、お昼ご飯を食べることはできなかった。なので今日は早めに船を止めて、たくさん夕ご飯を食べて、そのあと河岸で一泊することにした。風向きは良いので、これが明日も続けばこの船は明日の夕方にはルテチアに着くであろう。
「ではお昼ご飯を食べたあとの腹ごなしにでもこのカシヴェラヌスの話をお聞き下され」
「ハハハ、なんかこの面々でほぼ固まりましたねヴェラ殿」
「リナちゃんはいないけどいいのかノックス?」
「リナは私がいないところでは念願のお姉ちゃん役が出来るから大丈夫だよ」
「ふーん、そういうものか」
サヒットはまだちょっと納得できてないようだ。
「まあ、お前は末っ子じゃなかったからわからんかもな」
「何言ってやがる、お前なんか長男じゃねえか」
「娘を見てたらわかるわい。まあいいよ、ほらボウアがまた真っ青になってる。無理して食べようとするからだよ」
「だってお腹が空いてたんだもの」
確かにボウアは顔色が悪い。サヒットは最初からお昼ご飯を食べようとしなかったから少しは元気がある。この二人は朝と夕の二回をしっかり食べてもらうという形にしてこの船旅を乗り切るしかないかもしれない。
「じゃあ、ビブラックスに戻ったってところからですね」
「そうだな、ノックス殿が言う通り、ホサンス様の軍はビブラックス方面に戻った」
そしてビブラックスの前にまたホサンスの軍が来た時には町の人々は驚き、すぐに開城した。さすがにこの時はビブラックスの市長を死刑にしようとホサンスは言ったが、シュキアが市長の命乞いをした。なんでも市長がシュキアの補給船を守ってくれたのでシュキアの船は無事だった。このため、ホサンスも市長の死刑は止めて、リンゴネへの追放刑に替えた。
そしてこのあとシュキアの最初の提案通り軍を甘海の沿岸沿いに進めたが、この時は皮肉なことに行く必要は無かった。この地帯は二回も軍を募ったあとにそれらが二度とも壊滅したので、三回も抵抗する気は無くすんなりとホサンスの同盟に加わった。トレビの要塞は同盟に加わらなかったが、中立を宣言し、もしホサンスがアドアカムの支配者になればその時に加わると約束した。
なので、大幅に時間を取られたが年も改まったヘルベ歴242年3月、再度アドアカムに向けてホサンスは出発した。この時も前回と同じく約五万の軍勢を率い北上。ただし、今回は前回とは反対側の河岸を行軍した。
そしてやはりエルギカ連盟内を行軍している限り、ホサンスの軍の行動は敵方に筒抜けなのであろう。前回と同じく二十日ほど進んだあたりでアドアカムからの軍に接敵した。
「ブライアンも時間を無為に過ごしていたわけでは無くて、前回よりも多い、ホサンス様の倍くらいの大きさの巨大な軍を率いていた」
「今度は五万対十万か。かあ~、エルギカの底力はすごいな」
「うむ、この時ホサンス様の供回りでエルギカ攻略は無理だと言う人も多かった。が、ホサンス様はそれを一蹴してなんと自軍を四つに分けた」
「はあ、少ないないのにさらに小さくするなんて」
「まあホサンス様の前方にはちょうど四つの町が支流に沿ってあったから分けたのは不思議ではない。己は正面の町に二万の軍を率い残りの三つの町には一万ずつの軍を派遣した」
「じゃあ、ブライアンも防衛のために軍を分けざるを得ないですね」
「そうだ。そしてエルギカ軍は二万か三万の軍に別れて四つの町の防衛に向かった。この後、敵の軍が別れたと聞いたホサンス様は急遽自軍をまた集めた。三つの町にはヘルベの千人隊を一つずつ残し、残りの軍は全部ホサンス様の本隊にまた集まった。ただし残された千人隊には一万人分の飯の用意をしている風に見せかけるため、炊事の火は毎回非常に多く燃やして煙を出せと命令した」
「あ、すごいな、これで、敵の三万対ホサンス様の四万七千だ」
「厳密には各千人隊には軽装兵や弓兵もいるからもう少し減るが、サヒット殿の言う通り敵より数が多いことに変わりはない。そして、ホサンス様は正面の敵に相対する時に横に広く陣取り、敵もそれに合わせようと横に薄く広がったので、中央突破をして勝った。その後、右の町に行き二万しかいない敵にもその日のうちに大勝した」
「これでほとんど五分五分になりましたね」
「ああ、ブライアンも自軍の正面の敵が一万人には全然足りないと気が付いた時点で何が起こったのか分かったらしく、別れていた自軍を再び結集し、ホサンス様が最初に襲った町に向かった。そして、ホサンス様も右の町の敵を撃破したのち、最初に攻撃したヴィエンヌの町に戻ってきた」
「あれ、じゃあ残ってた二つの千人隊ってのは何したの?」
「ブライアンが軍を結集してヴィエンヌに向かったあとそれぞれの町を攻略したよテメシスちゃん」
「え、じゃあ四つの町を全部取ったからホサンス様の勝ちじゃないの?」
「ホサンス様と王太子ブライアンはどうも町や土地を取るというよりも敵の軍を打ち破るほうがもっと大切だと思ってると思う。で、実際おじさんもこの統一の道を一緒に歩いたからわかるけど、それが正しいと思うよ」
「「へー」」
テメシスとボウアの相槌が被る。
二日目のエルギカ軍五万対ヘルベ・サルべ四万五千の戦いは最初は引き分けに終わった。ホサンスはいつも通り、全面に軽装兵や弓兵を並べその後ろに長槍兵とヘルベ兵を混ぜた戦線を構築した。が、お互いの軽装兵と弓兵が引くと、ブライアンの軍もなんと長槍兵の間に隙間があり、そこの隙間に軽装兵と弓兵が入っていった。
これを見ても、敵の考えがわからないのでホサンスはまたいつも通り長槍兵とヘルベ兵を前に出して、敵を引き付け、敵の側面をシャアの騎兵で叩こうとした。が、ブライアンもこのときを待っていたのか、ブライアンの長槍兵は弓兵等が戻ってくると、それぞれの塊が方陣を組んだ。
「ほうじんって?」
「この方陣と言うのは、中に弓兵や軽装兵がいて、その周りを四角く三列の長槍兵が取り囲む陣形だよ。この長槍兵はしゃがんで槍の後ろを地面に突き立てているから、その後ろにいる兵が安全に弩を射ることが出来るんだよ」
「どって?」
「ああ、『弩』は機械仕掛けの弓で弓よりも強力なんだ、『いしゆみ』とも言うよテーちゃん」
「え、じゃあ、これホサンス様の軍は攻められないんじゃないの?」
「その通りだボウア殿。方陣では弓では無く弩を使っているのでヘルベ兵が近づくと矢が盾を貫く。なのでヘルベ兵も進めない。しびれを切らしたホサンス様はシャア様の騎兵にも一旦突かせてみたが全く崩れなかった。が、この方陣は長槍兵がしゃがんでいるので彼らも動けない」
「それで最初に引き分けと言ったのですか」
「そうだ、で、その日はホサンス様の軍にとっては行軍したあとでの戦いだったので、兵は疲れてもいたし、その時点で暗くなってたので決着は次の日に持ち越された。そしてその夕方不肖カシヴェラヌスはホサンス様たちがこのあとどうするか議論する場にいた」
「なんて言ってたんだ? すごい気になるぜ」
「シャア様は長槍とか剣を持って突撃してみたいと言ったがホサンス様はそれを却下した。他の将軍たちの中にはもっと大きな頑丈な盾を持たせるとかいう案もあったか、それを明日一日で調達するのは無理なのでそれも却下された。オルゲトリ殿は被害を覚悟して突撃すべしと言って、それも一理あるかと他の将軍たちは言った。こう色々と議論された挙句、ホサンス様が『ありゃ動けないから都市を攻略するみたいなものだな』と言ったあとシュキア様が、はっ、としたような顔になり『明日は俺に任せろ』と言って攻城戦の得意なサルベの兵たちの所に行くとその夜は急遽攻城兵器を組み立てだした」
「なるほど」
「なにがなるほどなんだノックス」
「シュキア様の考えが読めた。動けないから攻城兵器の発射する大石や大矢を方陣にぶつけるつもりだ」
「そうだ、ノックス殿の言う通りだ。賢者村の面々は戦に行ったことがあるのか?」
「私たちは誰も戦争には行ったことも無いし、見た事も無いわよ」
「まあ、この馬鹿は税金兵になるって一度言ったけどな」
「うわあ、あの時のことは思い出したくない。というか全部が終わった後、こんな風に時間があって余裕があって考えることが出来ればなんとかわかるんだけど、どうやってその当時その場でそんなに色々といい案が浮かび上がるんだ? 普通の人は前回通用したらその後もさらにその後もって、何回も同じことを繰り返すぞ。っと、そういえばこのブライアンさんもかなり凄いよな。確実に毎回堅実な手と新しい対策を練って来ている」
「うーむ、やはり幼少期の遊びが大きかったのかな?」
「なんだその幼少期の遊びって、剣とか槍を振って鍛えていたのか?」
「いや、違うぞサヒット殿。武芸を鍛えていたのは長兄のオンシィ殿だ。オンシィ殿は同年代では並ぶものがいないと言われるほどの槍の使い手だった」
「うん、俺が聞いたところではホサンス様や兄弟たちは長槍兵や弓兵などの駒を作って、地面に大きな升目を描いてその上でこの駒を一斉に五十個ずつ動かして、鉢合わせるとサイコロを振って戦わせていたらしい」
カシヴェラヌスがノックスの発言に大きく頷く。
「なるほど、個人の武勇では無く、将軍とかの視点で見る遊びか。しかもただ取ったり取られたりするんじゃなくて、サイコロも振るのか。うーん、ネフェタフルの大きくて複雑なやつか、それ結構面白いかもな」
「まあ、お話を終わらせましょう。次の日どうなったの?」
「どうなったのも何もノックス殿の言う通りだ。次の日はシュキア様が攻城兵器を方陣にぶち当てて、敵の陣形が崩れたところをヘルベ兵と長槍兵が襲って、戦いはホサンス様の勝利に終わった」
「ブライアンさんは?」
「王太子はシャア様に追われたが戦車兵を連れていたので、逃げ切った」
「ああ、その戦車兵は騎兵に対抗するためか。やっぱりちゃんと考えていたんだな」
こうして三日間かけて行われたヴィエンヌの会戦は終わった。
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