第26話 ヘルベ歴248年 4月7日 大陸軍
「では午後からの話をしようと思うが、うーむ」
「どうしたの?」
「うーん、セノーネの話を最初にするか大陸軍の話を最初にするかわからないのだテメシスちゃん」
「大陸軍って?」
「じゃあ、そっちから話すか」
244年2月、リンゴネの町には沢山の軍旗がはためいていた。ヘルベ・サルベの狼の旗、リンゴネが新しく作った鷹の旗、そしてエルギカのゾウの旗などである。当然本営の近くには親衛隊の雪草の旗もある。ホサンスは一年間の休養の後、兵を満月市にて新たに結集した。
今度は無理にヘルベから徴兵せずに五千人のヘルベ兵と五千人のヘルベの騎兵を呼集し、サルベの長槍兵も一万人しか徴兵しなかった。これはリンゴネから正式に五千人の長槍兵を募り、ビブラックスやアドアカムなど旧エルギカ連盟からも一万五千人募ったからである。これに加えて、軽装兵や弓兵も集まったが、特筆すべきはこのときホサンスは志願する軽装兵や弓兵を正式に一万人取り込み、残りは解散させたことである。
集まった五万の軍をホサンスはこの大陸の軍と言う意味で「大陸軍」と呼んだ。最初はすぐにでも大陸軍を率いて進発しようと思ったらしいが兵がバラバラに動くのでこれではだめだと中止し、兵を徹底的に訓練した。
騎兵はチオマル将軍によってシャアの時よりもさらに歩兵や長槍兵との連携を強める訓練をした。ヘルベ兵は以前と同じく大きな盾と短剣で、コミウス将軍の下訓練した。サルベとリンゴネの長槍兵はそれぞれオルゲトリ将軍とエポサグナ将軍の指揮下に置かれた。
スアドリから推薦された三人の将軍は旧エルギカ連盟の軍を率いた。この中でもビブラックス出身のカチヴォルクス将軍はブライアンの考案した弓兵と連携する方陣をよく知っていたのでそれをオルゲトリ等に教え、他の将軍たちと一緒に猛訓練した。
弓兵や軽装兵も正式に大陸軍に組み込まれたので、彼らはサルベ出身のドゥムノリ将軍の指揮下に置かれた。彼は弓兵の中でも特に腕の良いものには弩を扱わせ、リンゴネの元奴隷であったカスティクスの狙撃隊を作った。
「本当に大陸東部の軍って感じですね。あれ、昔の千人隊の仲間だった、えーと、ボルなんとかさんとかどうしたんですか?」
「ボルギオス殿はケレトリウス殿と一緒に引退し、アキオリウスと兵を育てるほうに行った」
「ああ、なるほど」
「あと、シュキア様はホサンス様と一緒だったが補給兵の半分と攻城兵を含む少数の先遣隊はすでにケナブム周辺に集結していた」
「わかりました」
「で、どのくらい訓練してたんだ?」
「大陸軍としての一体感を持たせるために約一年訓練してたぞ、サヒット殿」
「まあ、ちょっと前までは敵同士だったからな、わからんでもないな」
この一年の訓練の結果、兵達は各々の出身地の兵たちだけで戦う以外にも、ヘルベ兵、長槍兵、弓兵などを混ぜた三位一体の軍団を形成することにも成功した。この軍団にはいくつかの運用法があり、その核心は遠距離での攻撃、長槍での攻撃、肉薄しての攻撃の三つを組み合わせることである。その一つが方陣の発展形であった。五千の長槍兵が四列に並び、中に大きな空洞を持った方陣を作り、その空洞に千のヘルベ兵と二千の弓兵や軽装兵を入れ、騎兵がいないときでも敵の戦車兵やゾウ兵にも対抗できるようになった。またこの軍団はゆっくりとではあるが動けるようにもなった。ちなみに大陸西部に入ってからは方陣の規模を半分にしたものも運用し、こっちの方が機動性はあがった。
こうして万全の準備をしたあとのヘルベ歴244年22月、ついに大陸統一のためホサンスの軍は満月市を出発した。この五万の大軍は道中の補給拠点で食料を食い潰しながらケナブムを目指す。ケナブム自体はすでに攻略してあったので、戦闘は無く、年の終わる前についにホサンスの軍は大陸の東部から西部に入り、セノーネの国境まで迫った。
セノーネの東北部に入ったホサンスは早速以前セノーネ王に大陸同盟に加わるようにと送った書簡の返事を求めた。
「返答は『否』であった」
「なんでだよ」
「いやあ、大陸東部でこんなことが起こっていたなんて上っ面で知ってはいても、本当には理解していなかったんだろ」
「いずれにせよ、セノーネが大陸同盟に加わらないのであれば、と、ホサンス様は軍事行動を開始した」
「まあ、いくらセノーネが強国でも勝てるわけないな」
「うむ、実際戦闘になれば大陸軍は負けなしであった。だが、問題は政治だった」
「え、どういうこと?」
「ボウア殿、その質問に答えるためにはセノーネの政治の仕組みを説明せねばなるまい」
セノーネ王国は王国内では王家の力が強い。そしてそれは次代の王を決める時にも表れる。つまり現王の指名で次の王が決まる。問題はそれが誰なのかは生前には誰もわからないということだ。
「ますますわからないわ」
「これは我々も初めて見た時は驚いたのだが、セノーネの玉座は大きくてその上部に箱がある。そしての箱の中に次の王の名前が書いてあるのだ」
「ああ、これなら誰にも悟られずに箱の中の名前を王様が変えることが出来るのか」
「そうだ。そして王が死んだあと三名以上の王家の人の立ち合いのもと、その箱を開けて次代の王の名前が読み上げられる」
「セノーネには有能な王が多いと言われるわけだ」
「この辺ではそう知られているのか? まあ、ノックス殿の言う通りセノーネの王は有能だったな。やはり王位継承権を持つ人数が多いとその中から選べることが出来るからなのかな」
「そのあたりは俺も知らないです、ただ巷で言われていることをちょっと知ってるだけです」
「その王位継承権ってなに? あとなんでそれを持ってる人が多いの?」
「王位継承権は次の王様か女王様に成れる権利だね。セノーネの王には男でも女でもなれるし、ひいおじいちゃんかひいおばあちゃんが王様か女王様だったら王位を継ぐ権利があるんだよ」
「へー、女の人も王様になれるのか」
「しかも王族だから王様や女王様たちはたいてい子供が多いんだよ」
「あー、なるほどね。説明ありがとう」
「どういたしまして」
「あれ? ひいおじいちゃんまでということは王族がやたらめっぽう多いってことか?」
「その通りだサヒット殿。しかも彼らは各地に飛び散って住んでいて、皆それぞれ軍隊を率いている。と言うか人望があれば地元の貴族や金持ちが応援するし、兵が勝手に集まる。しかもこの王族たちはお互いを出し抜こうともするし、勝つためには協力もする。至極やっかいだった」
「あー、これはエルギカとは違う大変さが見える」
「豊かなセノーネの各地に一万人とか二万人規模の軍がぽんぽん生まれてそれが後ろとか横とかから突然攻めてきたり、一か所に集まって会戦を挑んできたりと大変だった」
「俺たちがセノーネに攻めこまなかった訳がわかったな」
そして有能なセノーネの王は最初の会戦に負けてからはゲリラ戦を仕掛けてきた。つまり、大陸軍の補給を叩き、正面から挑むわけではなく、夜襲や奇襲を仕掛ける。もとから細々としかなかった大陸東部からの補給はこれで完全に途切れ、ホサンスはまず青山山脈の山側の町や都市をいくつか落としそこで補給問題を解決してからしらみつぶしに一つ一つの町と都市を攻略していった。
「でもそれって、ちょっと進んだら、前に取ったところの守りが薄くなって奪い返されません?」
「その通りだノックス殿。それが何回か起こった後、ホサンス様はここでの占領政策を少し変えた。以前なら前の支配者層に任せて同盟を結ぶだけだったのが、セノーネでは仕方なく政治に介入し、大幅な減税を支配下に置いた町や都市で約束した」
「大幅な減税って」
「税金半分だ」
「すげえな」
「素晴らしい」
「いいなあ」
「ぜいきんよくない!」
「テメシスちゃんも税金は嫌いか。まあ、セノーネやアペルドナルのは高かったからな。しかしそこまでしてもセノーネの東半分の町を全て落とすのに一年半かかった。なにしろ税金を半分にすると約束しても、本当にそうなのか信じられないっていうところがほとんどで、そういう所では町が簡単に奪い返された。さらに民の畑を焼き払い、大陸軍が食料を得られないようにしたところもあったからな」
「まさか!」
「うむ。俺もボウア殿みたく、これを初めてみた時は信じられなかった。ホサンス様も渋い顔をしていたな。だから一年以上経って、実際に税金を半分しか徴収しないところを見て、初めて民がホサンス様を信じるようなった。あと作物をまた植えてそれが実るまで待つ必要のところもあったからな」
「そうか民の心を掴んだのか」
「だからお前を大陸会議に引っ張り出したいんじゃないか?」
「うげえ、俺は民の代表なのか?」
「でも家でもそのようなこと言っていたし、やっぱりそういうことじゃないの?」
「なんでボウアまで俺に重荷を載せるんだ」
ノックスが頭を抱えると、テメシスが無言でノックスの肩をぽんぽんと叩く。
「ま、まあ、真意はわからんが、がんぱってくだされノックス殿。もうすぐでセノーネにも着くし、美味しいものでも食べて英気を養えばいいではないか」
セノーネは半分が取られてからも死に物狂いで抵抗し、大陸軍がセノーネ王国の首都ルテチアを掌握したのはヘルベ歴247年1月の時であった。そしてその年の12月にルテチアからコリーへ向けて進発した大陸軍は13月にはコリーを落とし、そこでクリーニャの軍と落ち合った。コリーで合流したホサンスとクリーニャは最後の仕上げと言うべくアペルに向けて軍を進め、アペルを落としたのはヘルベ歴248年1月。そしてクリーニャがカレド半島のエイデンを落としたのが、同年2月。これでついに大陸は統一された。
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