第38話 ヘルベ歴248年 12月12日 カプロス王朝
この晴天の日の朝、ラティス大湖沼地帯の水辺に人が沢山集まっている。見る顔はまちまちで衣装もまちまち。当然このあたりに住んでいるコリー風の服を着る人が多いが、アペル風の人もいればルテチア風の人もいる。南部のナムネテ風の人もいるし、独特の髷を結っているのではるばるアキタから来たとわかる人もいる。アキタの女性は美人だと言うがこの噂は間違っていない。あとここらではたまに見かけるビブラックス風に上半身がほぼ裸の人もいれば長袖を肘までまくっているヘルベやトロサ風の服を着ている人もいる。
彼ら以外にも貴族や王族はこの日のために作られた半円形の野外劇場のボックス席に座って待っている。貴族王族も明らかに大陸全土から集まってきている。また劇場の上の方の正面に賢者村の面々も見える。ティルガン、ノックス、ボウア、サヒット、アヴィンと彼らの家族だ。
ステージの上では各国の歌手が順番に歌を歌ったり、楽団が音楽を奏でている。観客も知ってる歌が歌われると盛大な声援が飛ぶ。猪人の言葉とは地域によってこんなにも違うのかと、歌で聞く皆が思ったであろう。
そしてお昼前に会場がさらに騒がしくなる。ラティス湖から五隻の船団がこの野外劇場に向かってきているのだ。それらの船にはまちまちの旗がはためいている。中央の船がひときわ大きい旗を掲げていて、その船が近づくと九つの花弁を持つ雪草の紋章が描かれているのがわかる。そして他の船も近づくにつれて狼の旗、鷹の旗、ゾウの旗、馬の旗、雄牛の旗、猪の旗、イルカの旗などがマストにたくさんはためいているのが見える。
船が湖畔の桟橋に着くと当然船から人が降りてくる。まずは雪草の旗を掲げた完全武装の近衛兵。それに続いて他の船からもぞくぞくと各国の旗を掲げた兵達が降りてくる。そして奇麗に兵達が整列すると中央の船から赤いマントを羽織った男が船から降りてくる。ホサンスだ。ホサンスの後ろには大男のシュキアと長い白髪のスアドリが続き、明らかに高位軍人とわかる男たちや文官とわかるものもそのあとに続いて降りてくる。
旗を掲げた近衛兵にエスコートされて彼らは桟橋から野外劇場に向かう。そして片付けられたステージの中央には一つの台しか残っていない。一団が劇場に着くと、ホサンスが一人だけでステージに昇り、台に立つ。この時、劇場の最上階の上から中央に向かって突き出ている沢山のポールに沿って一斉に布が引っ張られて行き、影が劇場を覆う。正直なところ、炎天下にさらされていた人々にとってこの影は助かる。が、影は劇場の席しか覆わず、今はステージに一人で立つホサンスのみが陽の光に照らされている。
「我らの祖先は遠く二百五十年の昔、虎人の大帝国に反旗を翻して自由を得た。その反乱はここコリーで始まった。自由を得た我らの祖先は沢山の国を作り、暮らしてきた。そして流れる時に自由を忘れてしまった者もいる。自由を無くしたものもいる。
が! 我らは忘れてはならない! 今日ここにこの大陸にまた新しく武力で統一した国ができる。今いる兵達、そして死んでいった者たちの犠牲の上に出来た国だ。我ら生者が今さら死者に出来ることはない。記憶し追悼するのみだ。
だからこそ! 我は大王となり、この地にて追悼し、誓う。我ら大王家は民とともにある。 自由の民とともにある! また我らが自由を失わないためにある! 異民族に支配されないために戦い、言論の自由や職業選択の自由なども守る。今日この日より生まれる全ての子は自由だ。奴隷の子でも自由だ! 古の悪習は振り払い、世界のよき習いを継承し、広める。そのためにも王族貴族平民問わず、我ら全員でこの新しき国を作るのだ!
この国は! 我らの国であり! 我らによる国であり! 我らのための国である!」
あまりにもホサンスの演説が短いのでこれで終わったとは思えない観客が静かに待つ。その静寂の中シュキアとスアドリがステージに昇り、ホサンスの隣に並び立つ。
「ここにトルクの国、ティルナトルク、そしてカプロス王朝の設立を宣言する! ホサンス大王万歳! カプロス王朝万歳! ティルナトルク万歳!」
「万歳!」
「バンザーイ! バンザーイ! バンザーイ!」
スアドリが宣言し、そのあとシュキアがすかさず万歳と言えば、今度は兵達が一斉に万歳と叫ぶ。呆気にとられた劇場の人々も次第にその熱気にうかされ、いつの間にか劇場の人々も一緒に万歳と大声で叫んでいた。その間ステージの後方から三人の後ろに大陸各国の旗を掲げる各国の兵装をした兵士が続々と昇ってくる。そして双子の太陽が中天に来たとき、ステージ中央に雪草の紋章の旗が高く掲げられた。
ホサンスが統一を掲げてサルベから進発してからちょうど七年。この時を以てカプロス王朝が誕生した。猪人族初の統一国家である。
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