第2章 オレを死神と呼ぶな_その3

 とうきようの医者の半分はヤブでもう半分はクズ、またはヤブでクズだ。こんな街でいちいち医療を頼るほど無駄なこともなく、わざわざ医者をやろうというやからにはほぼ間違いなく裏がある。

 今から向かう闇医者にも当然裏があって、しかし珍しいことにヤブではなかった。

 はいきよを乗っ取って改造した外科医院に入り、ミソギは診察室の扉を開ける。

「ちーっす博士。例の件どうなって──」

「ン~まあこのくらいのサイズなら実用の範囲であろう、楽しみにしていたまえすぐ終わる」

「ぎゃあああああやめてやめて普通の脚にしてえええええええええ!!」

 閉める。

「……先客いたわ。見なかったことにしようぜ」

「何ですかあれ!? 人体改造ですか!?」

 おおむね間違っていない。

 もうじやの医療行為といったら内臓をパズルみたいに入れ替えるとか、手足を付け替えるとか、いっそ機械化するとかいった「改造」方面とほぼ同義であり、これから会う「博士」はそうした作業の世界的天才だった。

 そのうえ変態でもある。裏とは要するに旺盛すぎる研究心と改造欲であって、たまにああいう哀れなモルモットが生まれてしまうのだった。

 男の悲鳴と機械音が五分ほど続き、扉が開いたかと思えば、みたいなメカ脚をがっちょんがっちょん動かしながらもうじやが帰っていく。彼は泣いていた。

「お待たせした。今日はどうしたのかな?」

「きゃあ!?」

 ドアの隙間からにゅうっと顔を出したのは、小柄な銀髪の少女だった。

「──ああなんだ、ミソギではないか。おはようグーテンモルゲン。ついに私に改造させる気になったかね」

「なわけあるか。大事な商売道具を魔改造されてたまるかよ」

 義肢に熱い視線。慣れたもので、ミソギは軽く跳ねのけた。フィリスはドン引きして隅の人体模型の後ろに隠れている。

「な、な、な、何者ですか!? 女の子……!?」

「落ち着け、敵じゃねえから。体を持たねぇで生き返ったもんで、自分で作った人形にいてんだとよ。……だろ、フランケンシュタインさんよ」

 ヴィクター・フランケンシュタイン博士は十九世紀のドイツの科学者である。

 スイスで生まれ、かの有名な「怪物」を生み出した悪魔的天才はほつきよくかいで死んだ。霊体としてよみがえった彼はどこをどう泳ぎ違えたのか来日し、どこをどう気に入ったのか定住している。

 正直ミソギはこれにも「ほんとかよ」と思っている。が、どのみち死者の来歴なんてものは確かめようがなく、ひとまずその頭脳と技術によって本物らしいと判断するしかない。

「にしても、毎度思うんだが、もうちょっと威厳のある見てくれにできなかったのかよ」

「まさか。どうせなるなら美少女がいいに決まっていよう。ほら、私は可愛かわいいだろう?」

 死体のパッチワークを作り出した彼女(彼?)にとって、生きて動く死体にあふれる街は色んな意味で夢のようだろう。銀髪少女は自分で作ったれんな体をファンシーなナース服でラッピングし、その場でくるんと回転してみせた。

「まあ、とにかく奥へ。貴君が連れてきた少女について、幾つか話すことがある」


 少女の名前は、がわくくり。十四歳の日本人だ。

 あれからミソギはえんに連絡し、彼女が持つ本家本元の「えん帳」の検索を依頼した。死者のリストは十年前の幽界現象で爆増しており、彼女自身の名前こそ無かったが両親とおぼしき同姓の名前が二つあった。

 二人の死因は墜落死。折しも幽界現象が起こったちょうどその時、羽田空港に到着予定だったジャンボジェット機が墜落している。がわ家はそれに乗っていたらしい。

 くくりはただ一人生き残った、この時代には珍しくもない「幽界孤児」ということだ。

 念のためネットも駆使したが、こちらは大して期待できなかった。とうきようの電磁場は赤い月のもと独自の流れを形成しており、強力な暗号通信か専用回線ならいざ知らず、一般で使われるレベルの通信は閉ざされている。ここで使えるインターネットはないだけの極めてクローズドなローカルネットワークで、それはそれで使いようもあるが、調べものには向かないのだ。

 結局わかったのは、彼女の名前と家族構成、年齢のみ。ここ十年間の経歴は一切不明。当時四歳の幼児が、天涯孤独で幽界化後の十年間をどうやって生き延びたかは謎である。

 そのくくりは今、ベッドにちんまり座り込んでいた。

 昨日より薬抜きが進んだようで、いくぶんかは正気に見えた。くくりは病室のドアが開くや空気の流れを察知し、まず鼻でこちらに反応した。

「とうめいなにおい──。みそぎ? みそぎ、じゅーぞー」

「おう、昨日ぶりだな。気分はどうだ?」

 くくりは顔いっぱいで「にまーっ」と笑った。くくりはどうもミソギになついているらしい。言っていることはよくわからないが「におい」が気に入ったようで、うれしそうに深呼吸している。

 と、その鼻で別の匂いを嗅ぎ分け、彼女はフィリスを見た。

「……みどりいろ。はじめてだ。お姉さんはだれ?」

「あ、──ええと。私は、フィリスっていうの。はじめまして、がわくくりさん」

「うん。……ねえ。息、くるしくない?」

「え?」

「さっきからずっと、くうきが、弱い。あたし、怖い?」

 フィリスはずっと緊張し通しだ。気がかりなことが多すぎる。そんなフィリスにくくりはすうはあおおに深呼吸をしてみせ、何を思ったか肩を前後に揺らしたり脱力したりした。

(……力を抜いていい、ってことなのかしら)

 彼女の心を読んでいたようにくくりが「にま」と笑う。その顔が本当に気の抜けたような感じだったので、フィリスもつい笑ってしまった。

「いいえ、大丈夫。怖くないわ。ありがとう」

 ミソギと博士は顔を見合わせ「わかるか?」「わからん」と目で言い合っていた。


 くくりの意識がどこまで鮮明かもわからないため、ミソギから順を追って説明が行われた。彼女を保護した経緯、こちらの目的と仕事、Asエースに関することととうきようを取り巻く現状──

「──で、このクスリをばらまく大本がどいつなのか知りたいって話だ」

くくりさん、この写真を見て。あなたがいたコンテナの中、あなたが持ってたケースとその中身よ。何か思い出すことはない? あなたがどこから来たのか……とか」

 いつの間に撮っていたのだろう。ミソギはフィリスの用意の良さを少し見直した。

 くくりはまじまじと二つの写真を見比べた。画が頭に入っているのか入っていないのか、まるで理解できない抽象画を見せられる幼児のような顔だが、小さく答える。

「鳥がいたよ」

「鳥?」

「おおきな鳥。もえて、おおきくて、みんな消えた。あたしを守ってくれた」

「どうもふわっとしてんだよなぁ。その鳥ってのについてもう少し……」

「雨が甘いと、影がやわらかくなるんだって」

「……今度はなんだって?」

「水がいっしょなの。アルミホイルとひりひりしてきて、背骨を歯ぶらしは横におおきく広がるのに、メリーゴーランドがあたまでたりなくなる。大きなアイスがふってきて、みんないっしょになって、あたしもそのひとつになるのかも」

 ちょっとだけ真面目に考えようとして、やっぱり諦めた。

 考え込むフィリスを放ってミソギは「どういうことだ」と博士を見る。

「彼女はまだ夢を見ているようだ。昨夜よりましとはいえ、典型的な中毒症状であるな」

 博士はこれまでにも何度かAsエース中毒者を診たことがある。そうした患者たちのカルテの束をめくりながら彼女は続けた。

「まずAsエースについて話しておこうか。あれは、麻薬なのだな」

「魂ぃ? んなもんが薬でどうにかなるのかよ?」

「今や魂は非物質的なものではないよ。心臓や脳と同じ、誰もが持つ当たり前の臓器だ」

 幽界現象で生死の境が曖昧になった結果、物質世界にはもう一つ大きな変化が起こった。

 魂の可視化である。

 それこそ幽霊などはしの魂に近い。普通は触れず、熱を持たないしんろうのような存在だが、多くの人やもうじやの目に映る「もの」として顕在化したのだ。

もうじやは刺激に飢える傾向にある。個人差こそあるが、死体ゆえ基本的に人間よりも五感が鈍感なのだな。よってアルコールや薬物など化学物質の効きも悪いのだが、このAsエースは画期的なことに、魂そのものに作用するのだ。ヒットの理由はそこにある」

 ミソギは幸いあまり五感に影響の無かった方だが、ひどくなると腕がもげても気付かないレベルのやつもいるようだ。もうじやは多かれ少なかれ、命の他に何かをくしている。

「効果は強い多幸感と、五感の鋭敏化。名前の由来になった『天国が見える感じ』とはこの合わせ技によるものだ。だが反動も大きく、こんすいや幻覚、夢遊病などの副作用ももたらされる。重度中毒者の中には三日三晩眠り続けている者も、寝たまま起き出してひたすらに歩き続けた者もいる。まるで何かを目指すように」

「……んじゃ、こいつが見てる夢ってのに意味はあると思うか?」

「どうだろうな。見る夢は人それぞれだ。彼女のように感受性の豊かな子どもであれば、人間であっても強い影響力があるようだが、症状そのものはこれまでと大差がない」

 議論が行き詰まる。くくりがこの調子では新たな情報も得られそうにない。

「ねえ」

 不意にくくりが顔を上げ、自分にしかわからない風の流れを追い、窓の外を見た。

「へんなにおいがするよ」

 指差す先、外で何かが滞空している。

 鳥ではないし、虫にしても大きすぎる。ひとだまにしては輪郭がはっきりしており、メカメカしく、やたらポップでカラフルにデコられている。

「なんだありゃ、ドローン……?」

 ドローンの向こう、対面にあるビルの窓で何かがちかりと光った。

「──やべッ!!」

 ミソギが電撃的な反応でフィリスとくくりを引っ張り、押し倒す形でベッド脇に伏せた。

「あっ」

 残った博士が頭を撃ち抜かれ、穴からバチバチ電気を走らせながらぶっ倒れた。光の正体がスコープの反射と見抜けたのはミソギ一人。遅まきながら、フィリスが慌てた。

「え、えっ!? なんですか!? 誰か撃ってきたんですか!?」

「狙撃だ! くそ、とにかくここから出るぞ!」

「でも博士は……」

「メカの体だ、死んでやしねぇよ!」

 病室は無駄に広く、ドアが遠い。しかし狙撃手の大雑把な位置は覚えている。あの窓から射線が通らないように移動すればいいだけだ。二人を連れ、床をうように薬品棚の陰へ。幾つか並んだベッドはそのまま遮蔽物になる。

 と、ミソギに守られながら、くくりが鼻を鳴らした。

「たくさんいる」

「はぁ? 何を──うおおッ!?」

 足先の床が小さくぜた。別角度からの狙撃だ。狙っているのは一人じゃない。

 顔を半分だけ出して見ると、窓の外をドローンが飛び回り、高感度カメラで室内をめるように撮影していた。

「あいつが目か。誰か知らねぇがめんどくせーモン持ち出しやがって……!」

 こっちの位置は完全にバレている。一か八かで飛び出しても格好の的だ。せめて飛び道具があれば──やたら射撃の上手うまい神父の顔が頭に浮かんだが、振り払う。自分一人だったらやりようはあるのだが、今は普通の人間を二人も抱えている。どうしたものか──

 と、フィリスが瞳に決意を光らせた。

「私がおとりになります」

「は? おいやめろ、マジで撃たれるぞ!」

「あなたはくくりさんを見ていてください。それに私、もう二度も助けられています!」

「どうでもいいこと気にすんなバカ! 人間は一発撃たれりゃ普通に死ぬんだぞ!」

 ああでもないこうでもないと言い合う二人をよそに、ふとくくりが、また「夢」を見始める。

「黄色。きいろい、うさぎ。とばない。足のないうさぎ──」

「あ? おい、ひょっとしてお前またキマって……」

「──脊髄。まぐれあたりのばく。ムズムズするさんかくけい。ふうせんの目玉はさかさまの海でしっぽが多くてあなたは星をほじくるねじれのひとで」

 もう誰の声も聞いていなかった。目の焦点がぼやけ、彼女はここではない景色を見ている。

「ほねかじる」

「ちょっ、くくりさん!? 待って!」

 よろけるように足を踏み出し、彼女は物陰から躍り出た。止める暇も無かった。ドローンの目と、姿を見せない無数の狙撃手の前に全身をさらす。

 か、誰も撃とうとしなかった。

 一瞬時間ごと止まったような病室で、くくりの鼻歌だけが流れている。

 くくりは、撃たれない。──もしかして、撃てない理由があるのか。

「い、今……!」

 フィリスの声にミソギも我に返った。チャンスだ。ミソギは左拳を握りしめ、物陰から飛び出して、ドローンをまっすぐににらみつけた。

 地獄のはがねが波打つ。標的までの距離はざっと五メートル。その程度なら、届く。

えんこう、変異──ぶち抜けッ!」

 放たれた左拳が、彼我の間合いを突き抜けた。

 変異により、その腕は瞬間に五メートル以上に伸びる。拳の先が小さなベイパーコーンを穿うがち、衝撃波めいた風を起こす。その速度は弾丸にも匹敵し、ドローンを一撃で破壊したのち、放つのと同じスピードで「ばちんッ」と戻った。

「今だ、部屋を出ろ!」

 機械の目を潰され、向かいのビルで何かが動く気配。敵はすぐ態勢を整えるだろう。つかの猶予でドアを蹴り開け、廊下に飛び出る寸前、ミソギは窓の外を振り返った。

 狙撃手は、真っ白い仮面を着けていた。

 薄暗い廊下に出て一息つく。ひとまず誰も負傷していないのは幸いだ。博士は頭を貫かれたくらいでおしやにはならないので、放っておくしかない。

くくりさん、は無い!?」

「もやし」

 くくりはいい気なもので、まったくの無傷だ。

「……どうも、敵はこいつを傷付けられねぇらしいな」

 偶然ではないだろう。敵は極めて統制された動きで、彼女狙っている。

くくりさんは相手にとっても重要人物だということですか?」

「だろうな。オレらだけ始末してこいつを取り戻そうって腹か。……それと、お客さんだぜ」

 病院内に気配。数人のもうじやが侵入し、確実に包囲を狭めていた。

 さっき見た白い仮面が脳裏によみがえり、ミソギは敵の正体を思い出した。

「にしても厄介だな。あいつら、ブギーマンだ」

「ブギーマン?」

「クソホテルの殺し屋集団だよ。表向きはカタギですって顔してるが、ごわいぜ」

 とうきようの高級ホテル・ブギーで最も有名なのは、ごうしやなホテルサービスでも裏の悪徳ビジネスの数々でもなく、手駒の改造もうじやである。彼らは脳にチップを埋め込み、普段はホテルマンとして働いているが、ひとたび裏の仕事となれば完璧な連携を実現する暗殺集団と化す。

 白いマスクが特徴的な彼らは、人呼んで「ブギーマン」。目を付けられたが最後、ラグジュアリーかつコンフォータブルに八つ裂きにされるともっぱらの評判だ。

「でもあの趣味悪ぃドローンはやつらのやり方じゃなさそうだ。他に誰かいんのか……?」

「……! き、来ます!」

「あ? ああ、おう」

 廊下の向こうに白い影。薄暗い中、ミソギの両手両足が妖しく光る。

「ナメられたもんだな。外からならともかく、狭い中でこのオレにけん売るかよ」

 もうじや刀、抜刀。低く身をかがめ、次の瞬間ミソギは、フィリスとくくりの視界から消えた。


「──えっとぉ、とりあえず病院かなぁって思ってぇ、腕のいいとこ張ってみようってゆー」

 クッションを抱き、まくらもりすいはロリポップキャンディを口の中で転がしている。横にしたスマホをゲームのコントローラーみたいに持ち、目を見張るペースですいすい操作。

『ははぁ、それで見事特定したと。確かにヤク中はとりあえず医者に見せますなぁ。いやおれしました、まくらもりさん』

「いっひひ、もっと褒めろ~」

 ヘッドホンからはぶちの声。病院向かいのビルの屋上にレジャーシートを敷き、タブレットPCとスマホを同時操作して、すいは戦場を観察する。

 起動しているアプリは自作だ。戦場と化した病院の映像がリアルタイムで送信され、院内の正確なマップが出る。ブギーマンとすいの端末は、彼らのチップを介してつながっていた。

「そんじゃ室内戦……と。うわすっご無双じゃん。死神ちゃんヒくわー」

 正面入り口から突入させた殺し屋は決して少数ではない。ライフルやサブマシンガンで武装だってしている。しかし、マップに記された信号と通信から察するにひどいことになっていた。

(ま、いいけど。そっち本命じゃないし~)

 ドローンは一機ではなかった。外を飛びまわる無数の目から、すいは院の内外の様子をほぼ完璧に把握している。今ドンパチやっている箇所の、ちょうど反対側に窓があることも。

 予定通り、そこから別動隊を侵入させる。最悪死神は始末できずとも「例の積み荷」を確保できれば今回はそれでいい。待機しているブギーマンに合図を送ろうとして、

「……おりょ?」

 その信号が次々途絶していく様に、目を丸くした。

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