第13話 ヘルベ歴248年 2月25日 同盟の副産物

「お昼を食べてた時に色々と考えたのですが、なんでヘルベ兵の犠牲が少ないのですが? 税金兵の被害の大きさは良く知られていますし、お話では『ほのかな希望』も似たようものだと思いますが」

「私もそこは良くわからないわね。盾を横に並べて、さらに頭の上にまで並べて犠牲を減らすのはわかるんだけど、その先がね。ただね、あのやり方は戦に慣れてるヘルベの人でないと出来ないわよ。普通の人間ならとてもじゃないけど槍の山に乗り込むなんて出来ないわ」

 インデゥはぬるくなっていたお茶を飲み干すと近くにいた文官に新たに二人分頼んだ。

「うーん、ゴルミョ様かシュキア様に聞くのがいいかも知れないわね」

「では、まあ、このことについてはまたの機会にしましょう。敵討ちはどうなったのですか?」

「ああ、あれは間抜けな話で始まるのよ。まずはサルべでアキオリウス達を裏切った傭兵たちが主にイベルドンの町出身と言うことはわかっていたので千人隊がそこまで行ったのよ」

 で、実際に三千人住むそこそこ大きいイベルドンの町に着いたら、くだんの傭兵たちはもうすでにサルべに出稼ぎに行って、町にはいないと。そしてそのイベルドンの町も高さ九歩もある分厚い壁に囲まれているから手出しができない。なので、町の外で色々と悪口を言って帰っただけで終わったそうだ。

 そして、農閑期が終わり傭兵たちが家に帰るころを狙い、ホサンスとアキオリウスは大人数でイベルドンの町に戻った。今回はホサンスは出身のカプロス町からさらに三十人、そしてアキオリウスも出身のベルニース町から五十人と言う風に傭兵以外の人も引き連れて、総勢約二千五百人近くもの人々でイベルドンに来た。

「でもイベルドンもイベルドンで自分達の町出身の傭兵たちも戻っているし、壁もあるし最初は降伏勧告を鼻で笑ってたと聞いてるわ。攻城兵器も無いのに何をしに来たって」

「まあ、言われてみればそうですね」

「でもここでシュキア様が集まった人たちに土をもっこに入れてイベルドンの壁のところに積めって命令したらしいわ」

「そんなことしてもたかが知れてるでしょうに」

「まあ、イベルドンの傭兵たちもそう思って、最初は笑いながらたまに嫌がらせのように矢を射かけたりしたらしいわ。でもね、兵たちの盾に守られた人たちは一日に六往復くらいして、三日目には壁の高さに届くような土の坂道が出来たらしいわ」

「え? 三日で? さすがにそれはうそではないんですか?」

「いえ、恐らく本当だわ。私も統一の過程で何万の軍勢が土を壁ぎわに積むことで出来る坂道を何回も見てるし、その作業は一週間もしないで終わるのよ」

 信じられないと言う顔をしているノックスの前に文官がお茶を置く。

「ああ、ありがとうね」

「あ、ありがとうございます」

「いえいえ、どういたしまして」

 で、さすがに千人隊を相手に出来ないイベルドンはここで降伏しようとしたらしい。が、町長と降伏交渉中に千人隊の兵達とイベルドン出身の傭兵たちの間にてトラブルが発生し、小競り合いにまで発展した。で、この小競り合いでなんとイベルドン出身のダゴマロスの従兄弟が死んだらしい。ホサンスも彼の弟たちもその場にはいなかったから実際に誰が最初に手を出したのかわからないが、不幸な事件が起きた。

 このまま戦闘になるのか、という危機的な状況になったときにブレノスが率いてた時の千人隊の百人長だったアンビオリが出てきて事態を収拾した。

「なんでも自身の名誉と神々の名にかけてオンシィを殺したのは俺たちイベルドンの傭兵ではないと言い切ったらしいわ。そしてそのことを証明するためにもサルべのフェルシナを攻めることに協力すると」

「そこでフェルシナ滅亡に繋がるんですね」

「まあ、そうね。もっともその前にこの時に九都市同盟を結成したわ。千人隊の紋章である雪草の花弁の数も九枚だったからちょうど良かったんでしょうね。アキオリウスのベルニース、ホサンス様のカプロス、これらにモラー、ルゼルン、スタンス、コンシス、クルニアにグランソ、そしてほぼ強制的に入らされたイベルドンよ。ホサンス様の供回りにはこの九都市からの人達が多いわよ」

「ちょっと覚えきれません」

「普通はそうよね、皆はカプロス同盟か雪草同盟って呼んでるわよ」

 とここでインデゥがまたお茶を飲む。

「この九都市、まあ都市というよりも町なんだけど、はお互いを助け合うという同盟を結んだんだけどね。ただねえ。これを結成したときに恐らくこの同盟を結ぶ意味をあまり考えて無かったと思うわ」

「と、言いますと?」

「まあ、例えばモラーが昔から敵視している町に難癖をつけて戦争状態に持ち込めば、あとの八都市が駆け付けるわけでしょう? だからなんだかんだ言って九都市がそれぞれの敵に難癖付けて屈服させていったのよ。なにしろシュキア様が二千人以上いたら町の小さな城壁なんか意味が無いって証明しちゃったからね」

「ああ」

 で、そうしたら当然ながらほかの町もこの危険極まりない同盟をほっとくわけにもいかなくて必然的にヘルベ地方を巻き込む一大紛争に発展してしまった。

「ホサンス様はこの時はただ仇を討てれば良かっただけだったって言ってたわね。だからできることならさっさとサルべのフェルシナに行きたかった、と。ヘルベ最大の都市であるティグリニを攻めるつもりは無かったと言ってたわ」

「ああ」

「でもティグリニがカプロス同盟に屈したから後顧の憂いなくサルべを攻めることが出来たとも言えるわ」

「この時も土の傾斜を作ったんですか?」

「作ったけど、その前に野戦をしたと聞いてるわ。もうこのころにはカプロス同盟の前に壁はあまり意味が無いと思ったんでしょうね。でも野戦は野戦でホサンス様が得意なので、ティグリニが集めた軍は千人隊に簡単に打ち破られたわ。

 籠城戦に持ち込んだティグリニの町の城壁は十二歩あるかなり大きなやつで、町の人口も二万人いたので、野戦に負けたとは言えまだ守備はかなり固い。だから守備兵を分散させるために坂道を二つも作って大変だったと聞いているわ」

「この坂道の傾斜ってどうなってるんですか?」

「ただの坂よ」

「えーと、高さはわかるんですけど横幅とか長さがわからないので」

「あ、高さと同じくらいの横幅で、高さの倍くらいの長さよ」

「なるほど、そうすると、十二かける十二の百四十四に二十四かけてそれを半分にすればだいたいの土砂の量がでますね。十二の三乗ですか、千七百立方歩くらいの大きさですね。ああ、確かにこれくらいの分量ならば二千人もいて邪魔も無ければ一日で出来ますね」

 ノックスの指摘にインデゥが呆気に取られている。

「すごいわね」

「まったくですね、これではカプロス同盟が近隣の町を攻略するのもわかります。小さな町なら二日で降伏するんじゃないんですか」

 ノックスが考え込んでから思い出したようににお茶を飲む。

「ああ、いいえ、私が言いたかったのは。まあいいわ」

 そして、ティグリニは野戦でも負け、籠城戦でも負けが見えたので最後まで抵抗せずに降伏した。ただし、このころからカプロス同盟は下した町の自治には基本的には手を入れず各町には各町の従来のやり方を踏襲してもらった。ただ負けた町はカプロス同盟と盟約を結ぶことを強要され、この盟約がある限り、町同士での戦いは禁止され、必要なときには兵士やお金や糧食を差し出して協力することを決めた。

 またヘルベ地方最大の町であるティグリニが同盟に参加したことにより、敵対せずに自発的に同盟に参加したいと言う町も次々に現れ、ヘルベの統一がこのあと速やかに進んだ。最終的には人が三千人以上住んでいる町が約五十、千五百人規模の町が約百、そしてカプロスみたいな千人規模の小さな町が約二百も参加する巨大な盟約になった。ホサンスが十歳、ヘルベ千人隊の副長になった時である。

 そしてここで念願のフェルシナ討伐が開始される。

 ただこの時にはもう遅くなっていたので。ノックスは明日の朝また書記官室に聞きに来ると約束してから客室に戻った。



*この雪草は高山植物のエーデルワイスです。

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