CASE-02 テロJKの悪巧みピザ
【CASE-02 テロJKの悪巧みピザ】
その少女のねぐらは屠内各所に存在し、私が教えてもらったのは中でも一番「バレても痛くもかゆくもない」場所だという。
通されたのは、
「いらっしゃーい♥」
いわば、ある種の何でも屋といったところだろうか。口で言うのはたやすいが、この東凶で人間の少女が一人で活動し、まして大金を稼ぐなどよほど危ない橋を渡らなければとても不可能だ。気さくな外面とは裏腹に、かなりスパルタンな少女なのだと思われる。
そんな彼女は今、目下「新しい遊び」を計画中なのだという。何に使うのかもわからないような機材――少なくともテレビ屋のものではない。ドローンなどは見覚えがあるが――の数々を利用するのだろうか?
「こないだのヤツはなんかあんま面白くなかったんだよねー。もっとヤボーとかヨクボーとか悪い子の悪いことがごっちゃごちゃになる感じのがアタシは好みなんだぁ」
この毎日がお祭り騒ぎのような街で、彼女は何を企んでいるというのだろう。
ともかく食事である。聞けば彼女はちょうど夜食の予定だったらしく、取材も快諾してくれた。
夜食はデリバリーだった。東凶ローカルの宅配ピザチェーン「ピザ八苦」は配達員を浮遊霊に任せており、空を飛ぶから道路状況関係無しの最速配達がウリだ。特に最近は「ある事件」から屠内の浮遊霊が爆増したので、浮遊霊デリバリービジネスはその規模を更に広げている。これも東凶名物のひとつと言えるだろう。奪イーツなどもそうだ。
「おねーさんピザ食べる? 何ピザが好き? 辛いの好き? 好きだったらアタシの分けてあげよーか?」
冷蔵庫から瓶のコーラを取り出して(中にはコーラしか入っていなかった)こちらに一本くれる枕森さん。ピザは好きだが割高なので、そう頻繁に頼むことはない。くれるというならありがたい話ではある。
数分後、浮遊霊がピザを持ってきた。「来た来たっ」と応対する枕森さん。飛んでくるのでエントランスも介さず直接部屋まで配達できる。
だがそこで問題が発生する。なんとタワーマンション高層階の窓は危険防止のため開かない設計になっているのだ。配達員だけならいざ知らず、物質のピザは素通りできない。改めてエントランスから入り直してもピザが冷めてしまうかもしれない。
「まいっか。えーい☆」
がっしゃあああんっ!!
なんということだろう。彼女はその辺の棚からショットガンを取り出し、いともあっさり分厚い窓をぶち抜いたのだ。キラキラ光りながら夜の街に落ちていくガラス片。下を歩いている誰かがガラスのシャワーを浴びないことを切に願う。
「よーしじゃあ食べよ食べよ~っ」
無事に会計を済ませ、風通しの良くなった室内で箱を開ける。
出てきたピザは、赤かった。
いや、赤いを通り越して黒かった。
この世すべての悪徳と暴力を鍋釜にぶち込み七日七晩コトコト煮込んだ猖獗極める地獄池、それをピザ生地という荒野の上に余さずぶちまけこれでもかこれでもかと怨念ごとすり込んだ得体の知れぬ殺意の具現がそこにはあった。目と鼻にツンと来るこれは瘴気だろうか? 落ちた先の地獄を一足先に見せられたような錯覚を味わう。
「新発売の『辛うまチョイ悪☆ですそーす・ぴざっ!』なんだって~」
商品名は意外とキラキラだった。
亡者とは要するに「歩く死体」であり、死体であるからには肉体のどこかしらが死滅している。個人差こそあれ、五感のどれかが鈍った亡者なども珍しくなく、中には舌が死んでいて何を食べても味を感じないという亡者もいる。そうした手合いはただの刺激を「味」とは感じず、時にやりすぎというくらいの辛味甘味塩味等々を摂取しなければ食べた気にならないという。
おそらくこのピザは「そっち」向けの商品ということだろう。幸いまともな方の私の五感はその全てで目の前のピザの危険性を訴えている。
しかし彼女は人間である。
「いっただっきまーす♥」
――あっ。
「あ~~~んっ」
――あっあっ。
「ぱくっ♥」
――あっあっあっ。
「ん~~~~! おいし~~~~っ☆」
――そんなばかな。
「あっ、辛ぁ! あはは辛~~い! キたキたこれこれぇ! こういうの待ってたんだ~!」
額に汗を浮かべ、手でぱたぱた扇ぎながら彼女は楽しそうだった。もしかして見た目ほどエグくはないのだろうか……そう思って改めて見ても、やはり目の前にあるのは円形に切り取られた地獄そのものでしかない。
「おねーさんも食べる?」
――いえ私は結構です。
「ええ~? おいしいのに~。そんなのつまーんなーいなー」
――そんなことを言われましても。
「あっ! じゃあさじゃあさ、これ食べたら質問に答えてあげる! 今日って取材しに来たんでしょ? アタシのこと色々知りたいんじゃな~い~?」
――えっ。
確かにこの番組のコンセプトは「東凶のヤバい奴らは何を食べているか」だ。ヤバいものは今まさに食べているが、その当人がいかにヤバいかはインタビューで知るしかない。
「ほらほら聞きたくない? 今アタシが企んでるコトとか~。どうだどうだ~?」
――いただきます。
これは腹をくくるしかなさそうだった。肉体は死んでもテレビマン魂は滅びない。持ち上げたピザの一片はずっしりと重く、謎の具とソースがどろどろ渦巻いて正直まったく美味しそうに見えない。以前の臓野の立ち食いそば屋が恋しくて仕方ない。
ええい、ままよ。
――ぱくっ。
「おおっ、いったー!」
……口の中で炎が乱舞して、そこで私の意識は途切れた。
目覚めた時、私は公園のベンチに横たわっていた。
跳ね起きて身の回りを確かめる。何も盗まれていないし傷一つ無い。ただ口の中が亡者の舌にもえげつない辛味の余韻に今なお苛まれており、じんじんするので水道の水を飲んだ。
酔花さんはどこにもいなかった。
ふとポケットの中に違和感を覚え、漁ってみるとメモが一枚。文面にはこうある。
『面白かったよ! また来てね♥』
見上げると極彩色のドローンが数機、プロペラを回してどこかへ飛び去っていく。彼女のマンションがどこにあったのか、この摩天楼では森の中で木を探すように判然としない。
遊ばれたのだ。他に何か無いかとメモを引っくり返すと、携帯の番号が記されてある。よもやと思ったが、名前を見て鼻白んだ。
冗談にしても笑えない。「
(つづく)
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