第6章 死神くらい殺してみろ_その4

 砲声、けんげき、断裂する空間。斬撃の決死圏に月の光は届かない。

 ミソギは、空間に無数の亀裂を見ていた。じようがんが暴き出す次元そのものの綻びだ。幽界化を起こした地上はあの世との境界が曖昧になっており、特にしん宿じゆくでは亀裂の数がかなり多い。

 完全に開いたは次元の裂け目を見抜き、開き、干渉することができる。応用すれば──

 亀裂が開く。目の前にいたハイドが消え、真上から殺気。

「っとぉ!!」

 ほたるまるで斬撃を跳ね飛ばし、そこにいたハイドがくるくる宙を舞って、別の裂け目に消える。

 背後。弾き合う。本能的に危機を感じ、反対方向に全力疾走。走り抜ける軌跡を追うようにそれぞれ別の裂け目からつたやりがずごん! どずん! と地面に突き立った。壁と見まがうばかりの剣葉が行く手を塞ぎ、逃げ場がなくなったところで──亀裂を、開く。

 ミソギが飛び込む/過ぎ去る赤い地獄の光景/現世、刃の森、剣葉の間合いの外へ。

「ッ、ふぅ……!」

 呼吸を整え、構え直す。

 転送の制御には、並々ならぬ集中力と精神力を要した。とりもなおさず、を通じて常に地獄と共にあるということだから。

 リミッターを外してからずっと、天地が逆さまになる感覚がある。頭から深い深い穴の底に落ちていくような。同時に震えるようなかんと、喉の渇きも感じていた。深い地獄で死者と混ざり合った目は、それ自体が生者と現世に焦がれる巨大な穴だ。欲求は荒れ狂う波となって思考を侵食する──寒い、光が欲しい、魂が欲しい、お前も来い、落ちろ落ちろ落ちろ落ちろ、

「遅い」

 目の前に、ハイドがいた。

 ぼさぼさするな。猛烈な欲求を理性で捻じ伏せるも、相手の方が一手早い。電光石火の斬撃が肩口をかすめ、血がほとばしる。

「その。持て余すばかりか、そぎじゆうぞう……!」

 生じた隙をい破らんと、ほうじんの嵐がミソギを狙い──

 直前、あおい暴風が吹き荒れた。

 ダルクの機関砲弾が森林を突き破り、ミソギとハイドの間の地面をくした。赤い土が爆散し、濃密な土煙となる。落雷でもあったかのような衝撃だ。ハイドは一瞬前に彼方かなたからの殺気を察知し、撃たれる前に飛び退いていた。

 耳にくっつけた小型インカムから、えた生意気な声が入ってくる。

『ペースが落ちているよ。怖いなら手でもつないでいてやろうか』

「はっ、抜かせよ……!」

 もたつくなど、らしくない。アッシュの援護が正気を取り戻させた。再度、極限まで集中。

 地を陥没させ、ミソギは踏み込む。救済兵装の雷鳴は絶えることがない。

 もはや二人が戦っているのは、「目の前にいる男」ではなかった。

 敵は視界をよぎる影と、森の暗夜を切り裂く亀裂、そこから現れる刃の形をした死だ。小手先のフェイントなど意味も持たない。過程を吹き飛ばしたしゆの世界──全方位に安全圏の存在しない、裂け目と刃と炎と雷鳴の世界に、突っ込む。

 ほたるまるを、いつせん、ハイドは受ける。眼前に冷たいくちばし。飛び込む/刃/スイッチする光景/追う刃、迎え撃つ太刀、斬撃!/──ほうじん、馬鹿馬鹿しい量で空間を圧し/裂け目から裂け目へ、飛んで飛んで飛んで/飛んで/振り抜き/上──いいや右斜め後ろ!/細かく切り刻まれた時間を飛び渡る/ぶち込まれた弾幕が刃を砕き、飛び散るはがねは星にも似る/瞬間/白い影を/切り分けられた森、木々がざわめく/無限反響する音/斬る斬る斬る斬る/弾き砕きさばいて流す/血煙の赤/鉄鉄鉄鉄鉄鉄鉄鉄/ざんとつれつていおうしゆうとうせつばつじゆさいばくせんごうしんだんげきらいほうげきしゆんしいさつ刻々/一瞬/速く/一手、鋭く/切れ間、火/修羅、時、/!/先へ、/先へ先へ先へ──!!

「ここだ……ッ!」

 全身の血を振り絞り、ミソギは、つかんだ。

 超高密度の激戦の中、この軌道なら、この刹那なら、振り抜ける──開ける。

 大太刀『ほたるまる』は、もとより死したる刃。折れた先はずっと地獄にあり、しようを吸って変質している。その刃がじようがんと共鳴し合い、両者の力を高め合う関係にあった。

 赤くけた刃が斬るのはモノだけではない。ハイドが地獄にある刃の森を呼び寄せるなら、けつほうじんには成し得ぬ芸当をこの太刀にて実現する。

 万の刃に対する、ただいつせんくうに触れ、振り抜かれる切っ先は火色の軌跡を描いて。

 斬り/───

 ───/開く!!

 斬撃軌道の形に、次元が裂けた。

 瞬間、裂け目から切り付けるような熱波が噴出した。

 熱は大気に触れると同時に炎となり、眼前の森林を丸ごとむ勢いで荒れ狂った。

 焦熱地獄の炎の海、その最深部を現世につなげ、火炎の津波を巻き起こしたのだ。

 次元を斬り、空間に。それこそが、復元したほたるまるの秘めたる力だった。

 逃げる暇も与えない、前方をはらう情け容赦ない範囲攻撃。急造の裂け目は一秒そこそこで閉じる。炎の斬撃は骨をも残さぬしやくねつの威力を誇り、まともに受ければハイドとて無事では済むまい。そう思われたが──

「──シィッ!」

 上。けんせんの残光を引き、流星のようにハイドが斬り降ろした。炎が収まり、さっきまでハイドがいた場所には捻じ曲がった木々が重なり合っていた。鉄の幹そのものを集め、とつに盾としたのだ。超高熱の炎を受けた鉄の木はどろりと溶解し、その場に崩れ落ちた。

 ミソギは避けたつもりだが、一瞬遅かった。額から顎の左側にかけてばっくり裂かれ、視界の左側が赤い闇に閉ざされてしまう。

「くっ……!」

 飛び退いて顔を拭う。相手も無傷ではない。着地と共に、彼のマスクが二つに割れる。

 立ち上がり、顔を上げたハイドを見て、ミソギは絶句した。

 男には顔が無い。あるのは白と、闇をんだ黒い穴。

 それはしの白骨だった。持って行かれたのだ。ミソギが右目を奪われたように、この男は、血肉を丸ごと冥界に落とした。首を落としても倒せなかった理由がわかった。もうじやの魂に縛られた骨は、けいこつが外れた程度で滅びはしない。

「どうした。づいたか?」

 マスクが割れ、ありのままに響く声は、かれすさぶ空風に似る。地獄から呼び寄せたは、二つの燃える火球となって、空虚ながんの中でごうごうと渦巻いている。

「……まさか。寒そうで大変だなって思っただけさ」

「そうだな。ここは、寒すぎる。火が必要だ。この世を包み込む、あたたかなごうが」

 それでも、生きている。よみがえった魂につなめられるままに。

 鬼畜外道にもうりよう悪鬼羅刹がばつする、泥沼上等の無間地獄。それが、ここだ。十年ここで生き抜いた。を吐いて、撃たれて斬られて殴られてなお死なないゾンビのままで。

 お互いそうだろう。だからこそ止まれないのだろう、魂の燃えるままに。

「世界をもう一度、正しく、殺す。──

「どかしてみろよ。世界だなんだと言う前に、死神オレたちくらい殺してみろ!」

 仮面より無機質な白骨が、一瞬、凶暴に笑ったように見えた。

 赤い満月が、中天でどろりと溶け始める。もはや月としての形を失い、それはこの世に不可逆の変化をもたらす「次の段階」へと進んでいた。

 翼は成長を続ける。この時点で、戦いは三〇〇秒を過ぎていた。


 ダルクが生み出すあおい嵐の向こうに、地獄の炎とはがねと火花が咲き誇る。目もくらみそうな光の乱舞からアッシュは一秒も目をらさない。これは手段だ。この先の一手につなげる──

 がちんっ。

 ついに弾が尽きた。銀の砲弾でぎっしりだったかんおけは一つ残らず空となり、はいきよの高台からやつきようの滝が落ちる。驚くべきことに、それでもほうじんの森を完全に削り切るには至らなかった。

 だが、それで良かった。

 ターゲットスコープの向こう、見晴らしはかなり良くなっている。削られた森はモーセに割られた海を思わせ、そうして作った「道」の向こうに、アッシュは巨大な羽を見る。

「開けた……! 急げ!」

 叫びを、ミソギが聞き届ける。

 目指すは、翼の根源。今も浮かび、呼吸をし続けるくくりだ。


 ミソギが、裂け目に飛び込んだ。/消える/転送/距離を稼ぎ、走る。

 くくりの姿がついに見える。だが目の前の裂け目からハイドが現れた。残った刃を自在に操り、ミソギを圧殺せんとする。このままではくくりをどうにかするなど夢のまた夢だ。

 ミソギだけなら、無理だ。問題は無い。

「出番だぜッ──」

 ハイドを弾き、再び──斬り/開く。

 断裂。開いた切れ間は人ひとり分。

「──飛べ、フィリス!!」

 そこから、フィリスが現れた。

 ハイドを引き受け、けつほうじんを削り、を切り開く。作戦の要はそこにこそある。

 ちなみに──

 自分やモノならともかく、無事にフィリスを転送できるかはぶっちゃけかなり不安なミソギだった。下手をしたらどことも知れぬ地獄の底へたたとしてしまうかもしれない。

 そこで、サポートをする相手がいた。

 彼女は現世のいざこざには基本口を出さない。だがゆうかい現象が起こるかどうかのぎわとなると黙ってもいられず、この一手にのみ力を貸し、距離を隔てた人間の転送を助けた。

 その女はフィリスにオフィスを通過させ、書類仕事をしながら、こう言った。

 ──うちの部下を頼むぞ、西欧の神の遣いよ。

くくりさんっ!!」

 座標は完璧。道は通じた。くくりに飛びつき、フィリスは叫ぶ。

 翼を広げる少女は、その巨大さに反して哀れなほどきやしやでちっぽけだった。しん宿じゆくの荒野には外周から続々と夢遊病者が集まり、風に触れるや形を失い、彼女の一部と成り果てる。

 がわくくりは今や、幾万にのぼるりようの器。血の満月と接続する鍵になっているのか。

 そんなわけはない。

 フィリスは正面に周り、くくりの顔を両手で挟み込んだ。

くくりさん、聞いて! 私の顔を見て!!」

 いきなりの大声に、くくりは寝耳に水という顔をした。

 吸気が止まる。きょとんとしている。くくりはまんまるい目でフィリスを見返して、

「…………フィリス?」

「ええ、そうよ、私! フィリスよ!」

「ミソギも、アッシュも、死んじゃった。……フィリスも、死んじゃったの?」

「ううん、生きてる、ちゃんと生きてるわ! みんな大丈夫だから……!」

「でも、みんな死んじゃったって」

 言って、くくりの目に涙が浮かんだ。

 呼応するように、満月が輪郭を崩した。

「みんな。おとうさんも、おかあさんも。ともだちも……みんないなくなって。だから、呼んであげなきゃって。そうしたらみんな、一緒になれる、から……」

 見開かれたままこぼれるしずくが、フィリスの手までもらした。フィリスは途端に、胸を切り裂かれる思いがした。記憶が曖昧だから何だというのだろう。彼女はずっと、四歳からの十年間、喪失の痛みを抱き続けてきたのだ。

 自分にはその重みの万分の一も実感できないだろう。けれど、確かなことは一つある。

くくりさん。ミソギもアッシュも生きてるわ。生きて、ちゃんとここにいて、戦ってる! あなたが助けてくれたの! 二人とも、あなたのためにここまで来たの!」

 その時、細く鋭い刃のつたが、ミソギとアッシュの猛攻をかいくぐってしなり──

 フィリスの背中を、斜めに切り裂いた。

「フィリス!!」

 叫ぶミソギ。間近で見たくくりは、こぼちそうなほどに大きくを見開いた。

 散った鮮血が頬に付着する。すぐにくくりの表情がゆがむ。自分が斬られたかのように、もたつく両手でフィリスに抱き着いて叫んだ。

「フィリス! フィリス、やだ、やだよっ、もう死んじゃ、あたしっ……!」

「大丈夫」

 けれど、フィリスは笑う。自らの血でれ、激痛に流れる脂汗をそのままに。

「なんてことない。このくらい、みんなと比べたら、大したことないわよ」

「でも、でも──」

「大丈夫。死なない。絶対に、死なないから」

 小さく柔らかい顔に手を添えたまま、フィリスは己の体温をくくりに伝えて。

「だから、戻ってきて。これ以上、友達に、命を奪って欲しくないよ……!」

 ──友達。

 くくりがフィリスを抱きしめ、背中の傷に息を吹きかけると、見る見るうちに癒えていった。

 天使の能力は「呼吸」にある。吸気にて命を吸収するその息は、吐くと転じて生命のぶきとなる。フィリスの顔が安らかになり、緊張の糸が切れて、気を失う。

 くくりはそんな友を優しく抱いていた。やがて、風が止まる。


 ハイドがそれを許さなかった。フィリスを照準し、次のいつせんを──

「これ以上のよこやりは無粋だろうよ!」

 無論、ミソギも読んでいる。ほたるまるの切っ先がハイドの首、けいこつの継ぎ目を狙った。

 直剣で斬撃を弾き、残った刃で一斉に反撃するハイド。斬り/飛び/弾く。きしはがね、結界じみた暴力的なけんげき密度の果てに、最強のもうじやえる。

「これが、正しい道だ。俺の、邪魔を、するな……!」

「知らねえなあ! そういうこた勝ってから言いやがれッ!!」

「……そうさせてもらう!」

 次の一手、正面。誤魔化し無し、全霊を込めた、天をも両断するような下からの斬り上げ。

 ──ぎィンッ!!

 十字にかち合う刃の向こう、燃えたぎる真紅の双眼をにらみ返す。

 斬り結んだ直剣に、葉が、花が、枝が、残るほうじんのすべてが集まる。それはミソギの見ている前で巨大さを増し、一つの巨大な「幹」となった。

ほうじん……貫けッ!!」

 地面を突き破り、芽が吹くように。氷の大地を根が貫くように。下から上へと伸びあがる刃の木が、圧倒的な力をもってほたるまるを押し切る。

 まるで魂の熱量がそのまま噴出したようだ。受け切れなかった。ほたるまるはじばされ、ミソギの体が宙を舞う。揺れる月が視界いっぱいに映る。

 時を切り刻んだ極限の戦いに、ぽっかり生まれた巨大な一秒。

 もう永遠にハイドには追いつけない。刀は手を離れた。今から何をしようにも、その隙に相手は百もの致命打を与えてくるだろう。火の色の裂け目が見える。現れた無尽の刃に己の終わりを見て、ミソギはしかし、らさずに──

 刃の打ち合う、甲高い音を聞いた。

 自分は何もしていない。転がって膝立ちになり、続いて聞き覚えのある声を聞く。

「ミソギ!!」

 うるせえな、だから死神って呼ぶなって……いや、ん?

 神父服カソツクを重くらし、血染めの金髪を振り乱して、男が一人、目の前にいた。

 ハイドと斬り結び、彼を食い止めている。ミソギの手から離れたほたるまるで。

 好きにやれ。僕もそうする──そう言っていたくせに。不意に小さな影が差し、ミソギは半ば無意識に手を伸ばした。使えと言わんばかりに放り投げられたそれはずっしりと重く、けれど意外と、手にんだ。一人では辿たどけなかった、一秒の先のかたち。

 その時、死者は生者の救い、生者は死者の魔具を構える。

「地獄に祈れ、ハイド……!」

 ほたるまるが、ほうじんらい付き。

 第Ⅲ種救済兵装、てんデリンガーが火を噴いた。

 あおせんこうがアッシュの脇をかすめ、ハイドのみぎをぶち抜いて、頭蓋骨を粉砕した。

 火のが揺らぎ、猛烈に膨張する。ハイドの魂が器から解き放たれ、巨大な灰色の炎となって燃え上がっている。ばんこくの気迫を込めて、ミソギは叫んだ。

じようがん! 封印とじろッ!!」

 最後に、ハイドの声が聞こえた気がした。

 しかし次の瞬間には、彼の炎はその一片までもじようがんに吸い込まれていた。ミソギは数歩たたらを踏む。ほうじんの森が破片が主を失い、急速に枯れ、次元の狭間はざまに戻っていく。

 そして、静寂が戻った。


 脱力したミソギの手を、誰かがぐいっと引く。見ると同じく血だらけのアッシュが、表情だけはいつものすまし顔でこちらを見ている。そしてミソギが握りっぱなしだったデリンガーをもぎ取り、代わりにほたるまるを突っ返してきた。

「拾っておいてやったよ。これで貸し借りは無しだ」

「……おう、サンキュな」

 ──勝った。

 みぎに触れる。輝く火が渦を絞り、しゅるしゅると小さくなっていく。ほたるまるの切っ先が薄れて消えていく。後に残るのは、いつも通りのしん宿じゆくの荒野だけだった。

 そうだ、くくりは。

「みそぎ!」

「おぶぅ!」

 見るまでもなかった。いきなり横から小さいのが飛び込んできてミソギは大きくよろける。

 くくりは案外ぴんぴんしていた。飛びつくなりこっちの顔やら肩やらぺたぺた触るわにおいを嗅ぐわ好き放題やって、心底びっくりしたように目を見開く。

「生きてる!」

「生きてるっつの。いや死んでるけど。お前こそ……」

 くくりの翼は残っている。が、さっきまでとは比べ物にならないほど小さくなっていた。天を突くほどだったものは今やリュックの飾り程度にまで縮まり、ぱたぱた動いている。

「これ、大丈夫なのか? 気分はどんな感じだ?」

「ん……」くくりは翼をはためかせ、「だいじょうぶ。……前より、頭、はっきりした感じ。今までのことも、ちゃんと覚えてるよ」

 少し遅れてフィリスが合流した。服はボロボロだが傷一つなく、健在そのものだ。アッシュは表情ひとつ変えず、神父服カソツクをかけてやる。「あ、どうも……」とだぼだぼの神父服カソツクを羽織り、なんとなく微妙な空気が流れたところで、くくりが口を開く。

「『とり』は……どうなったの?」

 誤魔化すつもりは無い。答えなくてはならないことだ。

「倒したよ。……オレが地獄に送った」

 みぎは静かそのもの。ミソギの返答に対する反応は三者三様だった。アッシュはさしたる感慨も見せず、フィリスはほーっと身の縮むようなため息をついて。

 くくりは、ミソギの答えをゆっくりゆっくりとくだいて、

「……そっか」

「おう」

「とりは、言ってたよ。みんな平等になる。みんなと会えるようになるって」

「……そうだな」

「けど、そうはならなかったんだよね」

「ああ、ならねぇ。この世はこれ以上混ざったりしねえ」

「うん。……」

 言って、また少し黙り、

「これでよかったんだと思う」

 つぶやきは独白のようだった。ここに至るまでのあの男の軌跡を他の三人は知らない。ただその凶行の断片を知るのみで、つかの交錯の他には、名も素顔も知らないのだ。

 唯一、十年を共に過ごした少女とて、その心の内をどれほど知っていたか。

「……だけど、」

 地面が揺れた。

 全員たたらを踏む。上空から生ぬるい風が吹いて地表をめる。風は、腐臭がした。

「なんだ……!?」

くくりさん、私から離れないで!」

 構えなおすミソギ。まだ敵がいるのか。体は動くか、じようがんはまだ使えるか──と周囲を警戒するが、自分たちの他には誰の姿もない。

 最初に気付いたのは、銃を保持したアッシュだ。

「…………上だ」

 見上げてミソギは凍り付く。十年前からずっと、脳裏に焼き付いた赤。

 血の満月が、まだ溶け続けている。

 ハイドとの戦いが始まって、この時点で、ちょうど六〇〇秒だった。

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