第2章 オレを死神と呼ぶな_その3
今から向かう闇医者にも当然裏があって、しかし珍しいことにヤブではなかった。
「ちーっす博士。例の件どうなって──」
「ン~まあこのくらいのサイズなら実用の範囲であろう、楽しみにしていたまえすぐ終わる」
「ぎゃあああああやめてやめて普通の脚にしてえええええええええ!!」
閉める。
「……先客いたわ。見なかったことにしようぜ」
「何ですかあれ!? 人体改造ですか!?」
おおむね間違っていない。
そのうえ変態でもある。裏とは要するに旺盛すぎる研究心と改造欲であって、たまにああいう哀れなモルモットが生まれてしまうのだった。
男の悲鳴と機械音が五分ほど続き、扉が開いたかと思えば、
「お待たせした。今日はどうしたのかな?」
「きゃあ!?」
ドアの隙間からにゅうっと顔を出したのは、小柄な銀髪の少女だった。
「──ああなんだ、ミソギではないか。
「なわけあるか。大事な商売道具を魔改造されてたまるかよ」
義肢に熱い視線。慣れたもので、ミソギは軽く跳ねのけた。フィリスはドン引きして隅の人体模型の後ろに隠れている。
「な、な、な、何者ですか!? 女の子……!?」
「落ち着け、敵じゃねえから。体を持たねぇで生き返ったもんで、自分で作った人形に
ヴィクター・フランケンシュタイン博士は十九世紀のドイツの科学者である。
スイスで生まれ、かの有名な「怪物」を生み出した悪魔的天才は
正直ミソギはこれにも「ほんとかよ」と思っている。が、どのみち死者の来歴なんてものは確かめようがなく、ひとまずその頭脳と技術によって本物らしいと判断するしかない。
「にしても、毎度思うんだが、もうちょっと威厳のある見てくれにできなかったのかよ」
「まさか。どうせなるなら美少女がいいに決まっていよう。ほら、私は
死体のパッチワークを作り出した彼女(彼?)にとって、生きて動く死体に
「まあ、とにかく奥へ。貴君が連れてきた少女について、幾つか話すことがある」
少女の名前は、
あれからミソギは
二人の死因は墜落死。折しも幽界現象が起こったちょうどその時、羽田空港に到着予定だったジャンボジェット機が墜落している。
念のためネットも駆使したが、こちらは大して期待できなかった。
結局わかったのは、彼女の名前と家族構成、年齢のみ。ここ十年間の経歴は一切不明。当時四歳の幼児が、天涯孤独で幽界化後の十年間をどうやって生き延びたかは謎である。
その
昨日より薬抜きが進んだようで、いくぶんかは正気に見えた。
「とうめいなにおい──。みそぎ? みそぎ、じゅーぞー」
「おう、昨日ぶりだな。気分はどうだ?」
と、その鼻で別の匂いを嗅ぎ分け、彼女はフィリスを見た。
「……みどりいろ。はじめてだ。お姉さんはだれ?」
「あ、──ええと。私は、フィリスっていうの。はじめまして、
「うん。……ねえ。息、くるしくない?」
「え?」
「さっきからずっと、くうきが、弱い。あたし、怖い?」
フィリスはずっと緊張し通しだ。気がかりなことが多すぎる。そんなフィリスに
(……力を抜いていい、ってことなのかしら)
彼女の心を読んでいたように
「いいえ、大丈夫。怖くないわ。ありがとう」
ミソギと博士は顔を見合わせ「わかるか?」「わからん」と目で言い合っていた。
「──で、このクスリをばらまく大本がどいつなのか知りたいって話だ」
「
いつの間に撮っていたのだろう。ミソギはフィリスの用意の良さを少し見直した。
「鳥がいたよ」
「鳥?」
「おおきな鳥。もえて、おおきくて、みんな消えた。あたしを守ってくれた」
「どうもふわっとしてんだよなぁ。その鳥ってのについてもう少し……」
「雨が甘いと、影がやわらかくなるんだって」
「……今度はなんだって?」
「水がいっしょなの。アルミホイルとひりひりしてきて、背骨を歯ぶらしは横におおきく広がるのに、メリーゴーランドがあたまでたりなくなる。大きなアイスがふってきて、みんないっしょになって、あたしもそのひとつになるのかも」
ちょっとだけ真面目に考えようとして、やっぱり諦めた。
考え込むフィリスを放ってミソギは「どういうことだ」と博士を見る。
「彼女はまだ夢を見ているようだ。昨夜よりましとはいえ、典型的な中毒症状であるな」
博士はこれまでにも何度か
「まず
「魂ぃ? んなもんが薬でどうにかなるのかよ?」
「今や魂は非物質的なものではないよ。心臓や脳と同じ、誰もが持つ当たり前の臓器だ」
幽界現象で生死の境が曖昧になった結果、物質世界にはもう一つ大きな変化が起こった。
魂の可視化である。
それこそ幽霊などは
「
ミソギは幸いあまり五感に影響の無かった方だが、
「効果は強い多幸感と、五感の鋭敏化。名前の由来になった『天国が見える感じ』とはこの合わせ技によるものだ。だが反動も大きく、
「……んじゃ、こいつが見てる夢ってのに意味はあると思うか?」
「どうだろうな。見る夢は人それぞれだ。彼女のように感受性の豊かな子どもであれば、人間であっても強い影響力があるようだが、症状そのものはこれまでと大差がない」
議論が行き詰まる。
「ねえ」
不意に
「へんなにおいがするよ」
指差す先、外で何かが滞空している。
鳥ではないし、虫にしても大きすぎる。
「なんだありゃ、ドローン……?」
ドローンの向こう、対面にあるビルの窓で何かがちかりと光った。
「──やべッ!!」
ミソギが電撃的な反応でフィリスと
「あっ」
残った博士が頭を撃ち抜かれ、穴からバチバチ電気を走らせながらぶっ倒れた。光の正体がスコープの反射と見抜けたのはミソギ一人。遅まきながら、フィリスが慌てた。
「え、えっ!? なんですか!? 誰か撃ってきたんですか!?」
「狙撃だ! くそ、とにかくここから出るぞ!」
「でも博士は……」
「メカの体だ、死んでやしねぇよ!」
病室は無駄に広く、ドアが遠い。しかし狙撃手の大雑把な位置は覚えている。あの窓から射線が通らないように移動すればいいだけだ。二人を連れ、床を
と、ミソギに守られながら、
「たくさんいる」
「はぁ? 何を──うおおッ!?」
足先の床が小さく
顔を半分だけ出して見ると、窓の外をドローンが飛び回り、高感度カメラで室内を
「あいつが目か。誰か知らねぇがめんどくせーモン持ち出しやがって……!」
こっちの位置は完全にバレている。一か八かで飛び出しても格好の的だ。せめて飛び道具があれば──やたら射撃の
と、フィリスが瞳に決意を光らせた。
「私が
「は? おいやめろ、マジで撃たれるぞ!」
「あなたは
「どうでもいいこと気にすんなバカ! 人間は一発撃たれりゃ普通に死ぬんだぞ!」
ああでもないこうでもないと言い合う二人をよそに、ふと
「黄色。きいろい、うさぎ。とばない。足のないうさぎ──」
「あ? おい、ひょっとしてお前またキマって……」
「──脊髄。まぐれあたりの
もう誰の声も聞いていなかった。目の焦点がぼやけ、彼女はここではない景色を見ている。
「ほねかじる」
「ちょっ、
よろけるように足を踏み出し、彼女は物陰から躍り出た。止める暇も無かった。ドローンの目と、姿を見せない無数の狙撃手の前に全身を
一瞬時間ごと止まったような病室で、
「い、今……!」
フィリスの声にミソギも我に返った。チャンスだ。ミソギは左拳を握りしめ、物陰から飛び出して、ドローンをまっすぐに
地獄の
「
放たれた左拳が、彼我の間合いを突き抜けた。
変異により、その腕は瞬間に五メートル以上に伸びる。拳の先が小さなベイパーコーンを
「今だ、部屋を出ろ!」
機械の目を潰され、向かいのビルで何かが動く気配。敵はすぐ態勢を整えるだろう。
狙撃手は、真っ白い仮面を着けていた。
薄暗い廊下に出て一息つく。ひとまず誰も負傷していないのは幸いだ。博士は頭を貫かれたくらいでお
「
「もやし」
「……どうも、敵はこいつを傷付けられねぇらしいな」
偶然ではないだろう。敵は極めて統制された動きで、彼女以外を狙っている。
「
「だろうな。オレらだけ始末してこいつを取り戻そうって腹か。……それと、お客さんだぜ」
病院内に気配。数人の
さっき見た白い仮面が脳裏に
「にしても厄介だな。あいつら、ブギーマンだ」
「ブギーマン?」
「クソホテルの殺し屋集団だよ。表向きはカタギですって顔してるが、
白いマスクが特徴的な彼らは、人呼んで「ブギーマン」。目を付けられたが最後、ラグジュアリーかつコンフォータブルに八つ裂きにされるともっぱらの評判だ。
「でもあの趣味悪ぃドローンは
「……! き、来ます!」
「あ? ああ、おう」
廊下の向こうに白い影。薄暗い中、ミソギの両手両足が妖しく光る。
「ナメられたもんだな。外からならともかく、狭い中でこのオレに
「──えっとぉ、とりあえず病院かなぁって思ってぇ、腕のいいとこ張ってみようってゆー」
クッションを抱き、
『ははぁ、それで見事特定したと。確かにヤク中はとりあえず医者に見せますなぁ。いやお
「いっひひ、もっと褒めろ~」
ヘッドホンからは
起動しているアプリは自作だ。戦場と化した病院の映像がリアルタイムで送信され、院内の正確なマップが出る。ブギーマンと
「そんじゃ室内戦……と。うわすっご無双じゃん。死神ちゃんヒくわー」
正面入り口から突入させた殺し屋は決して少数ではない。ライフルやサブマシンガンで武装だってしている。しかし、マップに記された信号と通信から察するに
(ま、いいけど。そっち本命じゃないし~)
ドローンは一機ではなかった。外を飛びまわる無数の目から、
予定通り、そこから別動隊を侵入させる。最悪死神は始末できずとも「例の積み荷」を確保できれば今回はそれでいい。待機しているブギーマンに合図を送ろうとして、
「……おりょ?」
その信号が次々途絶していく様に、目を丸くした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます