第1章 次は君を喰らう_その1
純喫茶「
一見普通のレトロな喫茶店だが、店員はマスターとウェイトレスの二人しかおらず、しかも両方とも鬼。ミソギのサポートとして、地獄から派遣された獄卒なのである。
この喫茶店こそ、死神の活動拠点だった。
「ウェイトレスさん、頼んでたもん用意してくれたか?」
「は、はい、ちゃんとご用意してございますが……」
「ありがとう。悪ぃけど、席一つ借りるな」
「あ、あのぅミソギ様……ほ、ほんとにやるんですかぁ……」
「仕事だからな。──じゃ、ちょっと開くぜ」
右手を前に突き出す。
『──ぶはぁっ! な、なんだ!? 何が起こったんだ!?』
「よう、
解放された
今の
ここはミソギの拠点だということ。出してやったのにはもちろん、意味があること。
「面談の時間だ。幽体麻薬、エンジェルサイトの出所を教えろ」
その最大の特徴は「
もっとも、この時代でも「天国」の所在は確認できていない。天国から帰ってきたという
『は……知らないねぇ』
「すっとぼけてんじゃねぇぞ。てめぇで扱う商品を知らねぇなんてことがあるかよ」
『そう言われてもこっちは末端だし。言われるままに売人やってるだけなのよ、実際』
「ほー……弱ったなぁ。マジで何も知らねぇの?」
『それはもうなーんにも。残念だったなぁ。ところで体ってホントに消えちゃったの? いやそうなっても死なねぇのはわかってんだけどさ、どうしてくれるわけ?』
「ああ、悪い悪い。もうちょい付き合ってくれ」
ミソギは、ウェイトレスから受け取った買い物袋を
取り出したものを見て、
『は? ……な、何それ?』
「ファ●リーズ。伝統的なスタイルだと塩と清酒だって話だが、そういう聖職者
実はこれでもかなり効く。こっちも最初から素直に吐くとは思っていないのだ。
飛んで逃げようとする
拷問が始まる。
『あっちょっ、なんでこんな消臭剤が!? ぎゃああ熱い熱い熱い焼ける!! 浄化ッ浄化されちまううう!! はぁ、はぁ、ふざけんなよてめぇ、こんなことで俺様のぐああああああ! わかったわかりました吐きます! 吐きまアバッブ!! 緑茶成分んんんんんん!!』
「ひぇぇぇぇぇぇ……」
三十分シュッシュした。搾るだけ搾り尽くせたと思う。筆記担当のウェイトレスは拷問の壮絶さに震え、記述書は後で清書が必要なくらいにはヨレヨレだった。
『はぁ……はぁ……お前は鬼だ……血も涙もねぇ獄卒だ……!』
「バーカ、本職はもっとえげつねぇに決まってんだろ」
言いつつスマホを取り出し、「上司」に電話をかける。
「──あーもしもし
『まだかミソギ? わしはもう待ちくたびれたぞ』
応答するのは、口調に反して若い女の声。彼女との直通回線を持つスマホはミソギ専用の仕事道具で、指示や業務連絡は常に電話かSNSで行われる。
彼女は、地獄の
当年とって二〇三歳、実父より職務を受け継いだ
「わかってますよ、今から送りますって。査定の方しっかり頼んますよ」
『あ、あのぅ、それ何の話……?』
恐る恐る、
「お前の帰る場所は、こっちってことだ」
その
あるのは球状に燃える、熱の無い炎だけだった。
その炎が「ぽっ」と激しさを増し、みるみるうちに
火の渦の中心は、深い深い闇の
一度死んだ者なら、それが何なのか語るまでもなく知っていた。
『待っ──待て、
「──
炎がひときわ激しく輝き、
『あー来た来た落ちてきた。よしよしOKじゃ。ポイントを付けてしんぜよう』
電話越しに
送った魂の危険度に応じたポイントが加算される──オマケの黒服も含めて、八十二。
「八十二万……ん~~~、まあこんなモンかぁ……」
一ポイント一万のレートで報奨金が支払われる仕組みだ。
『さて、これからが本番じゃ。引き続き務めに
「本当にいるんですかね大物なんて。今んとこ
『間違いなかろう。おぬしの台所事情にも直結しておるゆえ、くれぐれも頼むぞ』
炎が消え、
今夜、重大な積み荷が港に運び込まれる──
末端らしく中身までは知らされていなかったようだが、場所と時刻は
「ひとっ走り行ってくるわ。ウェイトレスさん、マスターと留守頼むな」
ミソギは裏の車庫へと急いだ。次の仕事が近い。
そういう
地獄の定員割れかハルマゲドンの前兆か、そもそも無意味な自然現象か。学者や宗教家やオカルティストが後年どう激論を戦わせようが、とにかく事実として、幽界現象は起こった。
夜空にぽっかり生まれたもう一つの月から、大量の「死」が流れ落ちたのだ。
それは血と油と火、
世界的大混乱ののちに死が収まり、赤い月が夜空に居座る頃、何もかも変わり果てていた。
それから十年も
人々は崩壊の起点となったエリアを都市区画ごと閉鎖した。
確かなのは、死人だろうが悪人は悪人ということ。バカもクズも死んでも治らない。
ミソギの仕事は、悪人の魂を地獄へ送り返すことだ。死神などと大仰なあだ名が一人歩きしているが、とどのつまりは、
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