第2章 オレを死神と呼ぶな_その4

 照明の落ちた院内で、銃と刃が交差する。

 いかに武装していようと、近接戦においてミソギは無敵だった。驚異的機動力で床を踏み、壁や天井をも蹴って信じがたい立体的軌道を見せ、もうじや刀で斬って斬って斬りまくる。仮面、ライフル、骨肉と斬るもの選ばず、病院内にたちまち血の雨が降る。

 また一人の首を刈り取る。仮面の生首から魂の炎が生じ、じようがんがそれを「」た途端、一片残らず瞳の中に吸い込まれていった。回収完了。こいつのねうちはいかほどだろう。

 刀の手応えが六を数えた頃、唐突にふところに何者かが飛び込んできた。

 ブギーマンが一人、死角から接近してきていた。手にはナイフ。対するミソギは右腕を振り抜いた直後で、相手はもう間合いの内側に入っている。流石さすがに、動きがいい。だが。

(こっちもとっくにんだよ……!)

 ボッ──と小さな爆炎がはじけ、次の瞬間ナイフ使いが吹き飛んでいた。

 そのまま床と水平に吹っ飛び、廊下の突き当たりにたたきつけられて動かない。彼のどてっ腹は砲弾の直撃でも受けたかのように陥没していた。

 掲げたミソギの右脚が、細い煙を吐き出している。

「居合い、ってな」

 脚部のスラスターの応用だった。膝から下の可動部をロックし、タイミングを合わせてさくれつの勢いと共に放つ。単純ゆえに蹴り足は視認不可能の速度に達する。

 院内に静寂が戻った。おそるおそるくくりを連れてきたフィリスに、軽く手を挙げて応える。

 さて、問題はここからどう出るかである。

 外に狙撃手がいる以上、院内にくぎけなことは変わらない。どうもこっちの動きは読まれているらしく、無策で飛び出るわけにもいかなかった。しかも悪いことにレイスはちょっと離れたコインパーキングにめっぱなしだ。駐車料金も気になる。

「え、あれ? 通信が……?」

 フィリスが自分の端末を取り出す。聞こえてくる声に、彼女もミソギも驚いた。落ち着き払った涼やかな、フィリスに対してのみ親しげな──聞いたことのある声。

『大丈夫かい、姉さん』

 顔を見合わせる。相手はこっちの動きなど承知の上らしく、ミソギに一転して冷たい声で、

『スナイパーをなんとかしてやる。僕の言うことを聞け、もうじや


(ん~……ありゃ、突入しくった?)

 屋上のすいは、足でクッションをぐにぐにしつつ狙撃班に通達。

「もしもーし、こちらスイちゃんだよー。あんねぇ、中に入った人らみんなヤられちゃったっぽい! 今ターゲットが正面から出ようとしてるー。女の子以外はふつーに撃っちゃっていいから、目ぇ離さないどいてね。よろ~☆」

 狙撃手が素早く移動を開始した。病院と道路を挟んだ向かいにあるこのビルは、部屋を移せば院のほぼ全域をカバーできる。複数の銃口が正面入り口に向けられた。

 さて、と頭を切り替え、すいは端末を操作する。

 

 死神は一番手の突入班を全員斬り捨ててのけた。問題は二番手を消した何者かだ。あちらにも仲間がいたのか、まさかぶちの言う「存在が確認されていないもう一人」──?

 と、十秒と待たず、正面入り口から誰かが飛び出した。

 れの暗殺者たちは、その影の形と大きさを瞬時に察知した。男だ。撃ってよし。頭、胴体の各急所、両脚を別々の狙撃手がほぼ同時に撃ち抜いた。だが手応えがおかしい。

 砕けて転がるのは、ただの人体模型だった。

 直後、撃った狙撃手が、連続してカウンタースナイプをらった。

 一撃で正確に頭を貫かれた。狙撃手は窓から落ち、驚いたことに、塩となって散る。

「おーっ!?」

 人体模型はおとり。中の誰かが入口から投げ出したのだ。そこから狙撃位置を逆算し、が撃ち返してのけた。ドローンの目を振り回したが院の周囲には誰もおらず、自分もこっそり顔を出して、すいは肉眼でその男を見た。

 一階建ての外科医院の屋上、黒衣の神父が立っている。

 持っているのは異様な銃だった。先から先まで銀一色、かなり大きいが恐らくハンドガン、銃火があおく光っていたように見えるが、何より──

(うわうっそ、あの距離からリボルバーで当てちゃうの? ひゃーっ!)

 残ったブギーマンが応戦するも、神父は慣れた様子で物陰に身を隠し、あっという間に撃った分の弾を込め直して、お返しの狙撃をぶち込む。窓もカーテンも、角度によっては粗末な壁さえも貫いた弾丸は、驚いたことにものの一発でブギーマンたちを抹殺してのけた。鉛玉の一発や二発は平気なのがもうじやの戦いなのに、これでは話がおかしい。

 しかしすいは、イレギュラーの乱入にあせるどころか歓喜した。

 全員に通達。プランを変える。狙撃班を何人か残し、残りは直接りに向かう。

「んへへっ。楽しくなってきた!」

 続いてすいは、脇に置いていた大きなボストンバッグを引き寄せる。


 向かいのビルから、白い仮面の殺し屋たちが飛び出してくる。

 まだまだ数多い。持ち替えたのはライフルにサブマシンガンと相変わらず高そうな得物ばかりだ。ミソギは正面玄関から歩み出て、陣形を組む敵を右から左にへいげいした。

 思いがけず現れたすけが屋根から跳んで、ちょうどミソギの真横に降り立った。

「……君とあの小娘は、よくよく面倒事を引き寄せるらしい。襲われるのは勝手だけど姉さんまで巻き込まないでほしいな」

「うっせーな、オレのせいじゃねぇよ」

 どこで何をしていたか知らないが、肝心な時には現れるようだ。並んで立ち、目も合わせないまま前だけ向いて、ひとまず今後の方針だけ確認しておく。

「別行動は無理そうだな。これ以上姉さんを危ない目には遭わせられない」

「ああ。こうなった以上は利害の一致ってやつだ」

「はっきり言っておぞましいけど……」

「ぜんっぜん気は進まねぇが……」

 一瞬の空白。

「……君が言え」

「は? ざけんな、そっちが言えそっちが」

「嫌だ。むしが走る」

「あのなぁ、お前から来たんだろうが!? 変なとこで横着してんじゃねぇぞ!」

 もちろん敵は待ってはくれない。とうにポジションについたブギーマンがよこやりを入れる。

 二人は同時に動いた。アッシュは横に、ミソギは真上に跳んでライフルの連射を回避。えんこうの左腕が伸び、敵の頭をぶち抜く頃には、あおい銃火が三人のもうじやを狙撃していた。

 着地して目を合わせ、できれば言いたくないことを、やはり同時に吐き捨てた。

「……共同戦線だ。あーあbloody hell

「手ぇ組むぞ、畜生が!」


 フィリスは院内のまどぎわに身を潜め、外の乱闘を見守っていた。

「す、すごい……」

 ずぶの素人しろうとから見ても、二人の動きはすさまじかった。片や人外めいた速度で駆け抜け、刹那のひらめきで獲物を刈り取る一条の刃。片や幽鬼のごとく姿を消しては表し、一発一発確実に咲いては撃ち抜く銀の弾丸。

「誰だねあの神父は」

 いきなり声をかけられてフィリスは飛び跳ねた。さっきヘッドショットをらったフランケンシュタイン博士が、応急的に頭の穴を埋めた姿で座っている。本当に無事だったのだ。

「あ……アッシュ、といいます。こちら側のエージェントで、人間です」

「ほう。……まさかミソギについていける人類がいるとは。興味深いな。実に興味深い」

 くくりは窓枠に両手を乗せ、自分にしかわからない何かの匂いを嗅ぎ分けてつぶやく。

「にてる」


 真後ろから銀の弾が飛んできて、ギリギリで避けた。白い方の髪を何本か千切り、弾丸はそのまま一直線に、ミソギの真正面の敵を撃ち抜いた。

「あっぶねぇな! オレごと撃ち殺すつもりかよ!?」

「位置取りくらい考えな。君に合わせてやるつもりは無いよ」

 素っ気なく返しながら、アッシュは敵の頭をトマホークでカチ割っているところだった。よこつらに殺気、ミソギは身を反らして銃撃を回避。足元に落ちていたライフルを蹴り返し、それに気を取られている隙に急速接近、返す刀で斬り捨てた。

 高級ホテルの殺し屋たちは、乱戦で確実にその数を減らしていく。いかにれの集団といえども、「死神」と「人喰い鴉レイヴン」ににらまれて無事でいられる者はいなかった。が──

「邪魔だ、そいつは僕がやる」

「はぁ!? なもんいちいちぅぉおおいッ!? カスったぞ今てめぇ弾がオイ!!」

 ペースは、必ずしも合っているとは言えなかった。

 ミソギもアッシュもお互いを「勝手に暴れる邪魔なやつ」くらいにしか考えておらず、交通事故的に動きが重なる一瞬だけ互いを認識する。その変調がまたテンポを乱すのか、ブギーマンの連携も乱れ、内部からどんどん押し崩されていく。

 このまま押し切れる。頭の隅で確信するミソギだったが、嫌な予感が頭から消えない。最初のドローンは誰の持ち物だろう。白兵戦が始まってから静かなものだが。

 と思った矢先、アスファルトに小さな影が落ちた。

 十、いや二十はくだらない。飛んでおり、鳥でも虫でもなく、この形はさっき見た。

 見上げると例のピンクドローンがうじゃうじゃ舞い降りてきて、ビルの屋上から──

『おはよーございまーっす』

 女の声と共に、ピンを抜いたしゆりゆうだんの雨。

「げっ!?」

 同時に、爆発。

 ミソギは何メートルも後方に吹き飛ばされた。飛び散る破片フラグは辺り一帯を食い荒らし、かつてもうじやだった塩や灰を天高くぶっ飛ばす。

 受け身もそこそこにアスファルトに転がり、立ち上がると近くの物陰にはアッシュ。こいつ先に身を隠していやがった。アッシュはミソギをいちべつして、ほとんど直撃に近い被害にも関わらずピンピンしているミソギに「ふうん」みたいな顔をした。

 ドローンの編隊はすべて二人を見ており、更にその上、ビルの屋上に誰かがいる。

 どうも女らしい。ショッキングピンクのパーカーのフードをぶかかぶり、地上からでは顔がよく見えない。肩から提げたピンバッジだらけのスクールバッグは物騒なガジェットでぱんぱんに膨らんでおり、右手にスマホ、左手には拡声器。まるで原宿帰りのテロリストだ。

『あーあー、てすてす。きみたちはホウイされているー。ただちに女のコを置いて投降しちゃわないとヤバいよ~』

 返事もしないでアッシュが撃った。軌道上のドローンがついでで撃墜され、少女はびっくりして隠れる。拡声器越しのじゃれるような声だけが響いた。

『うっひゃ、こわ~い☆』

「さっきから何のつもりだてめぇ!? 誰の差し金だ!?」

『それ言っちゃうとマズいんだよなぁ~。まあいーじゃん、こういうのも──さっ!』

 再び顔を出す少女は、細腕にあまりに似合あわない回転チャンバーの連発式グレネードランチャーを持っていた。

『地獄の沙汰も遊びかた次第っ! 一緒に踊ろうぜーっ!!』

 遠慮なしの対人りゆうだんが、空から「しゅぽんっ!」と撃ち放たれた。

 たまらず駆け出す。すぐ背後で爆炎が起こり、横を見ればアッシュも並走していた。

「どうしてついてくる? 君が狙われろよ」

「お前がオレにくっついてんだよ! 散れ散れっ!」

 どがんっ! ばごんっ! ずどんっ! ──追いかけるように砲撃が続き、ばくごうが二人の背中を押す。空を見ればドローンが宙を滑って追いかけてくる。これを全部あの娘が操作しているのだろうか。一機一機をよく見て背筋が凍った。

 全機、小口径のマシンピストルを搭載している。無数の銃口が空からこっちを狙う。

「ちっ、えんこう……!」

 ミソギの両手の甲が変形。扇のように大きく展開する。

 それを見たアッシュは「何かをやる」と判断し、動物的直感でミソギを盾とする。広げた両手が空に向けられるのと、ドローンが遠隔操作でトリガーを引くのは同時だった。

「──変異・遮断ッ!」

 ミソギを中心として、半球状の分厚い盾が生まれた。

 小口径弾の雨は、突如現れた盾にはばまれ、けたたましい音と火花を散らしてはじかれる。

「へえ、これはどういう原理なのかな」

「そういう材質ってだけだ! けど、あんま長くは持たねえぞ……!」

「そう。あと十秒そうしてて」

「長く持たねえって言ったよな!?」

 変異はミソギの意思がトリガーとなる。集中が乱れると戻ってしまうので、こうも雨あられと銃弾をぶち込まれていつまでもこうしてはいられなかった。

 防壁に守られながら、アッシュは冷静に編隊を観察する。一人で全機操作しているとしたらああ見えてかなりのやり手だ。一機二機を撃ち落としたところで意味が無い、が──

「……あれだ」

「どれが!?」

 一杯いっぱいなミソギに構わず、アッシュは膝立ちでデリンガーを構える。

 狙いはひとつ。距離、角度ともに問題なし。ドローンの掃射が一旦収まる。取り囲んでいた編隊が弾倉を撃ち尽くし、次の編隊が来る。

 そのかんげきを、撃ち貫いた。

 銃弾は編隊を突き抜け、一見なんでもない、武装すらしていない最後尾の一機を撃墜した。

 途端に、一つの生き物のようだったドローンの統制が一気に乱れた。

『えーっ!? なんでわかったのー!?』

 同じことをミソギも聞きたい。アッシュはこともなげに答える。

「鳥の群れにもボスはいる。そういうやつは大抵、後ろの方で全体を見渡しながらふんぞり返っているものだ」

 ちたドローンは「指令母機」である。主のコマンドを子機に伝達させる中継役だ。

 注意深く見れば母機のデザインだけわずかに違っていた。相手の少女は見た目のイメージ以上に計算高く、塗装の差異にも何か意味があると読んだのが見事的中したのだ。

『あーもっ、再接続っ!』

 そして、バックアップはもう何機かある。少女のコマンドで指揮権が入れ代わり、編隊が秩序を取り戻す。アッシュはそのバックアップのおおまかな位置すらも、既に見抜いていた。

 左手でふところの自動拳銃を抜く。こちらは救済兵装ではない副兵装サブウエポンで、状況に応じて銀と鉛の弾丸を使い分けられる。今回は鉛の方。二丁拳銃となり、一言こう言い添える。

「……からすは群れないけれどね」

 編隊の中央に躍り出て、連射連射連射。右のデリンガーで指令母機を狙い、左の自動拳銃で最低限の邪魔者を排除。種が割れたドローン編隊はアッシュの動きに対応しきれない。中継器を守らねばならず、かといってアッシュの正確無比な射撃を無視できない。

 対するアッシュはドローンの位置関係を完璧に記憶している。今の彼にとって無人機ごときの編隊を崩すのは、とうに解法の知れたチェス・プロブレムを解くことと変わらなかった。

『もー、ちょっと待ってってばー!』

 少女がランチャーを構え、アッシュがミソギをいちべつする。言いたいことは一発でわかっった。

「──そっちは任せるぞ!」

 とつにそう返して盾を戻し、全速でビルに接近。

 りゆうだんの発射に合わせて、ミソギは大きく跳んだ。

 空気の抜けるような音と共に、拳大のりゆうだんが飛来する。着弾の衝撃で爆発する瞬発信管のそれを、ミソギはさくれつさせずキャッチした。空中で旋転、勢いを右手の先に乗せて──

「返すぜッ!!」

 屋上に、投げ返した。

「うわぁお!?」

 少女は慌てて避ける。ぶん投げられたりゆうだんは屋上の縁にぶつかり、爆発した。

 衝撃は少女にも届いた。スマホやら拡声器やらランチャーが吹っ飛ぶ。ほとんど同時にアッシュが中継器をすべて撃ち落とし、リンクの切れたドローンが次々と墜落して沈黙。着地するミソギと、はいきようするアッシュの目がかち合う。気に入らないことだらけだが、ともあれ──

 ──腕はいいらしいな。

 二人、同じことを考えた。

「わっ、とっ、とぉおっ……!?」

 ブギーマンは全滅。最後の少女もすっかり無力化され、爆発をまぬがれたはいいものの、屋上から落っこちそうになっている。

 必死にバランスを取る様子を見上げ、ミソギは声をかけた。

「おーいっ! どこの誰か言ってくれりゃ、助けてやってもいいぞー!」

「今それ話せる余裕あるかなーっ!?」

 別に落としてもいいと言えばいい。もうじやだったらそのくらいは「ごめん」で済むし、幸い向かいは病院だ。変なパーツをオマケにしてもくっつけ作業はお手の物だった。

「わったっ、あ!? やばやばばば、あ、だめだこりゃ」

 限界が来た。案外あっさり諦める少女の、フードが風にあおられ、取れた。

 顔が見える。

 ミソギは考える前に飛び出していた。砲弾さながら一直線に、少女の落下地点へ。

 間に合った。地面に激突する直前、思いがけず小柄な彼女を両腕で受け止める。

 ブレーキなんて欠片かけらも考えていない。出すだけ出したスピードのままミソギはビルに激突し、壁に穴を開けて室内に転がり込んだ。その間ずっと少女を抱きしめ、守り続けていた。

「ありゃ? ……おぉん? アタシ生きてる?」

「──おッ、まえ、な……ッ」

 改めて見ると、ずいぶん幼い感じだ。まだ子どもじゃないだろうか。一回り近く年下の女と出くわすのは短期間で三人目だが、どいつにも一癖あって正直うんざりした。

「え、なになに。アタシ助けられちゃった感じ? マジで!? なんでなんで?」

 かなりの美少女だった。ぱっちりした黒蜜色の目にアイシャドウがよく映えるはくせき。長いまつは先端までれいに反っており、ミソギにはさっぱりだがいわゆるギャルメイクか。胡桃くるみ色のふんわりした髪が風に揺れて、その火薬臭さがものすごく不釣り合いに見えた。

 何より、血色のいい肌、光を宿す瞳。そこには、遠目でも一発でわかる命の気配がある。

「逃げろ」

 少女は、ぽかんとしている。

「いいから早くしろ! モタモタしてると、オレはともかくあっちが黙っちゃいねぇぞ!」

「おぉおお? 今度はなに!? ねえねえ教えてよなんでなんおわーっ!」

 いつまでも抱いていられないので投げ飛ばした。少女はすってんころりん床に転がり、起き上がって目を丸くする。しっしっと追い払うミソギに満面の笑みを返し、わからないなりに意をんだか、戦場とは反対側の窓に走る。

「あははっ、もうじやのやることっておもしろーい! じゃ行くね! 楽しかったよー☆」

 飛び出しざまにスマホを操作すると、物陰からピンクのスクーターが自動操縦で飛び出してきた。少女はミソギにウインクを投げ、驚くような早さで逃げていく。

 スクーターは「ぱっぱらー」と能天気なクラクションだけを残して、消えた。

 つくづく、参った。

 きしむ両脚で立ち上がり、壁の穴から出ると、ドローンのしかばねの山でアッシュが待っている。

「──女は?」

「行ったよ。オレが逃がした」

「……どういうつもりか、答えてもらおうか」

 当然、そうなる。持ち上がった銃口がミソギを向く。返答いかんによってはそのまま撃つと全身の冷気が語っている。どうもこうもなく、ミソギは見たことをそのまま答えた。

「あいつは人間だ」

「だからなんだ? それでも敵だ。なぜ罰さない?」

「オレは取り立て屋だぞ。魂の収穫が仕事であって、人殺しじゃねえんだよ!」

 アッシュは顎を上げ、とんでもない馬鹿を見る目をした。

「──少しは使えると思っていたけど、見込み違いだったな、死神」

 そのままためらいもなく、引き金を絞り──

 ぺた。

 小さな手で背中を触られた。気配すら察知できなかった。アッシュは反射的にそちらに銃口を向けて、その思いがけぬ姿に毒気を抜かれる。

「…………何だいこれは?」

 小さなお化けがもごもごしているかと思えば、シーツをかぶったくくりなのだった。

 特に意味はない。病院内に落ちていたから拾ってみた。本人としては火薬の匂いが充満する路上から鼻を守るとか守らないとか、そんな程度だ。

「アッシュ!」

 追って、フィリスが駆け寄ってきた。アッシュは一転笑顔になり、

「やあ姉さん、大丈夫だった? 離れていてごめんよ。すぐに片付けるからね」

 態度を変えてもミソギへの殺気は納めていない。フィリスは息を整え、くくりを下がらせる。

「彼を撃ってはいけません」

「……どうして?」

「私とこの子は、彼に助けられました。そぎじゆうぞうがいなければ死んでいたんです」

 アッシュは目を細め、くくりとフィリスを見比べる。姉はともかく、そっちはだからどうした、と言いたげだ。けれどフィリスはめげなかった。

「同じように、あなたが来なければこの場を切り抜けられませんでした。どちらの力も無くてはならなかったんです! アッシュ、やっぱり私たちは手を組むべきです!」

 おいちょっと待て勝手に話進めんな、と口を挟もうとしたミソギの裾をくくりが引いた。見ればくくりは場の空気を嗅ぎ分け、何のつもりか断言した。

「だいじょうぶだから」

 何がだよ。

 アッシュは首を軽く傾け、小さくこれだけを問う。

「……それは、命令?」

 フィリスは少し悩み、それが正当かもわからないが、思うままを述べた。

「いえ、というより……お願いです。……死神は、私の……恩人でもありますから」

 それからアッシュは、不気味なくらい長く黙った。視線をくうに泳がせ、首のペンダントを握り締める。そうしてようやく、銃をしまった。

「……先に言っておく。君のことは嫌いだ」

「けっ、珍しく意見が合ったな。せいぜい良い子にしてろ、アッシュ君よ」

 ああ、それから──

 二人、お互いを指差し、誰に対しても刺すくぎを一突き。

「オレを死神と呼ぶな」

「姉さん以外がアッシュと呼ぶな」

 フィリスは嵐の去った路上に立ち尽くし、男たちを見比べて「はぁ」と一息ついた。





    〇


 病院内はさんたんたるありさまだった。

「これはもう、うちでククリ君を預かるわけにはいかんなぁ。場所が割れたのでは」

「すみません。わたしたちのせいで……」

 ほ、と博士は、フィリスの態度に意外そうな顔をした。

「真面目だね。貴君はもうじやが嫌いだと聞いたが」

「あ。いえ……それは、そうですが。やはり迷惑をかけてしまった以上は」

 博士の言うことも間違いではない。だが、一言に「嫌い」とも言えなくなっている。

 フィリスにしてみれば初めてだらけのことだ。死者の街も、そこに暮らすミソギや博士のようなもうじやも、毎日毎晩行われる戦いも。全てここでは現実だ。

 アッシュはさっきから一言も口をかない。常に視界にフィリスを入れていながらも、今はまったく別のことを考えているかのようだった。

 少し待つと、裏からレイスが回ってきた。くたびれきったミソギが窓から顔を出し、「とっとと乗れ」とジェスチャーを示す。くくりが後部座席からぱたぱた手を振ってきている。

「見事だろう、あの男は」

 博士はミソギを眺めながら微笑した。

「ジュウゾウ・ミソギは究極の改造もうじやだ。彼こそ全てのもうじやにとっての死、収穫者リーパーだよ。あの義肢の素材はこの世には無いものでな、一度分解してよく見てみたいんだが、悲しいことにいつも断られる」

「彼は──」唐突にアッシュが口を開いた。「いつから死神とやらを、しているのかな」

「幽界現象が起こった、まさにその年からさ。以前はただの学生だったという。一度地獄に落ちたのを、えん女史と契約を交わし、戻ってきたのだ」

 彼女の語りは玩具の自慢をするようでも、テレビのヒーローの話をするようでもある。十九世紀に死んだ天才が見る「未来」の姿がこれだとして、心から楽しそうだった。

「十年だ。十年だよ。彼は悪人悪鬼ひしめく地獄のとうきようをのたうち回り、たった一人で、一つ一つ確実に魂の債権者どもを刈り取っていった。──だからこそ、敬意に値する。探求を止めず、諦念を否定することこそ、人間の魂を輝かせるのだ」

「──おい、何ぼそぼそしやべってんだ!? さっさと乗らねーと置いてくぞ!」

 業を煮やしたミソギが、鉄の手で車体をがんがんたたく。

 それを見返すアッシュの目に、どんな感情が込められているか、フィリスにはわからない。

 つかとはいえ目的と同じくする「仲間」を見る目か。

 はたまたいずれ銃口を向けるに相違ない「標的」への目か。

 わかぎわ、フランケンシュタイン博士は二人に口を寄せて、最後にこうささやいた。

「彼の本当の体は、地獄にあるのだよ」

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