第6章 死神くらい殺してみろ_その2
〇
くん、と
「…………みんな?」
「時間だ。始めるぞ」
「でも、みんなが。あたし、このにおい、知ってるような──」
ハイドは
乾いてなお色濃い、ミソギとアッシュの血の臭いだった。
「あ──あ、あっ、あぁ……っ」
「心を落ち着けろ。お前になら、全員を助けることできる」
血がスイッチとなって、
「家族に会いたいか?」
「かぞ、く? ──おとうさん? おかあさん……?」
「お前ならば可能だ。望み通り、幽明の区別なく、みんなに会うことができる」
みんな会う、みんな助ける。その意味を
そうか、この体で、できることをすれば、と。
「ご無沙汰ですだコラァッ!!」
叫び、ミソギがラウンジのドアを蹴り開けた。続いてフィリス、
「……っておい、なんだこりゃ……!?」
広々としたラウンジには、奇妙な石像ばかりが並んでいた。
あたかも
「……魂を失った
アッシュもミソギも、そうなった
「いやしませんよ、もう! とっくに出発済みでさぁ!」
冷たい風が吹く。見ると東側の大窓が開き、ドアからの空気の流れがそちらに通じている。
「まあこっちも最悪の事態を想定しちゃいたんですよ。なんせおたくらはあたしの予想を裏切りまくってきましたからね。だから、万が一ここに踏み込まれるかもと思って、ハイドと天使だけ先に行かせといたんですわ」
会議室でのフィリスの言動がブラフなら、
「ほうら、月が昇ってきた。特等席だ。どうです、変わる浮世を
今頃どこにいるのか。高層ビルの立ち並ぶ
アッシュは
「
「ちょっと待ってろ。今、考えてる──」
遠くを見渡そうにもビル群が邪魔をする。そこでミソギは割れた窓から身を乗り出した。
あれではない。別の人の流れを探す。
ホテル前の大騒ぎは意にも介さず、ただただ歩き続ける夢遊病者の群れ。
──まるで何かを目指すように歩いていた──
病院で聞いた博士の話を思い出す。なら、あれは何を目指しているのだろう。フィリスの通信越しに聞いた
彼らが歩く向きを確かめ、
十年前、ミソギはたまたまそこにいた。今や大部分が更地と化し、普段は誰もが恐れて近付きもしない、
「……
〇
何千何万もの夢遊病者が一点を目指す。
彼らが目指す
地獄の大地だ。幽界化の爆心地は、その環境自体が冥界に限りなく近い。
──すぅぅうううぅぅぅうううぅうぅうううっ──
そんな中、悲鳴のように細く息を吸い続ける、
翼は成長していく。高く高く伸び、その翼端で中天を突こうかというほどに。
血の満月が意思を持つように応じた。この世のものならぬ満月は天体の常識をも無視し、普通は考えられないペースで上昇を続け、不気味なほど速く天蓋の頂点を目指す。
その赤が、
どがんっ! とホテルにまた新たな壁を開け、レイスが夜気を切り裂いた。
「どけどけ
もう
「数が多すぎるな。撃ち抜きながら進めばましか……」
脇道を探す時間も惜しい。
『困っているようだなミソギ!』
「博士? あんたほとぼりが冷めるまでどっか隠れてろっつったろ」
『まあそう言うな。実はその車には発信機が仕込んであり、私の端末にリアルタイムで位置を伝えるようにしてあるのだ。多数の
人の車に何してくれてんだと思ったが言わない。助言があるなら
『安心したまえ、レイス飛行モードを使えばよい!』
「ああ、そうだな。地上からじゃ間に合わ」
そこまで言ってミソギは「ん?」となった。
「…………飛ぶのコレ?」
『なんのために私が手を加えたと思っている。ばっちり改造済みであるぞ』
「人の車に何してくれてんだてめーッ!!」
『いいから聞きたまえ! 運転席のサンバイザーの裏に大きな赤いボタンがある!』
本当にあった。なんてこった。
『操作は簡単だ。思いっきりアクセルレバーを踏み、最高速に達した瞬間にそれを押せ! すると貴君の黒い
切った。
相談するまでもない。
ギアをバックに入れ、助走距離をたっぷり取る。シートベルトを締め直す。目指す方角を確かめて、ミソギはハンドルを、アッシュは助手席のアシストグリップを握る。
「──
蹴り潰すように、アクセルレバーを踏みしめる。
急激なG。スピードメーターがものの数秒で一〇〇を超過。ネオンが光のラインとなり、
スイッチオンと同時に、車体が変形した。
左右にウイングを展開。ジェットエンジンの爆発的噴射。加速する翼が風を
「うおおおおおおおおおおおおおおっ!?」
「機内上映は『アルマゲドン』がいいな」
ちなみに
孤立無援である。ホテル内の部下は、去っていった二人に「ついで」でぶちのめされて見事全滅。外は外でさっきからてんやわんやだ。
外の大騒ぎを聞きながら、
「余裕しゃくしゃくですなぁ。もう勝ったつもりですかい?」
「まさか。まだまだこれからです」
ここから先は彼女の側か
「お嬢さん。あたしにはね、夢があるんですわ」
暇に飽かして落とした言葉を、フィリスは黙って受け止める。
「商いを。もっともっと商いを。金金、どんどん金を金を、ってね。地獄の沙汰も金次第だ。命に価値が無くなったこの世じゃ額面だけが真実でさ。そいつが膨らんでいくのを見るのがあたしは心から楽しい。そいつを極めて、果てを見たいと思ってるんです」
「……あなたの野望を否定はしません。今となっては、それも人間の在り方だと思います」
「そりゃどうも。んなら、どうして邪魔を? なんぞ夢でもおありなんで?」
「大きな夢はありません。私は、今日や明日を必死に生きるだけです」
空になったカップを置き、フィリスは落ち着き払った様子で答える。
「だから、その生き方ひとつひとつに恥じない自分でありたいと思っています」
「にしちゃあ怠けていらっしゃる。本番はこれからなんじゃありませんかい? 男二人に鉄火場に行かせて、こんなとこで茶ァ飲んでる自分は恥ずかしくないんで?」
まさか──フィリスは小さく首を振った。
もう、覚悟は決まっている。
「次の出番を待ってるんですよ」
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