第35話 ヘルベ歴248年 5月5日 カルプンディア河の会戦

「なんであいつらは俺の言う事を聞かずに敵と戦ったんだ? 言ったよな、全軍で集まってから叩くって。なんで自分達が真ん中に置かれたのかわからなかったのか?」

「功を焦ったのでしょう」

「ったく、各個撃破とはカッコ悪い」

「お上手ですね」

「うるさいぞダゴマロス、俺は駄洒落を言ったつもりは無い」

「ですが、これで敵にも騎兵がいることがわかりましたね」

「ルクタンを真似たのか。まあ、必然だな」

「クリーニャ殿が鞍とあぶみのついた馬をアキタ王家に送ったとも聞いてます」

「はあ。まあ、あいつなら頼まれたら何も考えずにやるだろうな」

「あとゾウ兵もいます」

「く、あれは許せん。あとで大陸全土にゾウ兵の禁止令を出せ」

「大王様の仰せの通りに」

「まあ、いい。カチヴォルクスとはそろそろ合流できるだろ」

「はい、ですが、合流しても我々が数的劣勢になると思います」

「ふっ、エルギカの時と一緒か」

「もう少し楽できませんかね」

「茨の道ってやつか?」

「私は痛いのはいやですね」

「お前も案外そういうところがあるな」

「楽したいと思うのは普通と思いますが」

「まあな」

 こうしてカルプンディア河畔でホサンス率いる大陸軍とアキタ王の軍勢との戦いが始まった。

「おい、なんだあれは。なんであいつらの右に戦車もいるんだ?」

「さあ?」

 馬上のシュキアが返事をする。

「ええい、始まる前の情報収集が甘い。チオマルは何をしてる」

 赤いマントを羽織ったホサンスが馬の上で文句を言うと。

「おい、ゴルミョ、お前騎兵をチオマルから半分貰って左に行け。戦車を止めろ」

「わかった兄上」

 とゴルミョが馬に乗って自軍の右翼の方に向けて駆けていく。

「ゾウが少ないから長槍兵の間に入ってるな。ちっ、こっちの方がやっかいか」

「だが今回は方陣もあるし大丈夫だろ」

「わからんぞ。俺のカンが今回はなんかあるって言ってる」

「いやだな、兄者のカンは結構当たるからな。でも敵の左翼の騎兵はチオマルの騎兵が抑えるし、戦車はゴルミョが対処するから大丈夫なんじゃないか?」

「とにかく戦闘が始まる前に俺らの左翼に騎兵を配置しないと、始めることも出来ん」

「ホサンス様!」

「なんだ」

「ドゥムノリ将軍が弓兵の射撃の許可を求めています」

「あと少しまて」

「は!」

 伝令兵が来て、また戻る。

「この始まる前の感じ、気が高ぶる」

「お前はいつもそう言うな」

「なんで兄者は平気なんだ」

「わからん」

 そしてこの戦いは敵の弓兵が矢を射る所から始まった。それにすかさず大陸軍の弓兵も応射する。もっとも大陸軍の弓兵は弩を射るので一回射ってすぐに腕に付けた小さな盾を背中の方に掲げて自軍の長槍兵の方に駆ける。

 そして弓兵が前方からいなくなるとお互いの陣がはっきりと見える。アキタは伝統的な布陣で真ん中に十五列くらいの深い縦深の長槍兵がいて横に千歩近く広がり大陸軍を包み込むように伸びている。さらに自軍の右翼に戦車兵がいて、自軍の左翼に戦車兵のかわりに騎兵がいる。素人目に見ても明らかに士気が高い。

 大陸軍は七つの方陣を横一列に結成している。それでも横幅は千歩に足りない。だがその左右にはこの戦までは大陸唯一の騎兵がいる。これらの方陣は約二千五百の長槍兵が四列になったのを四角くしたもので、中には大きな空洞がある。その空洞にはヘルベ兵の百人隊が五つか六つ入っており、その空洞に向かって弓兵が入っていく。そして、方陣に入った弓兵はヘルベ兵の盾に隠れて弩を射る準備をする。

 この初めて見る方陣にアキタ軍は少し動揺するがすぐ長槍兵が大陸軍を包み込もうと前に進む。それに応じて七つの方陣もゆっくりと前に進む。大陸軍の右翼ではチオマルの騎兵がアキタの騎兵と戦っている。そして、大陸軍の左翼ではゴルミョの騎兵がアキタの戦車兵に向かっている。

 方陣が敵の長槍兵に接近すると方陣の前列が一斉に片膝をつき、後方の三列も腰をぐっと落とす。そして、その上から弓兵が至近距離で弩を射る。至近距離で打たれた敵兵は鎖帷子の鎧を貫かれてバタバタと倒れる。もっとも密集隊形なので、倒れても後方の兵が前方に来る。ただその合間に射った弓兵もしゃがみ、次の射撃の準備をするし、その後方にいるまだ射ってない弓兵が弩を射る。この二列の弩のつるべ打ちが無慈悲に敵を倒す。そして敵がひるむと方陣の前列もまた立ち上がり前に少しだけ進む。そして敵に接近すればまた長槍兵が膝をつき、弓兵が弩を射る。

 この繰り返しの中で異色なのはカスティクスの狙撃隊で彼らだけは方陣の中を好きに動き、ゾウ使いや敵の指揮官を狙い、射る。ゾウ使いを失ったゾウは統御を失い、味方をも踏みつぶしながら戦場から逃げる。

 アキタ兵もただ待っていても弩にやられると気が付いたので無理やり槍衾の中に突っ込む。中には味方の死体を盾に突っ込むものがいる。が、方陣に大きなほころびが出るとすかさずヘルベ兵が侵入してきた敵を迎え撃ち、狭い空間の中槍を振り回せない敵を短剣で刺す。

 この阿鼻叫喚のさなかシュキアが急に言う。

「おい、変だぞ」

「どうした」

「敵の戦車が止まらない」

「うん?」

 馬上でホサンスが左を見る。雄牛の紋章を描いた旗を掲げた戦車兵がゴルミョの騎兵と戦いもせず、まっすぐに軍の後方にいるホサンスの方に向けて進んでくる。そしてゴルミョの騎兵が槍を投げて、車輪を破壊すると、戦車から人が幾人も降りホサンスの方に向かって駆けてくる。

「なるほど、あいつら戦車を移動のためだけに使い捨てるつもりだ」

「なにのんきに言ってんだ兄者、近衛兵!」

 さっきまで弛緩していた空気が一気に緊張に包まれる。最初期のカプロス同盟の九都市からの出身者だけで構成されたベテランのヘルベ百人隊がホサンスの前に出て、戦車から飛び降りて突っ込んでくるアキタの兵の前に立つ。横に二十五人、深さ四人の浅い縦深で弧を描くようにホサンス達を守る。スアドリに言われてできた親衛隊がホサンスが大王になったことにより名称が近衛兵と変更された兵である。

 そしてここまでたどり着いた戦車からは一乗につき五人くらい飛び降りてくる。幸いなのは 彼らが隊列を成すわけでもなく三々五々遮二無二突っ込んでくることだ。そしてゴルミョの騎兵に追いつかれた戦車は車輪をやられるので、落車の際にけがをしたりする兵も多く、一度に襲ってくる敵の数は少ない。なので軍の後方のここまできた戦車からの敵兵はだいたい千人くらいであったと思われる。

「なるほど、考えたな。でもまあこれならなんとかなるだろ」

「なんでそんなに平気なんだ! あんなに来てるだろうが!」

「心配ない、ゴルミョもじき戻るし。おい伝令兵」

「は!」

「後ろにいる攻城兵にもすぐこっちに来いと言え、白兵戦だ」

「は!」

 伝令兵は馬に乗り飛び出す。

「ま、目ん玉ついてりゃもう動き出してるとは思うが」

 こうして大陸軍の大将の周りで凄惨な戦いが行われたがここはホサンスの見立て通り、大陸軍の勝利に終わった。十倍の兵数でも統制を取らずに攻めてはヘルベ兵にはかなわなかった。

 この戦いでヘルベ兵の戦いぶりを至近距離で見て改めてわかったことだが、ヘルベ兵が大陸最強なのは進むときも引くときも誰も突出しないので、一人一人の盾が全員で作る壁になるからであろう。そして一旦懐に入ってしまえば、敵が槍を使っている限り、取り回しが悪いのでヘルベ兵の短剣の敵ではない。また定期的に笛が鳴っていたが、あれは二列目の兵が一斉に前に出て、最前列の兵が後方に行くための交代の合図だった。なので連続で戦っている敵とは違い、新しく前線に出るヘルベ兵は疲れておらず、全力で敵とぶつかっていた。ヘルベ兵とは徹底した団体戦のスペシャリストだった。

 誤算だったのはチオマルの騎兵だった。大陸軍の騎兵は槍を投げて戦うがアキタの騎兵は長い槍を持って突撃した。この騎兵の突撃を食らった大陸軍の騎兵は総崩れになったが、チオマルは一旦はバラバラになった騎兵をよくまとめてなんとか敵を抑えることができた。これは単純に大陸軍の騎兵の数の方が多かったから出来たことであったが、騎兵の犠牲は大きかった。

 そして中央では敵が大陸軍を半包囲して見かけ上の優位にあっても、方陣を崩せないでいた。逆に方陣から連続的に発射される弩に敵の長槍兵は耐えられずついに崩れ出した。この崩れ出した敵を追い、カルプンディア河の会戦は大陸軍の勝利で終わった。ただし、アキタの王は戦場から脱出した。

 戦いが終わったあと、敵の捕虜から聞いた話ではアキタの王は五万の兵を率い、この戦いの前にアペルドナルとカレドの軍を破っていたので士気は異様に高かったと言う。これら戦争捕虜には奴隷化することはないと伝えてから、ホサンスの軍は捕虜を引き連れてアキタの首都ブルディガに向かった。

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