第四章 大陸統一と大陸会議
第25話 ヘルベ歴248年 4月7日 大陸横断の用意
「風もまた吹いているので今日の夕方にはルテチアに着くと船長に聞いた。なので今朝はアドアカムでのその後を話し、午後は少しセノーネの話をしようと思うが、それでいいか」
「問題ないですよ。今日は皆もうすでにここに集まってますし」
「行動が早いなノックス殿。コホン、では」
とここでカシヴェラヌスが恒例の話を船の甲板の上で始める。
「トラン王の葬式の後やることはいくつかあった。一つは虎人族の奴隷が王宮にいた。いや、奴隷というか戦争捕虜と言ったほうがいいのかな。いずれにせよ、異民族でほぼ奴隷と同じように扱われていた。ホサンス様は大陸統一に専念したいがため、くだんの男とアドアカムで奴隷となっていた猫人族の男たちを解放した」
「解放ってどういうことだ」
「持ち主に金を払って、買取る。そのあとシュキア様には彼らをトレビに連れていき、故国に帰すよう命じた」
「へー」
「え、なんでですか」
「大陸同盟には豹人族とは敵対するつもりはないと解放奴隷たちが故国に伝えることを願ってやったと言ってらっしゃった」
「あー、なるほど」
「で、それと同時にシュキア様にはトレビの要塞都市まで行き、道中ホサンス様がアドアカムで勝ち、エルギカ連盟は大陸同盟になったと伝えるという役割もあった」
「じゃあ、ホサンス様はアドアカムに残ったってこと?」
「いや、ボウア殿それは違う。ホサンス様は北に行き、大瀑布を越えてアクソン河の上流の各都市や町にエルギカ連盟が大陸同盟になったと報せ、従わないものは征伐するという役目を負った」
「こっちも面倒だな」
「うむ、この道中大きな戦いは無かったが、とにかく時間がかかった。242年はエルギカ連盟の北限まで行くだけで終わったな。そして243年になって、河に沿って下り、アドアカムに戻って来た。この間留守を預かっていたのはトラン王の弟であるスアドリ殿であり、彼は以前のしきたりに沿って都市の運営をしていた」
「すごいな、本当に前の王の弟に任せたんだ」
「サヒット殿、そう思ったのは沢山いて、周りにもそれは止めたほうがいいと直接進言する者もいたぞ。が、ホサンス様はあえてそれをしたと思う。そしてホサンス様と亡きトラン王の期待にスアドリ殿は答えた」
「俺には無理だと思うな」
「ノックス殿もそう思うか」
「あ、いや、俺の場合はスアドリ殿を重用することができないという意味ではなくて、俺だったらスアドリ殿みたいにホサンス様に仕えることはできないと思うと言いたかった」
「心中複雑でしょうね」
「うーん、俺も無理だな。ガヴィンとガレンが死んだと考えたら無理だ」
「ノックス殿とサヒット殿はそう思うか。やはり王族というのは普通の人では無いのかも知れんな」
「でも町の人のためと思ったら案外悲しみを殺して出来るものかもよ」
「俺もどっちかと言うとボウア殿に賛成だ。まあ、いずれにせよ、アドアカムでひと月過ごしたあと、伝令からシュキア様がビブラックスで待っていると聞いた後、ホサンス様はトラン王の赤いマントを羽織って、軍を率いビブラックスまで行き、そこでシュキア様とまた落ち合った」
「じゃあ、これから大陸西部に行く話になるのですね」
「いや、大陸西部に行くのはこの二年後だ。まずホサンス様は兵達と一緒に満月市に行った。リンゴネだな。で、そこで彼は兵達に一旦家に帰るように言った。ここで本人は満月市に残ったが、ほとんどの兵は家に帰った。この時残ったのは少数の志願兵やホサンス様の親衛隊だ。この親衛隊はスアドリがこれからは身の安全が非常に重要になるから絶対に必要だ、と言って譲らなかったからできた。ほとんどはカプロス同盟出身者で占められている」
「なんで?」
「いやテーちゃん、さすがに二年間もずっと戦争していたら、兵隊さんでも戦うのがいやになるからだと思うよ」
「それと一応ヘルベからの兵は大動員で本来の倍の数の兵を動員しているからだな。ホサンス様もそれはわかっていたのであろう」
「あれ、では南の方ではどうなっていたのですか?」
「うむ、よい質問だノックス殿。俺もよくわからない。マンデゥブラキウスに聞いたところどうもクリーニャ様は行く先々で兵を増やすということはあまりせず、もとから率いていた兵だけで軍勢を進めていたらしい」
「え、じゃあ彼らはヘルベを出てそれきりってことですか?」
「そういうことになるな」
「うわあ、いやだなあ。そっちのヘルベ歴で今は何年なんだ?」
「今はヘルベ歴248年だから、七年近く故郷に戻って無いということになるな」
「そんな、かわいそう」
「クリーニャ様の軍の兵は行軍中に結婚したものが多いと聞く」
「えっ?」
「ボウア殿、彼の軍の後ろには妻や子供達が列を成してあとをついて行っているそうだ」
「大陸中を家族引き連れて移動か。無茶してんなあ」
「まあほとんどはアキタ以降の話だそうだから、正確には大陸西部を南から北へ移動したことになるな」
「と、いうことは彼らもセノーネに?」
「いや、クリーニャ様の軍は今は休暇を貰ってエイデン、王子港、アペル、にコリーと分散して滞在していると聞いた。給料はちゃんと出ているから問題はないのだろう」
「それを聞いたらホサンス様が一旦兵を家に帰したのは英断って感じるな」
「俺もそう思うわ」
「ノックス殿、サヒット殿、兵を率いていても無駄だったのだ。大陸東部から大陸西部に渡るには紅山山脈を迂回せねばならないが、南部にはまだ一応そこそこ大きい町が東西に散らばっているが、北部は荒涼としていて、大きな町はあまりない。そこそこ大きいのはケナブムくらいだ。だからホサンス様は大陸を大軍で渡るための準備をせねばならなかった」
「えーと、紅山山脈って」
「ああ、済まなかったなテメシスちゃん。こっちでは青山山脈と言うらしいな」
「と、言いますと」
「同じ山々だかどうもこっち側と向こう側では名前の色が変わるみたいだ。なぜかは俺も知らない」
「いや、だってあの山々からは青きセヴル河が流れるだろ。大陸最長の」
「サヒット殿、俺はセヴル河もアクソン河も両方行き来したが、個人的にはアクソン河の方が長いと思う」
「え~、そんなことないよ」
テメシスの返事のあとすこし大陸の地理について話があった。コリーの南には母なるモドルン江と言う巨大なデルタ地帯を持つ川があり、そのさらに南には巨大な火山である霊峰ドアがあり、その火山のふもとにはアキタの土地がある。このアキタの土地から東に進むと紅山山脈南端の都市トロサがあり、その近くから甘海に向かって流れるアンカスタ河を下るとナルボに至る。ナルボから甘海を沿岸沿いに北上するとサルベに着く。またアペルドナルの北東やセノーネの北には耕作に適していない土地が東西に広がっているのでアズラテ河にまで行かないと都市らしい都市は無い。アズラテ河口のマムキウムが猪人族の辺境になる。
そしてホサンスは大陸を東部から西部に横断するため、まず行く道筋を決めなくてはならなかった。一応補給官には山脈の南側のルートを取ることを進言されたが、クリーニャとルクタンとゴルミョをすでに南に派遣したので、その意味は無いと却下された。なので、北回りの道筋を改めて選択したあと、シュキアと補給官たちは拠点を確保し、そこに食料を貯めねばならない。大体の目安は五日歩いたら、そこに物資があると言う風に拠点を作った。しかも五万人規模の軍が移動しても大丈夫なように想定して作った。
一日一貫の食料を食べる兵を五万人養うという事は五万貫の食料が毎日必要になる。それを五日分なので各拠点には二十五万貫の食料を貯めなくてはならない。物資を今まで船で楽に輸送していたシュキアは荷馬車で運搬することの大変さを知ったと言う。一番の問題は荷馬車を引っ張る馬のご飯が必要になるとということだ。
「ああ、お馬さんは食いしん坊だもんね」
「その通りだね。だから二頭立ての荷馬車が長い距離を運ぼうとすると、馬車に積んでるのが主に馬のご飯になって荷物が運べなくなるんだ」
「うーん、やっぱり、移動は船が一番なんですね」
「船は乗りたくねえがなあ」
「現に今のお前は船酔いしてるしな」
「うっせえ」
「ハハハ」
このため、ホサンスは大陸同盟の政治的調整と補給拠点の準備をするのに約一年かけた。満月市からケナブムに行くまでに必要な物資を貯めるのに約二か月かかり、ケナブムを落としてから、兵を一旦満月市に戻すのにさらにひと月。ここからは物資を一旦ケナブムに集め、これに三か月かけた。そしてまた二か月かけて集まった物資をケナブムからセノーネに向けての拠点に運んだ。最後にまた三か月かけて、物資をケナブムとケナブムまでの拠点に集めた。つまり大陸横断の用意をするだけに十三か月かかった。こうして243年は終わり、ついに244年に大陸統一への道筋がついた。
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