第五章 カプロス王朝
第33話 ヘルベ歴248年 4月20日 港での三つの会話
はじめての会合から十一日後。ホサンス達はアペルにて船を乗り換えようとしている。兵達も大陸西部の各地から集まり船に乗り込んでいる。そして港にはプラチナブロンドの髪を短く刈った男がわめいている。
「何故だ! 何故この俺が留守番なのだ!」
「あのなあ、兵達のことも考えろ。お前らほぼ休み無しだっただろうが。だから兄者はお前らは今回休めって言ってるんだ」
「そんなの関係無いぞ。兵達は喜んでこの俺に付いてくる!」
「まあ、そうだとしても休みは必要だぞ」
「兄貴はわかっていない、戦だぞ、略奪できるし、捕虜を売って金に出来るんだ、兵達も喜んで来る!」
「いや、だから俺たちは戦争を止めようとこれを始めたじゃねえか、目的を見失ってるぞ」
「なに言ってんだ兄貴、これが終わったら今度は馬人族や豹人族の国があるだろが! 戦に終わりはないぞ!」
「あー、もう俺たちはこれでいいだろ。今ある土地でさえガラガラの所がいっぱいあるんだし」
「なんだ兄貴はもう戦がしたくないのか?!」
「まあ、そうだな。って言うか、兄者も出来ればそうだと思うぞ」
「そ、そんなまさか」
愕然としたような顔にクリーニャはなる。そしてそんな弟をいたわるようにシュキアが大きい手をクリーニャの肩に乗せる。
「だからとりあえず今回は休め。な」
そして港でこの喧噪が終わったら、こんどは船上に文官が一人駆けあがってくる。そしてまたもう一つ喧噪があった。
「ダゴマロス! 貴様ぁ! 聞いたぞ! お前はなんで俺にこんな変な仕事を押し付けるんだ!」
「オルジャーノン殿、貴殿なら出来るとホサンス様が判断したからこそです。本来なら誉に思うべきではないのですか」
「う、そうなのか」
「そうですとも、ホサンス様が直々に貴殿なら出来ると判断したからこそ、王族や貴族の相手をし、彼らも納得する会議方式を考案するか、考案できる人を探すのを任せたのであって、私は大したことはしてませんぞ」
これを聞いたオルジャーノンはまんざらでもなさなそうな顔をして頷く。
「ならば私はホサンス様のために頑張らないといけないと言うわけか」
「まさにその通りです」
この会話を聞いた書記官はオルジャーノンはちょろいと思ったそうであるが、真偽はわからない。そしてこのあとに船の中で起こったこの日最後の重要な会話を書記官は記す。
「もうさすがに議題は無いですよね。もう一週間も大陸会議について我々は話してますよ」
「まあ、確かにここまでくる間に構想が色々と固まったな。特に今ある大国をいくつかの州にわけるのはいいと思う」
「ならばワタクシはこれで一旦家族の所に帰ってもいいですよね」
「なんだ戦には興味が無いのか?」
「興味が無いと言えばウソになりますが、やはりワタクシは家族と一緒にいたいので」
「うーん、正直お前と話してると楽しいからな。帰すのは惜しい。あとな、これが終わった後はお前が賢者村でやってるようなことをもっと大々的にもやりたいしな」
「どういうことです?」
「何だ、自覚が無いのか? お前の言う産業革命ってのを水車でできるだけやるんだ。奴隷制もあと一世代でなくなるんだから、それに伴って水車とかをもっと大々的に利用せなならんだろ」
「ああ、それですか。うーん」
「なんだどうした?」
「やはり石炭があったほうが」
ホサンスがノックスを遮るように言う。
「石炭というか石油ならあるぞ」
「えっ?」
「南のアキタとか大陸の東側にあるぞ」
「じゃあ、なんで水車なんですか?」
「大体それをどうやってこっちまで持ってくるんだ。それにお前も温暖化は知ってるだろが」
「ああ、なるほどって。ええっ? そんな先のことを心配するんですか?」
「アキタとか大陸東部はここよか水が多いがとにかく乾季がスゴイだろ。セノーネに最初に来たときは驚いたぞ。六か月の乾季なんて東部には無い。だから環境には出来るだけ配慮したほうがいいだろ」
「確かにそうですね。私も乾季には悩まされましたよ。でも水問題は個人の問題と言う意味では解決できますよ」
「何?」
「雨水を貯めるだけですよ」
「そんな簡単に解決できるのか?」
「まあ、ろ過装置やら雨水を集める仕組みなど、色々必要ですが」
「やはりお前にはこの後も手伝ってもらうぞ。もし水問題とかが解決できるのなら、本気でアペルを首都にすることも考慮しないとな」
「勘弁してください。私はこのあとの大陸会議に出席するだけでいいんじゃないんですか?」
「いや、お前は正式に大王の大臣にでも指名してやる」
「いやですよ。私は家で妻や子供たちと過ごしたいんですよ」
「心配するな。行政府はアペルかルテチアにしてやる。それならお前の家とも行き来できるだろ」
「何でですか」
「お前は温暖化を防ぎながら産業革命をやってみたいとは思わないのか? 男だろ。家族だけではなく、大きな夢はないのか?」
「そんなことを言われましても。それに大王様は大陸統一をなされましたが奥さんとは疎遠ではないですか」
ノックスがこれを言った瞬間しまったと言う顔をしている。ホサンスも顔をしかめている。そして、少し、時間が経ったあと。
「お前な、女が一番かわいい時はどんな時だと思う?」
「えっ?」
「さっさと答えろ」
ホサンスが机を指でトントンとしている。
「ワタクシは、妻の笑った顔が好きです」
「なんか棒読みっぽいが、俺もだよ」
ノックスがほっとしたような顔をしている。
「でだな笑顔で一番重要なのはなんだ?」
「は?」
「わかってんのか。 そうだ、歯だよ」
「は?」
「おい、わからんのか、お前」
ここでホサンスが自分の歯を指す。
「歯並びだろうが」
「ええ? 目元ですよ」
「お前はそうか。だがな俺はあの牙を見ると乱杭歯を思い出して、全てが台無しになるんだ」
「ああああ、それは」
「王族や貴族やお金持ちの子達に沢山会ったし、奇麗な子たちもいるが皆牙がデカすぎて無理だ」
「ならば普通の平民ならどうですか? 俺の妻の牙は八重歯みたいなものですよ」
「そういえばそうだったような。しかし将軍になってから普通の子になんか会ったことがないわ」
「でも王様になるんですし。あ、それにもし産業革命的なことをするなら工場を視察するとかなんとか言って工場で働く平民の子に会えばいいじゃないですか」
ホサンスがガタっと椅子から立ち上がった。船内だから天井が低いのと、異様な雰囲気を醸し出しているので圧迫感がかなりある。
「よし、この戦は早く終わらせる。ノックス、お前ももう行っていいぞ」
「へ?」
「家族の元に帰りたいんだろ。いいぞ。これが片付いたら大陸会議の時にまた呼ぶ。で、そのあとは産業革命だ、覚悟しろ。が、その分しっかりと見返りがあるから心配はするな」
と言い残してホサンスは部屋を出て行った。そして残されたノックスも部屋を出ていき、荷物を纏めて船を降りた。
その後ルテチアに着いて、家に帰る前のノックスから手紙があった。なんでもホサンスからの贈り物がすご過ぎて当惑していると。何着でも好きなだけ服を仕立ててもらうというのは申し訳ないので一人当たり三着までにしましたとか、乗馬用の馬とルテチアの図書館の目録と家からでも郵送で本を借りれる特権についてのお礼が長々と書かれてあった。
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