第37話 ヘルベ歴248年 8月8日 大王就任の時期

「ホサンス様」

「なんだ」

 ルテチア市内に三つある宮殿の一つが現在のホサンスの政庁である。そこの執務室でホサンスとスアドリが書類仕事をしている。

「大陸会議の前に大王に就任なさることを進言します」

 ホサンスが書類から目をそらさずに、うつむいたまま答える。

「なぜだ、そんなのいつでもいいだろうが」

「いえ、民の前で正式に大王になってから会議を開くのと、会議が終わってから大王になるのとでは意味が違います」

 ここでホサンスがスアドリを見る。

「説明してみろ」

「先に大王になればこれは大王が開催した大陸会議という形になります。つまり武力で大陸を統一した王が大陸を統治するために大陸会議を開くという形になります」

「まあそうだな」

「ですが大陸会議の後に大王になるということはホサンス様は大陸会議で諸王に認められて大王になったと言う形になります。なので大陸会議がどのような形で終わるにせよ、意味合いが大きく違い、このあとにも色々と影響があると思われます」

「なるほど」

「私は大王様には権力の手綱をしっかりと握ってもらって欲しいのです。でないとまたアキタみたいに身の程しらずに挑戦する輩がでるかもしれません」

「いや、さすがにもうないだろ。この大陸のいわゆる大国は全て俺が直々に一回は叩き潰したぞ」

「確かにホサンス様に反逆する愚か者はいないかもしれませんが後世どうなるかわかりません」

「それなら大国をいくつかの州に分けて力を削げばいいだろ」

「いえ、それでも安心できません」

「まあ、お前の言いたいことはわかった。すこし考えさせてくれ」

「なるべく早めにお決めください。大陸会議にせよ大王就任にせよ、準備が必要になりますゆえ」

「ああ」

 そしてホサンスはまた書類仕事に戻る。諸国の軍勢も地元に帰り、大陸軍も大陸西部に散らばっているので、食料の心配は以前ほどしなくてよくなった。が、そのかわりに各地に散らばっている軍の状態を確認するためだけでも、膨大な書類が送られてくる。王としての政務に終わりはない。

「これ絶対にもっと文官を増やさないと」

「なにか仰いましたか?」

「大王になる前に文官を増やさないと書類仕事で先に死ぬ」

「まあ、文官はもっと増やした方がいいかもしれませんね」

「お前が次なにを言うかはわかる。財源だろ」

「そうですね。ほぼすべての問題はそこに行きつきますから」

「というかこんなことでぼやいているくらいなんだから大王になる儀式の財源はあるのか?」

「そこは心配しなくとも大丈夫です。毎月少しずつ貯めていたお金があるので、それを使います」

「ほー、いつ頃から貯めていたのだ?」

「そんなのエルギカ連盟が大陸同盟になったときからですよ」

「はっはっ、お前は俺が大王になることを見越してたのか?」

「いえ、そこまでは。ただ大陸東部の覇者で終わったとしてもそれだけで十分に偉大な業績ですし、それなりに儀式は必要になりますからね」

「まあ、お前らみたいなのがいてよかったよ。これからも頼むな」

「ふっ、もし私が立法府か司法府に行ったらどうするんですか」

「あー、なに、どうもしないよ。お前は自由だ。好きにしていいぞ。もう遺言に縛られる必要はないぞ」

「それは嬉しくも寂しくなる言葉ですね」

「そうかあ?」

「自由なのは嬉しいですが、必要とされてないと思われているのも」

「いや、必要じゃないとは言ってない。が、お前の意志を尊重するぞって言ってるだけだ」

 とこのような会話があったあとホサンスの大王就任に向けた準備が急いで進められた。

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