第29話 ヘルベ歴248年 4月10日 理念と理想
「人権はどうする?」
「人権ですか? 人権天賦説じゃダメなんですか?」
「ダメだろうな。奴隷制もまだあるんだぞ」
「うーん、でも奴隷は戦争捕虜が主になってたわけですよね。これから戦争が無くなるのなら必然的に減るのでは?」
「まあ、生まれてくる子供達は全員自由民にすると宣言すれば自然に消滅するかもな」
「ホサンス様、借金奴隷と犯罪奴隷もいます」
「ああ、そうだったなダゴマロス。借金奴隷か」
本日も船の中で大陸会議に向けてホサンスとノックスが対話している。今日はシュキアの代わりに補給官のダゴマロスがいる。
「ここには破産制度はないのですか?」
「ああ、破産か。そうすれば人は救われるな。ただ悪用されないようにしておかないとな」
「失礼、破産制度とは?」
「借金を背負って、返せなくなった場合、現在持っている資産などを全て売ってそれで返せるだけ返して終わりって制度だな」
「そんなことをしたら借金し放題ではないですか!」
「だから悪用されないように制限しておかないといけない」
「それに破産制度があれば、一回失敗しても頑張ればまたやり直すことが出来ます。人間万事がすべて上手くいくというわけにはいかないので、やり直す機会を与えることは重要だとワタクシは思います。あと、一応保証人制度もありますが、それだと他人も巻き込みますがね」
「うーん、まあそこも考えておこう。というか話が逸れたぞ。人権の話だったな」
「陛下が民のためを思って憲法を下賜するという形も取れますが。それだと大陸会議の結果ではなくなりますね」
「なら却下だ。これは大王である俺と諸国の王たちと民衆の代弁者である、そうだな、『賢者ノックス』との間に出来た妥協の産物と言うことにしよう」
「えー、嫌ですよ。なんで俺が賢者にならなきゃならないんですか」
「いいからやれ、それだけのモノは用意してやる」
ホサンスが机を指でトントンと叩く。
「はあ。まあとりあえずは話を進めましょう」
ノックスがため息をついてから新しい議題に移る。
「犯罪奴隷はどうしますか?」
「私は残した方がよいと思われます」
間髪入れずダゴマロスが答える。
「まあ、一代だけで、重大な犯罪に限るのならいいか。ふーむ、死刑の代わりに奴隷とかなら悪くないかもな」
「ワタクシは死刑はあったほうがよいと思われますが」
「そうですね、私もそう思います」
「なら犯罪奴隷はいらないだろ」
「「うーん」」
ここで少し静かになった。
「なんでこんな話をしてるんだ」
「ホサンス様が人権とか言うからですよ」
「でも憲法の理念と理想は必要だろ」
「あ、独立宣言と憲法は別物ですよ」
「えっ? そうなのか?」
「そうですよ、だから基本法には理念なんかいらないです。仕組みさえ明確にすればいいのです」
「でも理想はあったほうがいいような」
「じゃあ、理想はホサンス様が別の書類で提出してください」
「もうすでに書類仕事に埋もれているのに」
「じゃあ、無しで」
「あの、私も一応前回の記録を許可を頂いて読ませて貰ったのですが、人権とはなんですか?」
「そうだな、人として生きている限り保証される権利だな。全員に平等にあるものと思われているな。例えば生命とか自由とか幸せになる権利だ」
「そんなたわごと誰が考えたんですか?」
「「えっ?」」
実に不思議だ。ホサンスとノックスで話が通じているのに、切れ者のダゴマロスに通じていない。
「人が人として生きるのは人の本分を全うしているからであって、犯罪者や人としてやってはいけないことをしてる連中にそんな権利はないですよ。逆に普通の人には出来ないことをしてる人には我々は沢山与えるじゃないですか。金であるとか権力であるとか。だいたい人が皆同じって発想が変ですよ」
「そうか。ダゴマロスはそう考えるか」
ホサンスが納得したように俯きながら目をつぶって言う。
「私だけじゃなくてほとんどの人がそう思うと思いますよ」
「まあ、理念や理想の話はとりあえず保留にしましょう」
「保留がやけに多いな」
と頭をふっと上げて、ノックスを見るホサンス。
「そのために大陸会議があるのですから」
「あの、大陸会議の運営はどういう風に考えているのですか。まさか昨日、今日みたく取り留めも無く大人数でこういうことを話すつもりじゃないですよね」
「あ、そこは一応考えておきました。えーと、大陸会議に集まった人々を一旦全員一か所に集めて、全体の目的を共有してから、その後人員をいくつかの班に振り分けます。そして、立法や行政や司法の仕組みをそれぞれの班で討論して決めて行きます。最終的には各班で決まったことを全員の集会で討論して、異議が無ければ採用と言う形で進めたいと思っています」
「安心しました。では討論はどう進めるつもりですか」
「あれ」
ノックスがキョトンとしている。
「ホサンス様?」
ダゴマロスがホサンスに話を振る。
「おい、ノックス」
「え、討論ってこういうのじゃだめなの?」
ノックスの口調が素に戻っている。そこにダゴマロスが連続で追い打ちをかける。
「何人のぐらいの班を想定していますか?」
「三人から五人くらい?」
「あ、だめですね。恐らく大陸会議には数百人規模、下手すると千人くらい人が集まりますよ」
「そんなに?」
「各国の貴族や王族がくるのです。それにそんな連中が来たら、発言の順番だけでも揉めますよ」
「なんでこんな面倒なことになってるんだ」
ノックスが頭を抱えている。
「私が思うには各班には司会役とか仕切る役割の人が必要になりますよ」
「まあ、大陸会議にくる連中には会議中は平等に扱うと俺から言うしかないな。でないと身分差で揉めるからな。うーむ、というか俺自身が自分は平民出身であると強調したほうがいいのか?」
「あ、それは一つの案ですねホサンス様」
「いや私はそれは悪手になりかねないと思います。王族とかの自尊心を傷つけかねないかもしれません」
「まあ、そこは臨機応変にやるしかないな。戦場と一緒だ、行き当たりばったりだよ」
「本当に行き当たりばったりになりそうで嫌ですね」
ノックスがホサンスに賛同するも。ホサンスはそれをすぐ否定する。
「アホか、だから始まる前には打てる手は全部打っておくんだろうが。一旦始まったらどうしようもないかもしれんが、始まるまえに徹底的に準備するのが鉄則だろ」
「ああ、なるほど」
「いずれにせよ会議の進め方も本気で考えないとだめだと思います」
そしてダゴマロスが冷静に話を戻す。
「うーん、そうだな、そこはお前に任せてもよいか?」
「いえ、私も本業の補給があるのでこれ以上の仕事はちょっと。カシヴェラヌス殿に誰か知り合いはおりませんか?」
「文官の中で身分差の交渉を得意とするものを探させて、彼らの話を聞きながらなるべく公平に会議を進める方法を模索するしかないと思います」
「ならヴェラ、お前ら書記官にそれができるか?」
「我々もかなりキツイ状況ですが」
「仕方がないですね。ここはオルジャーノンに丸投げしましょう」
「ああ、彼なら適任な人を見つけることができるでしょう」
「そうか? なんか最近あいつの仕事の量が増えてるような気もするが」
「「大丈夫です」」
ノックスがなにか深い闇を覗いているような顔をしてこの日、この会合最後の会話を聞いている。
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