第15話 ヘルベ歴248年 2月26日 カウディン盆地の包囲戦

「お邪魔します」

「ああ、ノックス殿、お待ちしてましたよ」

 ノックスが板敷きの間に案内され、マンデゥブラキウスがお茶を文官に頼む。

「ではお話を続けましょう。ヴェラがあれは失敗だったと言い切るのはこのあともあるからなんですね。つまりもともとサルベ北部の諸都市で親フェルシナだった都市はこれで完全に反ホサンスになった。町を滅ぼす蛮族だと罵りながら。で、反フェルシナだった都市も恐怖を覚えたんでしょうね」

 なので、次の月にはヘルベの傭兵団に対する雇用は完全に切られた。ここで食は確保できたものの金はそこまで確保出来て無かったホサンスは仕方が無くアキオン河上流への出兵を余儀なくされた。やはり兵も臨時のボーナスは好きなのでそれが一切無いのは良くないらしい。

 そして前回の出兵の時に案内役を買って出たヴェロの軍がまたホサンスの軍を案内した。ただし、今回ヴェロは裏切った。そして地の利のあったサルベ側はホサンス達を窪地に誘い込むことに成功し、ホサンスの軍は窮地に陥ったと誰もが思った。正面にはクレモナの軍が約五千。右にはムチナの軍が約四千。左にはプラセンの軍が約四千。そして後ろには裏切ったヴェロの軍が約四千。全部で一万七千の軍。

 この時ホサンスは十の千人隊を率いていたが、千人隊長達は意見が割れた。囲まれたからには一番弱い所を食い破って脱出すべきだと言うイベルドンのアンビオリ。アキオリウスは敵は多くて約二万、自分達は一万の千人隊に軽装兵や弓兵もいるから更に約四千、十分に勝算はあると言う。決断は最終的にホサンスに委ねられた。

 脱出したいと言うアンビオリには彼に賛同するあと二人の千人隊長に一番弱いという評判の左のプラセンの軍に向かわせた。そしてホサンスは残りの七つの千人隊を三つに分けた。自身が三つを率い正面のクレモナの軍に向かう。アキオリウスが二つの千人隊を率い後ろのヴェロに当たり、残りの二つが右のムチナの軍に当たった。

「お茶でございます」

「ありがとうございます」

「うむ、すまんな」

 各千人隊には軽装兵や弓兵がいたので数的にはアキオリウスの言う通りそこまで劣勢ではなかった。アンビオリに至っては数的優勢も有り、確実にプラセンを破り脱出に成功できると思われていたし、実際に脱出に成功した。このため、もしホサンスが正面に勝ち、後ろも右も持ちこたえることさえ出来れば、この戦は全体で見ても勝ったことになる。なので勝敗の行方は正面の五千のクレモナの軍に対する三つの千人隊に委ねられた。

 ホサンスは早速三人の千人隊長に前へ進めと命じた。これには恐らくクレモナ側も少し戸惑ったかもしれない,包囲して優位にあると思っているのに敵が攻めてくるのだから。

 両軍でまず軽装兵や弓兵がお互いに槍を投擲し、弓を射る。これが終わると両軍が接近する。ここで三つの千人隊はホサンスの総指揮の下ゆっくりと前へ進む。約四千のクレモナの長槍隊が横に四百名、奥に十名の密集隊形で並び、二百歩くらいの広がりで敵に臨む。それに対して千二百人の長槍隊が六つの塊でゆっくりと前に進む。この塊は一つ一つが横に四十人奥に五人の浅く小さい密集隊形なので一つの塊は幅約二十歩。だが長槍隊の塊の間には十五歩の隙間が有り、その少し後ろにヘルベ兵の百人隊が二つ横並びで付いてくる。

 敵はヘルベの長槍隊が浅く、隙間も開けて進んでくるので勝てると思い、ホサンスの軍が迫るのを待ち、余裕で接敵した。だが、その少しあとに十のヘルベ兵百人隊が長槍隊の隙間から襲い掛かり、敵の陣形を崩していく。そして更に少し遅れて左右から各々二つのヘルベ兵の百人隊が現れ、敵の側面を突く。これで一気に崩れだしたクレモナの軍にホサンスはもしものために取っておいた残りの四つのヘルベ兵の百人隊に自由行動を許した。このうち二つは全面のクレモナ軍に向けて突き進んでいった。だがクリーニャはゴルミョを誘い、この二人の百人隊は走って右のムチナ軍の後ろに現れ、ムチナ軍を一気に崩した。後方のヴェロの軍はすでに怒り心頭のアキオリウスの千人隊に破られていた。

「こうしてこのカウディン窪地の戦いはヘルベ側の完勝に終わったのです」

「これは完勝で間違いないのですか」

「ええ、ヴェラもこれは認めてますね。ヘルベ兵の間ではアンビオリとあと二名の千人隊長は逃げ出した、味方を見捨ててとっとと退却した、とか言われて評判を落としましたが。軍事的にはこの戦いは完勝であり、このあとの和平交渉も間違いは無かったと思います」

 このあとホサンスは残った七つの千人隊に将軍と呼ばれ、この時を持ってホサンスがヘルベ兵の指導者に成った。傭兵隊長の息子が一番危険な「ほのかな希望」を率い、百人隊長になり、千人隊の副官になり、さらに包囲される危機を跳ね返して敵に完勝し、ついに七つのヘルベ千人隊の将軍にまでなった。

「信じられないですよ、また十一になったばかりの男がヘルベの軍事権を握ったのです。私はこの時ティグリニに居たのでこの時のことは見てないのですが、当時その場にいた人達に聞いたところこの時の熱気は凄かったと皆言います」

 そのあとホサンスは七つの千人隊を率いてこの四つの都市、クレモナ、プラセン、ムチナ、ヴェロ、に迫りサルべ北部の土地を割譲させ、同盟を結ばせた。各都市の内政には関与しない、指導者もそのままで良いし、別に罰もない。が、同盟に参加し敵対しない、ヘルベ兵の活動に協力をする。具体的には兵と糧食と金の供給を必要な時にすると言う現在の方式の原型がこのときできた。土地の割譲はヘルベの兵を引退した者たちに分けるために土地が必要だったと。まあ、裏切ったヴェロが一番土地を取られたが、そこは仕方が無い。

 フェルシナの時とは違い、思いの他寛大だった処置にサルベの北の他の都市は驚き、ホサンスもこの事を喧伝したので、フェルシナの件での悪評は静まった。

 そしてこの話はここで終っても十分に凄いのだが、ホサンスの妹のシャアが騎兵になりたいと言い出して物語はさらに進み、ホサンスは将軍から大将軍となる。

「私もこの後のことを話したいのですが、私の本来の仕事もあるので、今日の午後はここまででよろしいでしょうか?」

「一日をほぼ全部俺のために使ってくださりありがとうございます」

「ではまた明日にでも。明日は恐らくインデゥが語るかと思います」

「了解しました、ではこれにて失礼します」

 と午後は半分過ぎたころノックスは部屋に戻ったあと、王子宮を出て、王子港を少しぶらついてから、また王子宮に戻り、客室で一泊することになった。

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