第三章 大陸東部の覇者
第17話 ヘルベ歴248年 3月10日 三顧の礼?
「たのもう、ノックス殿はいるか」
「はーい、いますよ」
ノックスの家の前に立ってるホサンスが一旦家から離れる。そしてまた家の前に来て言う。
「たのもう、ノックス殿はいるか」
「いますよ、あ、大王様」
ノックスと黒髪の幼い男の子が家の中から出てくる。が、それを見てもホサンスがまた一旦家から離れる。そしてまた家の前に来て言う。
「たのもう、ノックス殿はいるか」
「だから、いますよ。さっきから何をやってるんですか」
「これで、お前の言う『三顧の礼』とやらをしたぞ」
「それは最初に来た時と二回目の時に孔明がたまたまいなかったらそうなったわけで、私は今ここに居ますよ」
「そうだったか、でも三回尋ねたことに変わりはない」
「おじいちゃん?」
ちっちゃい男の子がホサンスを見上げて言う。
「あ、こら」
「おじいちゃんじゃないぞ。大王だぞ」
「すみません息子が」
「一応まだ俺は二十歳ではないのだが、まあいい」
「だいおう?」
「ああ、そうだ偉い王様だぞ。坊主の父ちゃんも偉くなるぞ」
今度はホサンスが少しかがんで子供の頭を撫でる。
「まだ決まったわけじゃないと思いますが。あ、リナ、ちょっと」
家の奥から出てきた娘に男の子を預けるノックスを横目で見ながら、ホサンスはかまどや浄水器や水の入ったたらい等を見る。
「ここに来る前にセージ村を見たぞ。知ってるか、イングリッシュでセージとは賢者と言う意味だ。この村にある色々なモノを見て思ったがここはまさに賢者の村と言う名で正しいと思うぞ」
「はあ」
「だから賢者村のノックスよ、俺に仕えよ」
土間で仁王立ちしながらホサンスがノックスに再度要求するが、ここでノックスは自分はホサンスと対等だと言わんばかりにしゃんと立って質問する。
「答える前に二つほど質問があります」
「言ってみよ」
「大王様は猪人同士の争いを無くすために大陸統一に乗り出したと聞きましたが、本当はどうなのですか? 本当は大陸統一という偉業を成すという野心だったのではなかったのですか?」
「正直に言おう。恐らく半々だ。いや、六割くらい野心だな。男として生まれて、アレキサンダー大王の真似が出来るのだ。はじめはそうではなかったが、途中からこの世界を手に入れたいと思ってしまった」
ノックスは聞いたことも無い大王のことを華麗に流す。
「わかりました、正直に答えて下さりありがとうございます。では二つ目の質問です。ホサンス様は自分が専制君主になるために私の協力が欲しいのですか?」
「それは違うな。前にも言ったと思うが俺は前から政治には興味がなかった。だが大陸を統一してそれでおしまいと言うわけにもいくまい。このままだと俺が死んだあとまたバラバラに戻る。下手したらもっと酷い戦争状態になるかもしれん。だから俺は大陸会議を開こうと思う。ヘルベは直接民主制だ。それを大陸全土でやるわけにもいくまい。が、その逆の絶対王政をやろうと思ったら反乱が絶えないだろう。まあ、反乱なんぞ叩き潰す自信はあるが。で、その間がわからん。理想は大工の棟梁みたいに皆に信頼されて人々を引っ張ることだが、ここに選挙なんぞないし、今からそれをやるのは無理だろ。しかも、王政だ。民意を反映させる王政なんてイングランドかジャパンくらいだろう。だからお前の知恵を借りたいのだ」
ホサンスが色々な政治制度を的確な言葉で説明する。「大工の棟梁」ではなく「大棟梁」とも言ったような気がするがいまいちわからない。そのあとのお固有名詞っぽいのもわからない。常々政治には興味が無いと言っていたが、興味が無いだけで、政治を知らないと言うわけではなさそうである。
「最初の質問に正直にお答え下さったので、二問目の答えもホサンス様の本心だと思います。私なんかが大王様を試すようなことをしてすみませんでした。ですが、本心を言ってくださらなかったならば、私も大王様を信用できませんでした。そして、もし二問目で大王様が目指すのが絶対王政でしたら、私に協力できたかどうかわかりません。が、民意を反映させるというのならば手探りですが、私も微力ながらお手伝いさせて頂きたく思います」
ここでホサンスと賢者村のノックスとの間に行われた土間の問答がひと段落ついた。ノックスはこれから開かれる大陸会議等に協力するとホサンスと約束した。そしてその後はたらいを持ってきて、ホサンスの足を洗う手伝いをし、二人で居間に上がった。ホサンスの供回りも居間に座ったり、廊下や土間で立っていたりした。そして座る前にホサンスは柱の一本の前に行き。
「ほう、柱にカレンダーを付けているのか。色々と考えてるな」
「いえ、私の記憶力が下がって来たので毎年行うことを忘れないように書いてあるだけです」
「謙遜するな。俺はほぼずっと軍事一辺倒でここまで来たからな。人々の生活を豊かにしてるお主ら賢者村の面々のほうが俺のやってることよりも偉大なことをしてるかもしれんな」
「過分な評価ありがとうございます。どうぞお座りください。私は妻を呼んできます」
とノックスは奥の方の部屋に行き、少ししてから、恐らく妻であろう女性と娘と二人の息子を連れて戻ってきた。
「ホサンス様、こちらは私の妻のボウアで、娘のセヴリナと息子達のスペールとファリゲです。こちらが大陸を統一したホサンス様だ。あ、まだ座って無かったのですか?」
「うむ、ホサンスだ。これからはよろしく頼むぞ」
「だいおう? ホサンス? どっち?」
さっき会った黒髪の男の子のがスペールで、母親の後ろに隠れてる茶髪がファリゲ。恐らくまだ一歳になっていないであろう。娘はもう五歳くらいであろう。
「ハハハ、俺の名前がホサンスだ。仕事が大王だぞ坊主」
「あ、はい、こちらこそよろしくお願いいたしします」
「よろしくお願いえたしましゅ」
あ、黒髪の妻が噛んだ。真っ赤になっている。
そしてここで全員が低いテーブルを囲むように座った。
「まあ、これからはお主たちの親父どのには政治の助言をして欲しいと思ってここに来た。なので、少し寂しいかもしれんがノックスにはちょっとルテチアまで来てもらうことになる」
「え? ルテチアって、あのルテチアですか? 俺も行くんですか?」
「ルテチアなんて一か所しかないだろう、そのルテチアで間違いないと思うぞ」
「ルテチアってどこ?」
「リナ、ルテチアって花の都よ、文化の中心地よ」
「エルギカの連中はそうは思ってないと思うが、確かにみやびな所だな」
「ちょっと待ってください、俺はせいぜい王子港にちょっと行って帰ってくるだけと思ったんですが」
「今さら何を言ってる。俺に仕えると決めたんだろう」
「そうなのあなた?」
妻が夫をちょっときつめに問う。
「う、まあ確かにさっきそう言いましたが。助言なんて書簡で出来るじゃないですか」
「アホなことを言うな。俺の書類仕事を増やすつもりか? まあ、心配するな、すぐ戻れるようにしてやる。それに俺に仕えている間は無税だし、俺から給料も出すから貧乏になることは絶対にない」
「いや、それよりもここがようやく軌道に乗り始めて、これから色々と農場経営を多角化しようと思っていた矢先なので」
「ああ、なるほど。うーむ、とりあえず、誰かに任せろとしか言いようがないな。ここを離れるのは長くても一年だ。それでこらえてくれ」
「この大陸会議はいつ開催するつもりなんですか?」
「できればすぐにでもだ。ただ俺は直接参加はしない。直接参加したら、皆も言いたいことが言えないだろ。それにこれについては誰が参加するのかという点も考える必要がある。すでに選挙とかをしていた十三の州があったと言うのは大きな利点だったんだな」
大陸会議とか十三の州とか選挙とか言う単語が出て、ノックスの妻も娘も不思議そうに聞いている。はっきり言って我々書記官や文官でもこの会話についていけるものはそんなにいないと思う。それなのにノックスはどうも理解しているようだ。実に不思議である。もっとも単にわからないことを流している可能性もあるが。
「じゃあ、完全に一からの手探りじゃないですか!」
「そういうことだ。だからここに来たんだろ。俺はこれをお前に任せるつもりだぞ」
「そんな無茶な俺はただの農民ですよ」
「だから絶対王政とか直接民主制とかなら経験してるものがいるんだ。問題はその中間点をさぐることなんだ。まあ、スアドリなんかは俺に専制君主になって欲しいと思っているだろうな、あとヘルベの連中は直接民主制を残したいだろう。でもな、お前なら俺の目指すところが見えてるだろ。だからな、知恵を貸せ。一人の農民として、広く民衆から見て、そして貴族や王族からでは無い視点で物事を見て助言を頼むぞ」
ここで静かになったノックスにホサンスが追い打ちをかける。
「俺はこのあと王子港に戻るが、そろそろコリーに行って、そのあとルテチアに行く。もし良かったらお主たちも家族ぐるみで来ていいぞ」
「えっ? 私たちもルテチアに行っていいんですか?」
ノックスの妻の大きい目がさらに大きくなった。
「ああ、構わんぞ、セージ村からの随行人が一人から五人に増えても大したことはない。二万人を移動させるするのだからな。だからそっちの旅行費とか費用は心配する必要はない」
「二万人……」
「ルテチア……」
ノックスとボウアでは驚くところが若干違うようだ。が、これで恐らく大王の狙い通り、ノックス一家はルテチアに来ることになるだろう。
賢者村のノックスとボウアは三顧の礼を持ってホサンスの供回りに迎えられた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます