第6章 死神くらい殺してみろ_その3
〇
天を
この世が最も冥界に近付く夜、血の満月がより赤黒く脈打って見えた。あちら側も近付いてきている──逆巻く風に
不意に、風の音が変わった。
ハイドはマスクから手を離す。何か小さなものが風を切る音。飛行機よりは小さい。空の
「『
抜き、放つ。
空中にボッ、ボッと断続的に咲く、鮮烈な
向かってくる。形は人、曲芸のように回転しながら、確実にこちらを照準している。
「──ハイドォッ!!」
ハイドは直剣の柄を巧みに操り、誘導ミサイルのような跳び蹴りを受け流す。激しい火花が散り、そいつは半回転して着地、地を踏みしめてハイドと相対した。
「ぺっ、ぺっ。クソが。飛行機ってのは落ちるモンなのか?」
「……来たか」
すぐさま剣葉が主のもとに戻り、月明かりを跳ね返しながらゆらゆらと回遊する。
「一つ聞いておきたい。
「仕事なんでな。……こっちも一つだけ確認したいことがある」
実のところ、ずっと頭の隅に引っかかっていた。
「『世界を救う』ってのは、ありゃどういう意味だ?」
幽界現象が、世界を救うものであってたまるかとミソギは心から思う。結果がこの荒野ではないか。こんな
問いを受け、ハイドは短く答えた。
「すべてを、平等にすることだ」
「なに……?」
「十年前の幽界化は、不完全だった。
ハイドは直剣を真横に伸ばした。この世に引かれた「こちら」と「あちら」の境界を、己が剣一本で切り分けるように。
「一度境界が破綻したからこそ、人間はより強固な境界を敷いた。生者と死者を『違うもの』とし、二つを決定的に分断した。
声には静かな熱があった。氷のようだった声に、確かに芯が通って聞こえた。たとえ
「『全員生きる』ことと『全員死ぬ』ことに、本質的な差は無い。悲劇とは、そうならなかった側がただ一つでも存在するからこそ発生する」
悲劇といえば、この世の状況が悲劇そのものだ。
この十年、世界中を渡り歩き、ハイドはそれを見続けてきたのだろう。地獄に落ちた
今更異を唱えるつもりは無い。共感もしない。ああ、だからこそ、この男は止まらないのだと確信を深めるだけだ。ミソギがなんとしてでも生き返ると決めたように、ハイドもなんとしてでも世界の全殺しを決意した。
「そうかい。全然わかんねぇってことがよーくわかったぜ……!」
ハイドが、マスクの奥に光を生み出し、
「俺は、正しい。──止めてみろ」
両眼を開く。
刹那、ミソギを包囲する形で「裂け目」が生まれた。
前後左右上下からノータイムで刃が生まれ、開花した剣が三六〇度から標的の解体にかかる。
一瞬
ミソギは、
既に
紫電が
ハイドは数メートル後方に立っていた。こちらも
「へっ……。初めて飛んだが、案外うまくいくモンだな」
むしり取った眼帯がひらひらと落ち、赤い砂に埋もれる。
二人、火の色をした地獄の目が、距離を隔ててかち合った。
どちらも
その性質上ほんの一瞬地獄を経由する必要があるが、
右腕と同化した
半ばから折れているため本来より短い、
「『
視界の右半分が、真紅に染まる。
リミッターを外した
真の姿は、一振りの大太刀だった。
総長四尺五寸、刀身三尺三寸あまり。刀身の
「
対するハイドは冷静沈着。逆手に持ち直した直剣を真下に向け、生まれた裂け目に突き込んで、彼が持ちうるすべての「刃」を解放する。
「
荒野に、鉄色の「森」が生まれた。
十や二十ではない。百でも千でも足りやしない。すべて鋭く研ぎ澄まされた刃の木が、黒々と生い茂る花と葉を伴い、次元の裂け目から次々と次々と絶え間なく生え出て二人を月明かりも届かぬ森に閉ざす。
まるで
「こいつが全力か……!」
ようやく見えた全貌に、いっそ痛快な気分で吐き捨てる。
「二人。六六六秒」
ハイドのカウントが始まる。人数は先刻ご承知か。ミソギは耳につけたインカムに叫んだ。
「行くぞアッシュ! 手数は任せた!!」
アッシュの降下地点はおおむね予定通りだった。空飛ぶレイスが撃墜される直前、ご親切に積んであったパラシュートを使い、荒野の一点に着地する。今立っているのは、墓標のように突き出た高台。形からして崩壊したビルの一部だろう。
こちらからは
「……信じているとは言わないよ。好きにやれ。僕もそうする」
首輪で応答し、通信を切った。あとは、互いのやるべきことを成すのみだ。
大地は荒れ果て、空には白い
任務は変わらず、過去は拭いがたく胸に残る。その上でなお、アッシュは自分自身の気持ちで、
だからこそ。
「攻撃目標、
待っていたというように、血の満月を機影が横切った。高速で空域に突入したアナテマのステルス輸送機はカーゴベイのハッチを開き、空中からコンテナを投下。取り付けられた衝撃緩和用の逆噴射ロケットを噴き、一瞬の滞空の後、コンテナがばらけて中身が落ちる。
十字架の形をした、見上げるほど巨大な塩の塊だった。
座標ぴったりだ。どごんっ! とアッシュの目前に塩が落下。見る見るうちに崩れ去り、風に吹かれて散っていった。
中から現れるのは、銀に光る兵器。アッシュの、アナテマの、もうひとつの切り札である。
「第Ⅰ種対
全長六メートル四〇センチ、本体重量二八〇キロ。大型油圧式モーターに
ずらりと並ぶ巨大な
決意と共に祈りを
「──この世ならぬ
引く。
狙うは刃の森。大型機関砲用の聖別された三〇ミリ口径純銀弾が、生い茂る無尽の刃に真っ向切って
「毎分三九〇〇発の機関砲弾の嵐。斬れるものなら、斬ってみろ……!」
パワーアシストをもってしても殺しきれぬ反動。足場が揺れ、古びた鉄筋コンクリートの表面が
ターゲットスコープの向こう。銃火が、火花が、
森そのものが、燃え立つように
木々の切れ間に
──自分で決めたことを、やり通すだと?
雨の中の言葉を思い出す。いつか姉の言った言葉と、それが重なった。
──妙な
「!」
アッシュの周辺に、光る裂け目が生まれる。ハイドの生んだものだった。
中から剣葉が飛び出した。
襲撃をやりすごし、アッシュはすぐさま銃座に戻った。ハイド本体にはミソギが当たる。あの目を持つ男と真っ向切ってやり合えるのは、同じ目を持つ自分だけだと、
「いいさ。どこまで馬鹿を通せるか、見せてみろ、死神……!」
──けど、久しぶりに、悪い気分じゃないんだ。
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