第30話 ヘルベ歴248年 4月11日 財源

「あのう、船に乗り込んでから毎日この会合がありますが、もしかしてこれってアキタに着くまで続くのですか?」

「アホなことを言うな。大まかなことが決まればそれで終わりだ」

 今日もまたホサンスとノックスとダゴマロスとカシヴェラヌスが船の一室で会っている。

「はあ、では今日の議題はなんでしょうか?」

「金だな」

「税金ですか」

 場が静かになる。ホサンスが机をトントンと指で叩く。

「おい、お前らなんか言え」

「いえ、税金と言われましても」

「今みたいに各国からお金を差し出すというのはだめですか」

「ダゴマロス殿、おそらくそれではだめになります」

「なぜですか?」

「各地方が出すお金に頼っていては中央政府が自立できません」

「やはり強い連邦政府は必要なのか」

「ですが、私みたいにホサンス様の元で働いている人の人数などはほんの一握りなので税金を各地で集めるのは不可能だと思いますが」

「そうなんだよなあ」

 ホサンスが腕を組んで目をつむる。そしてノックスは手をテーブルの上で組む。

「なら当面直接税は無理ですね」

「それに俺もじじいが死んだとき税金納めるのが大変だったのを覚えているから、税はできればあまり取りたくない」

 ノックスが目を大きくしてホサンスを見る。

「では、アペルみたいに酒の専売制にしますか?」

 ここでホサンスもまた目を開けてダゴマロスを見ながら首を左右に振る。

「いやそれも却下だ。アペルのあのわけのわからん酒用の税は廃止するつもりだからな。酒は色んな人が色んな方法で作るべきだ。そのほうが地方地方の特色が出て美味い酒もできる」

「ホサンス様、見直しました」

「お前は俺のことを何だと思ってたんだ?」

「あ、偉大な征服者と」

「ふっ、まあそれは間違いではないな。それよりも財源だ。なにか無いか?」

「うーん、関税とかは?」

「ノックス殿、馬人族や豹人族との間の取引は微々たるものです」

「うーん」

 また部屋が静かになる。

「あ、ヘルベには貴族っていますか?」

「いや、地元に貴族なんてのはいないぞ」

「お金持ちはいますがね」

「なら貴族税とかどうです?」

「なんだそりゃ?」

「どうせ上院を作るんです。ヘルベとかの土地ではお金持ちに税金を納めさせて彼らに貴族としての戸籍を作るのです。そして、このように貴族としての戸籍を持つものしか上院に参加できないという風にすれば全大陸のお金持ちから税金を自発的に納めさせることができるのではないでしょうか?」

「なるほど、悪くないな」

「貴族の資格を血では無くお金で証明する、ですか。いいですね。どうせあいつらは役に立たないですからついでに上院の権限も削っておきましょう」

「おい、露骨にそんなことしたらお前の考えている事がバレるぞダゴマロス」

「だったらバレないようにすればいいだけです」

「ま、ま、恐らく上院の権限は大陸会議で決まりますから」

「まあ、じゃあ、これ以外になにかないか?」

「専売制は嫌なのですよね?」

「出来れば避けたい」

「うーん、賭博とかはどうです? 競馬とか」

「ああ、賭博か」

「私は反対ですね。あれは人を堕落させる」

「問題は娯楽が少ないからそういうのに人がのめり込むのです。だったら、競馬以外にもそうですねオリンピックみたいなものを開催するとか」

「失礼、競馬はなんとなくわかりますが、オリンピックとは?」

「誰が一番足が速いとか、誰が一番遠く馬を走らせることができるかとか、そういうのを競う祭典だな。確か勝利を神々に捧げるとかだったような」

 どうやらこれはホサンス様も知っているようだ。ダゴマロスに説明している。

「神事と競技が混じったものですか。確かに面白そうです」

「とにかく娯楽を増やせば賭博にのめり込む人も減るはずです。というか、多分お酒を飲む人も減るはずです」

「ふむ、一旦そういうのを増やしたあとに賭博は始めても遅くはないか。だが肝心の財源の問題がまだ終わってない。金持ちからだけ税を徴収したら、やつらがこの大陸は金持ちのものだと錯覚しかねん」

「じゃあ、誰のものなのですか?」

「決まってる、俺のものだ」

「……」

「さっき言った『見直す』を撤回させてください」

「まあ、冗談だ。俺が今こういう冗談を言っても伝わるわけがないか」

 はたして冗談だったのかここに居る人でそれが本当かどうかわかるのはホサンス本人だけであろう。

「平民からは人頭税をとりますか?」

「額によるな」

「一人当たり年間銀貨一枚でどうですか?」

「それは低すぎないかノックス殿?」

「いえ、六人家族で銀貨六枚、つまり金貨一枚です。すでに地元の税金を払っている普通のお父さんに取っては十分に高いですよ。それにこの大陸には一千万以上の人が住んでいると思われますので、かなりの額の銀貨が毎年集まると思います。ちなみに兵達の給料はいくらなんですか?」

「飯はただで配ってる。おい、今給料は月いくらだ?」

「現在一番下っ端の兵にはひと月銀貨一枚ですね」

「あー、またちと上げてやるか」

「ちょっと待って下さい。とりあえず現在の給料で考えるとごはん代も含め毎月銀貨三枚くらいになりますね。という事は一人に付き年間銀貨七十二枚ですね」

「そうですね」

「じゃあ、将軍職とか当然給料はそれより高いわけですから、ここもまた仮定として、平均して兵の一人当たりのお給料を倍の年百五十枚だとしましょう。年間一千万枚の銀貨があれば、えーと、六万人以上の兵は養うことができます」

「なるほど。よし。これは人口調査が必要だな」

「まあ、下院を作る時にもそれは必要になりますね」

「で、人口が多ければ人頭税を銀貨年一枚かそれ以下でいいだろ。人口が少なければ銀貨二枚でなんとかなるだろ」

「大王様の仰せの通りに」

 ノックスとホサンスとダゴマロスの顔が明るい。

「で、その代わりに各国には兵を減らし減税もしろと命じる」

「大王様の仰せの通りに」

「何か言いたそうだな」

「いえ、滅相も無い」

「さっさと言え」

 ホサンスが机をトントンと叩くとダゴマロスが小さく言う。

「これを大陸会議でどう通すのかがわからないので」

「反対されると」

「既得権益を守るのは貴族の本能ですから」

「じゃあ、お前が考えろ」

「えっ! なぜですか?!」

「なにしたり顔で言ってる。だったらお前がやれ。大陸会議の税金に関する班にはお前を入れるからな。だから今言ったことをちゃんとやれよ」

「ぐ。だ、大王様の仰せの通りに」

「よろしい」

 こうしてまずは貴族税を取り、中央政府の人員を増やしてから人口調査をして、そののち平民からも人頭税を取り、それと並行してオリンピックなどの娯楽を増やし、最後に公益ギャンブルを導入するという大まかな計画がこの日に出来た。

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