第31話 ヘルベ歴248年 4月12日 中央と地方の関係

「今日の議題は政府だ」

「えっと、今までずっとそうだったのでは?」

 ノックスが不思議そうな顔をしてホサンスとダゴマロスを見る。

「まあ、そうだが、ようは昨日の続きだ。連邦政府と地方政府の関係だ」

「ああ、なるほど。ちなみに名称は連邦政府で決定ですか?」

「いや、そんなことは無い。便宜上俺が勝手にそう呼んでいるだけだ」

「一応王の政府って形になるので中央政府という呼称のほうがよいのでは?」

「呼称なぞ別にどっちでもいい。さっさと本題に入れノックス」

 ホサンスが机に指をトントンとさせる。

「あ、すみません。えーと中央と地方の関係ですか」

「そうだ」

「それは当然中央のほうが強くなくてはなりませんね」

「まあ、それは俺もわかるが、問題はどのくらいの権限を地方に与えるかだ。ダゴマロスはなるべく中央で決定すべきだと言う意見だ。確かスアドリもだよな」

「はい、スアドリ殿もそう思っているはずです」

「うーん、ワタクシは反対ですね。中央政府の仕事は軍事と外交とそれを行うために必要なだけの徴税権を与えて、地方政府にはなるべく今まで通りにほとんどのことをやってもらうほうがいいように思います」

「うむ、俺もそう思う」

「ノックス殿、それでは地方政府は相変わらず軍隊を持ち、いずれ反乱を起こすやもしれない」

「その懸念もわかりますが、現状政府の役人が一握りしかいないとダゴマロス殿が先日言ったばかりではありませんか。これではやりたくても出来ないわけで、それなのにやろうとすれば失敗するだけです。そして失敗が続いたら中央政府、ひいてはホサンス様の威信が凋落します」

「ですが、貴族や王族にこのまま権限を持たせていても良いことなど何一つ無い。阿呆みたいに王族を増やしアペルみたいに税金が年々増えるだけですぞ」

「う」

「それよりかはあきらかにヘルベ式に民のことを考えている中央政府に任せたほうが普通の人に取ってはよいではないか」

「う」

「まあ、そんなにノックスをいじめるなダゴマロス。お前の言いたいこともわかるのだ」

「ワタクシは現実問題として言っているわけで」

「しかしなあ、一旦大陸会議で憲法というか基本法が決まったらそれを変えるのは大変だと思うぞ」

「まあ、苦労して決めたものを次の日に『はい、変えます』ってことはしたくないですからね」

「だから私はもしここで中央政府の権限を縛ったら後々大変になるのではないかとも懸念してるわけです」

「「「うーん」」」

 三人とも腕を組んで唸ってる。腕を組むという仕草はうつるものなのかもしれない。

「あとな、これは絶対に揉めると思うが中央政府、つまり新しい王都をどこにするか決めねばならん」

「あ、それもそうですね」

「何を言ってるんですか。大王様ご自身で整備した満月市があるではないですか。あそこなら甘海を通して豹人族や馬人族それに猿人族とも交易ができるではないですか」

「それを見越して整備したんだが、大陸西部に来るとな、アペルも良いと思うのだ。甘海ではなく外海を通ってその三族とも交易できるし、なにより海外に行ける」

「あれ、ワタクシは大陸西部と大陸東部を繋げるためにルテチアを王都にするのだと思っていましたが?」

「「「うーん」」」

 また三人で腕を組んで唸ってる。この三人はこの数日でかなり仲良くなったと思われる。

「やはりこれは大陸会議に任せるべきでは?」

「だから、任せるが、その前にこっちも準備をしておくんだ。これを言うの二回目だぞノックス」

「すみません」

「いや、あやまる必要はない。知恵を出せ」

 ホサンスがまた机を指でトントンしている。

「あのう、もういっそのこと三権分立で首都を三つにするというのは?」

「そんなの聞いたことがないぞダゴマロス」

「私なんか憲法とか三権分立なんて聞いたことも無かったですよ」

「ダゴマロス殿の案は一考に値すると思います。アペルに行政府、ルテチアに立法府、そして満月市に司法府を置くのはいい案かもしれません」

「そうかあ?」

 ホサンスが露骨に懐疑的な顔をしている。ここは密室で、この中にいるのが四人だけなためもあってかホサンスの表情が昔みたいに豊かになっている。

「まあ、これは私ももう一回考えてみます。それよりも中央政府と地方政府の関係です。具体的にはどういう政府事業を担おうと思ったのですか?」

「そりゃ当然軍事と外交と微税だろ。あとはそうだな、郵便とか街道整備とか全大陸を結びつけるものとかだな」

「なるほど。わかります。教育とかどういたします?」

「ああ、無理だな、人員が圧倒的に足りない。軍学校だけは作る必要があるかもな」

「労働時間の制定とか偽薬を売ったりさせないとかは」

「ああ、しなきゃならんが、そういうのは法令でなんとかならんか?」

「その法令を人が守っているのかを監視する役所が必要になりますね」

「人が足りないなあ」

「まあ、こういうのはゆっくりと拡充していくしかないでしょうね」

「ノックス殿、そんなに中央政府とはやることが多いのですか? もしそうならやはり権限はなるべく行政府に集中させたほうがよいのでは?」

「ダゴマロス。俺が王の間はいいかも知れないが、いずれ俺は死ぬぞ。そして俺の孫くらいまでは俺が生きて教えることができるからまともかもしれんが、その先はわからんぞ。あんまり、信用しすぎないほうがいい」

「あ、そのことでも質問があります。王族には誰がなるのですか? アペルやセノーネみたいにどんどん増やすのですか?」

「ああ、それもあったか」

 静かな時が流れたあと。

「まあ、王族は俺の家族のことだから、後で俺から説明する。少し考えさせてくれ」

「わかりました」

「大王様の仰せの通りに」

「で、中央政府だがとりあえずは小さく初めて、他の地方政府の模範足りえる存在になるよう努力するしかないな。で、実際に役人とかがそろったら大陸会議をまた開いて憲法を修正しよう」

「わかりました。ちなみに憲法の修正は立法府では出来ないようにするのですか?」

「いや、そんなことはない。一応立法府でも三分の二の合意があったら変えてもいいようにしたほうが思う。でももし立法府が貴族に牛耳られていたら、憲法改正が出来なくなるから、新たに大陸会議を開く前提条件とかも考えておく必要があるな」

「そんなの王族が開くと言えば開けることにすればいいではないですか」

「ああ、そうかもなダゴマロス。一応王族会議というようなもの作ったほうがいいのか?」

「あ、それはいいと思います。あと大陸会議は普通の人々が開きたいと切に願ったら開けるようにしておいたほうがいいと思います」

「人民投票か。うーん、選挙制度はいずれ導入せにゃならんな。でもそのためには成人が全員読み書きできなくてはならんし。そのためには学校か。遠いな」

「本当に我らのヘルベ式が大陸全土で出来ますか?」

「一応みな猪人だろう?」

「私もホサンス様と一緒に大陸全土をほぼ見て回りましたが、我らヘルベの民だけが本当の自由の民だと思います」

「ノックスも一応わかっているではないか」

「ノックス殿は特殊です。普通のアペルやルテチアの連中は上意下達に慣れきってますよ」

「まあ、みな猪人だ。我々を信じようではないか」

 と、この日のあともほぼ毎日ホサンスとノックスとの間で極秘に会合が行われた。この河船の薄暗い部屋での会話が後に行われた大陸会議の方向性を決定付けたと言ってよいであろう。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る