第10話 ヘルベ歴248年 2月11日 兄の死
次の日の朝ノックスは朝ご飯のお粥を客室で食べてから書記官室に行った。その日いたのは長い赤毛をまだ整えていないマンデゥブラキウスであった。
「ああ、今日はヴェラがホサンス様の行動を記録することになったから、今回ホサンス様の話をするのは私ですよ」
「わかりました」
「で、昨日はどこまで聞いたのですか?」
と、兄のオンシィが捕虜になり殺されたところまで聞いたとノックスが言うと。
「そうか、ヴェラは話したくなかったのか」
「と、言いますと?」
「何てことは無い、オンシィを殺したのはサルべの連中だからですよ」
マンデゥが無造作に長い髪を頭の後ろで束ねるとノックスに手招きをして、一段高い板敷きの間に座る。ついでに今朝は部屋にいる書記官付きの文官を呼びお茶を頼んだ。
そしてマンデゥが話したところによるとアキオ、本名アキオリウス、はサルべに傭兵として行き、そこで味方に裏切られたらしい。これは傭兵の世界ではたまに起こることで、敵方に買収された味方がお金で裏切ったと。その時すでに十人長だったオンシィは味方を逃がすため最後尾に残り必死で戦った。が、衆寡敵せずついには彼の部隊と彼を慕って付いてきた軽装兵は完全に囲まれ、部下も残り数名となった。
この時マンデゥはまだ書記官ではなかったが、事件の起こった数年後、当時裏切ったヘルベの傭兵たちから直接聞いたのでオンシィの勇敢な行動は伝わっている。で、最後まで抵抗する敵を倒しても、いらない被害が増えるだけなので、傭兵たちはオンシィに降伏せよ、さすれば部下ともども命は助けると約束した。十分に時間を稼いだオンシィもここまででいいだろうと思い、血塗られた布を掲げた。血塗られた布の意味はここまで戦ったからには名誉ある降伏を求めるという意思表示であった。
そしてそれを受け入れるとの返答があってオンシィ達は籠っていた場所から出てきた。五体満足なものは一人もおらず、オンシィ自身も左足をけがしていた。そしてここで、裏切ったヘルベの傭兵たちの雇い主であるサルべのフェルシナの連中が出てきた。曰く「ここまで邪魔して今さら降伏は許さん」と言って、オンシィ以下全員その場で殺された。名誉ある降伏を認められたにも関わらずだ。
「マンデゥ殿、ノックス殿、お茶です」
「ああ、ありがとう」
ここで文官がお茶をノックスとマンデゥの二人に出す。お茶を一口飲んだマンデゥは話を続ける。ノックスは文官に頭を下げてからお茶に手を出したが、熱かったのか、すぐには飲まず話が再開してしばらくしてから少し飲んだ。
アキオリウスはオンシィの尽力で窮地を脱することが出来た。だがまだ詳細を知らなかった。そしてオンシィが自軍の野営地に帰るまでしばらく待ったが、帰って来ない。なので普通に戦死したのか、もしくはなんとか自力で生還してくれるかもと思い、兵を率いてヘルベに戻ってきた。アキオはマンデゥと同じくベルニース出身でお互いを良く知っているので、この時アキオリウスがオンシィの死に様を知らなかったことも確かである。
ホサンスの一家は長兄が帰らないことを悲しみながらも、もしかしたらと思い、オンシィが帰るのを待っていた。そしてその年の戦の季節が終わると裏切った傭兵たちも帰ってきて事件の詳細がだんだんと明らかになってきた。中には本当はフェルシナの連中ではなく、裏切ったヘルベの傭兵がオンシィ達を殺したのではないのか? と疑う者もいた。
「それは実際にその可能性もあるのではないですか?」
とノックスが聞く。
「ヴェラならそう言うだろうな。フェルシナは殺そうと思っていなかったが血の気が多い傭兵が独断で殺したと。が、私はそう思わないです。傭兵は戦闘で死ぬのは仕方が無いと理解しているが、戦争を生業とするので、戦闘の決まり事は破らない」
「しかし証言が傭兵たちからだけでは偏っていると言われるのではないですか?」
「まあ、ノックス殿の言いたいこともわかります。例え本当は裏切った傭兵たちがオンシィ殿を殺してたとしてもそれを正直には言うはずが無い、と。ですが問題はフェルシナと言う町がもうないのです。なので、彼らの証言を得るのはほぼ不可能なのです」
「え、それはなぜですか?」
「サルべを支配下に置く過程でフェルシナはホサンス様に滅ぼされた」
「ああ」
ノックスも理解したと言う顔を見せて、ごくりと唾を飲みこみ、お茶を飲みほした。
「いずれにせよ、無抵抗な捕虜であった彼らを殺すのは許せない、とホサンス様は言い、怒り心頭のままアキオリウスの傭兵団に入った。ここからがホサンス様が将軍となる道です」
ノックスが複雑な顔をしている。
「だが、ここからも長くなるので一旦はお昼ご飯を食べましょう。ノックス殿はどうします? 私たちと一緒に食堂で食べますか? それとも部屋で食べて休んでからまた来ますか? まあ、一旦村に戻るのも可能性としてはありますな」
「うーん、正直言いましてこの話の続きにはすごく興味があります。ですが俺も自身の田んぼのことが気になりますから、とりあえず一旦村に帰りたく思います。昨日今朝と大変面白いお話を聞かせて下さり、まことにありがとうございます」
と、ここまで話を聞いたのでノックスは一旦村に帰ると言う。そこで次回いつ王子港に来れるかと聞くと、ノックスは三月の頭まではそこそこ暇があるので、二月の後半か三月の頭にまた来ることができると言う。
「ではホサンス様がしびれを切らしてゴルミョ殿を送る前に、早めにそして自発的に王子宮に戻るのを期待していますよ」
「私もこの話の続きには興味があるのでなるべく早めに戻るようにします」
そしてノックスが帰ったあと一週間くらいしてアペルからインデゥチオマがダゴマロスを連れて戻ってきた。
「インデゥはなんでアペルに行けと言われたんだ?」
書記官室でマンデゥブラキウスが中年のふくよかな女性のインデゥチオマに行く。
「『俺がここにいるからお前らが三人ここにいるのも分かるが、アペルでもスアドリやシュキアが何をしてるか記録したほうがいいだろ、ついでにクリーニャがどうしてるかも聞いてきてくれ』と言われて行きました」
「じゃあなんで戻ってきたんだ」
「だって、占領政策に私はあまり興味ないもの。それにクリーニャ様は順調に軍を進めていると聞いたし。私はやっぱり大王様のそばにいて大王様が次なにをするのかを見ていたいわ」
「そうか、うーん、じゃあ誰がアペルに行くべきだ?」
「政治とかに一番興味があるのはあのハゲでしょ?」
「まあ、そうだが」
マンデゥが息を少し吸い込む。
「あいつ、行きたがるか?」
「じゃあ、もうクジでも引いて決めましょ。あの時はたまたま私がその場にいたから行ったけど、それでアペルにずっと行かされるのもなんだか公平じゃないわ」
そして厳正なクジ引きの結果、書記官の中でカシヴェラヌスがアペルに行くことに決まった。
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