第23話 ヘルベ歴248年 4月6日 ベリサマ湖の会戦
カシヴェラヌスの話が終わったあと、船は河岸に止まり、一行は地上で一泊した。そしてその次の日ルテチアに向けて朝早く船に乗り込んだ。
「大丈夫ですかな?」
「俺も大丈夫だし、妹も大丈夫だぞ。やっぱり船で寝るのと陸で寝るのとは違うな」
「それは重畳。では今日は俺もお昼と食べないでおこう。朝はたっぷりと食べ過ぎるくらい食べたので」
「あ、いやそこまで気を遣う必要はないぜ」
「そうか、でも腹いっぱいなのは事実だ。まあ、じゃあ恒例の話を今日もしよう。朝と午後話せばエルギカの話は終わる」
「よし、わかった。俺も他の連中を呼んで、甲板に集まるように言ってくる」
「頼みましたぞ」
そして、その少しあといつもの面々が甲板に集った。カシヴェラヌス、ノックス、ボウア、サヒット、テメシスである。
ヴィエンヌで大敗したエルギカは同盟の結束力が弱まった。その結果ホサンスの行くところ、エルギカ連盟から離脱し、ホサンスの大同盟に自発的に加盟する町や都市が増えてきた。
これはホサンスにとっては大助かりであった。前哨戦、ビブラックスの戦いと籠城戦、アトレバトスの戦い、ヴィエンヌの会戦と続いたので、戦死者や傷病兵はかなり出た。彼らはシュキアが手配した船に乗せられサルベやヘルベに帰った。当然、ヘルベやサルベからの補充兵や物資も補給船と一緒に前線に戻って来ていたので、正規兵の数は減っておらず騎兵は逆に増えてた。が、志願兵の弓兵や軽装兵は確実に減っていた。
なので今まではリンゴネからの志願兵を合わせることで五万の数を保って来ていたのが、ヴィエンヌの会戦以降、エルギカ連盟を離脱した都市や町出身の志願兵を集めることが出来た。これによって、軍の規模は大きくなっていき、各都市を攻略しながらゆっくりと進むもベリサマ湖に着く十二月ごろにはホサンスの軍勢は七万に増えていた。
しかしこの時間をエルギカも無駄にしていたわけではない。戦いが始まるころにはブライアンも新しく八万の軍を編成していた。
「ちょっと待って。なんなのそれ。えーと、一回目はまあ前哨戦だからいいとして、ビブラックスで二回、アトレバトス? だっけ、にヴィエンヌだろ、なんでそんな兵がいるんだ」
「サヒット殿、それは単にエルギカが必死だからとしか言えない」
「あの、首都のアドアカムの人口は何人いるですか?」
「ノックス殿、良い質問だ。アドアカム自体は二十万だな、ただベリサマ湖は巨大だからその畔に沢山大きな都市があって、それは全部連盟初期からの加盟都市だ」
「なら辻褄が一応合いますね」
「そうかあ? と、言うか勝てないならさっさと降伏すればいいのに」
「エルギカは連盟が出来てから一度も負けたことが無い。ベリサマ湖からアクソン河を下り、沿岸沿いにトレビまで行くまで、一時的に戦場で負けても戦争には必ず最後には勝ってきた歴史がある」
「ならある意味仕方がないのか」
「それにホサンス様とシャア様は勝ったんですね」
「まあ、そうなるなテーちゃん」
「では、話を続けるぞ。王太子ブライアンはベリサマ湖の出口でホサンス様の軍を迎えた。アドアカムからは十三のゾウ、三千の戦車を含む八万の軍だ。これに対抗するのはホサンス様の約七万。特筆すべきは騎兵が三千から四千に増えたことだな。ヘルベからの歩兵の数は以前と変わらず約一万で、サルべの兵の数も変わらず約一万五千。で、軽装兵や弓兵の数が三万に増え、いまやリンゴネやエルギカから志願してきた長槍兵も一万いる」
「そんなに沢山」
「うむ、多すぎてこの時に将軍職がぽんぽん増えたな。以前アキオリウスのもとで長槍兵を率いていたケレトリウス殿やボルギオス殿は遠征が始まった時点で千人長を越えて、将軍になってそれぞれ五千の兵を率いていた。が、このころには新たにコミウス殿やエポサグナ殿も将軍になった。のっぽのオルゲトリ殿もシュキア様の副官から正式に将軍になっていたし、シャア様も四千に増えた騎兵を二つに分けて指揮するために副官のチオマル殿を将軍にしてもらった」
「ちょっと名前が多すぎて覚えられない」
「俺もだテーちゃん」
「ハハハ、それはまあおいおいと言うことで。とにかく話を進めないとな。ブライアンは軽装兵や弓兵を全面に出し、その後ろにゾウ兵や長槍兵を置いた。自身もゾウに乗り、軍の一番右にいた。軍の一番左には戦車隊を配置した。どうもこのころにはブライアンの指揮能力に疑問が出てたのか、エルギカ軍には指揮官が二人いたらしい」
「え、そんなことしたらダメですよ」
「ノックス殿、俺もそう思うが連戦連敗だったからな」
「それするくらいなら更迭すりゃいいだろうに」
「こうてつって?」
「交代させることよテメシス」
「へー」
「で、戦車隊が敵の左翼に集まったのを見たホサンス様はシャア様に自軍の右翼に行って、戦車隊を抑えろと命じた。そしてシュキア様には中央に残って、もし敵がまた方陣を敷いたらそこに攻城兵器を集中させろと命じてから、自分はゾウ兵の正面になる左翼にヘルベ兵を引き連れて行った」
「八万対七万、互角か」
「いや互角ではなかった。戦いが始まってすぐに戦車隊と騎兵がぶつかったが、シャア様は戦車隊の車輪を槍を使って破壊し、右翼の決着は早々に着いた。そして、なんと戦車隊がさっさとやられたのを見て、敵の左翼の将軍は戦場から逃げ出した」
「やっぱりシャア様はすごい」
「うむ、そうだな。そしてホサンス様と王太子の間では一進一退の攻防が続いていた。ヘルベ兵が敵の長槍隊に突っ込んでも、所々にいるゾウ兵が兵の頭上に弩を射ってくるので、被害が大きく離脱せざるを得ない」
「こっちのほうがいいゾウ兵の使い方なのかもな」
「俺もそう思う」
「だが敵の左翼の兵がどんどん戦場から離脱していくと当然敵の真ん中の兵も崩れ出し」
「ついには反対側までその影響があるってわけか」
「その通りだサヒット殿。ただ、悲劇はこのとき起きた。退却していく敵兵の中には弓兵もいて彼らは弩を使っていた。そして、その流れ矢の一つがシャア様のこめかみに当たった」
「えっ!」
「兜を貫いてたので即死だったと思う。痛みを感じる間もなかったであろう」
テメシスが絶句している。他の人たちも静かにしている
「そしてブライアンのいた敵右翼も崩れ出し、ホサンス様の勝利は確定したが、王太子ブライアンは撤退せず、ゾウ兵たちと一緒にその場で最後まで戦い戦死した。このベリサマ湖の会戦はホサンス様の大勝でまたも終わった。しかし、シャア様を失ったホサンス様は怒り狂った」
「え」
「あの時のホサンス様は普通ではない。いつもなら敵も味方も戦死者は丁寧に埋葬するのだが、シャア様が流れ矢で死んだと聞いたあとは死んだブライアンの埋葬を許さなかった」
そして、アドアカムに向かう途中で敵対したものには容赦せず、弓兵が捕虜になった場合は利き手の人差し指と中指を切り落とした。
「一番ひどかったのは死んだブライアンの足に縄を括り付けて自分の馬で引っ張ってアドアカムまで行ったことだ。アドアカムまではたったの二日だったが、あの二日は嫌な二日だった。うーん、この話は一旦ここまでにしよう。あまり気持ちのいい話じゃなくて済まなかった。だがこれは俺が実際に見てきたことなので嘘がつけない」
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