第6章 死神くらい殺してみろ_その1

 油絵のように毒々しい夕焼けが空に満ちる。

 でんどうはそのままだった。放置された燃え跡が、ゆうで長く黒い影を伸ばすばかり。

 一方、博士の地下ガレージはもぬけの殻だ。人影も機材や荷物も消え、もう何も無い。

 時はゆっくりと夜に落ちていく。血の色をした真円が昇るまであとわずか。

 壊されたバス停の、誰かが置き忘れたラジオから、今日も最新情報が垂れ流される──


 フィリスがホテル・ブギーに招待されたのは、午後六時ごろだった。

 送迎用のリムジンカーから見える街並みは物騒の一言だった。ただでさえ賞金狙いの武装したもうじやあふれているのに加え、ホテル周辺はものすごい。ヤードセールが金に飽かせてそろえた高価な装備に身を固め、手下どもが万全の防備を固めている。

 一方で丸腰の夢遊病者も数え切れないほどはいかいしていて、血の満月を前にしたとうきようは二極化されたいっそう異様なありさまとなっている。

「──やーやーどうもどうも。初めまして、ぶちるいってモンです」

「フィリス・カタリナ・フォークスです。……よろしく」

 ヤードセールの主は予想より若かった。フィリスはホテル一階西側にある完全防音の会議室に通され、緊張の面持ちで座っている。

「堅苦しい前置きは抜きましょ。──お嬢さん、例の二人を売るってのは本当で?」

「……はい。私、もううんざりなんです。いつもいつも危ない橋ばかり渡って、あんなのじゃ命がいくつあっても足りません。ほとほとあいが尽きました」

「はっはっは、災難でしたなぁ! けどま、外はご覧のありさまですのでね。ご安心を」

 会議室にいるのはぶちとフィリス、それから三人の護衛のみ。みんな改造もうじやで、三つ子のターミネーターみたいな屈強なトリオがフィリスの背後を固めている。

「良かったです。……それじゃあ、彼らの情報を渡せば、賞金はいただけるんですね?」

「よござんす。それでは早速──」

 話の先を促すぶちに、フィリスは「その前に」ともつたいつけた。

「結局、ハイドはどうやって幽界化を起こすつもりなんですか? がわくくりと何か関係が?」

「あらま。どうして今そんなことを?」

 笑顔のまま、質問を返すぶち。山なりの目が薄く開かれてフィリスを見ている。

「……実は私も、一枚みたいと思っていまして。お金になることなんでしょう?」

「ほほぉ。じゃ幽界化が起こってもいいんですかい? あんた人間でしょ。怖くないんで?」

「お互い様でしょう? 私からすれば、あなたにこそ同じことを聞きたいですよ」

 地上はまだ人間の比率の方が多い。これがひっくり返ったら、生きた人間はいよいよ絶滅してしまうかもしれない。命ある者なら恐れるのが普通だ。フィリスだって怖い。

 だが、ぶちは「まさか!」ときっぱり否定した。

「あたしゃ商売人ですんでね。もうじやにはもうじや向けの商いをするまで。つまり、世界中がとうきようみたいになりゃあ──ヤードセールが、世界に打って出られるわけですわ」

 ぶちの態度はいささかもぶれない。何の力も持たず、一つきりの命と己の手腕のみでここまでのし上がった人間の語る野望には得体の知れない説得力があった。

「で、あんたはそんなあたしらと、一緒に商売をしたいと。そう考えてよろしいので?」

 圧倒されかかったところで気を取り直し、フィリスは気丈に「はい」と答えた。

 ぶちはにっこり笑って、手短にすべてを説明した。

 ラウンジの天使、ハイドの狙い──フィリスはたまらず絶句する。

「……くくりさん……っ」

「おや? 今さらショック受けるんですかい?」

 フィリスは「しまった」と思った。話しながら相手はこちらの反応をつぶさに観察していたのだ。一時期とはいえ共に生活していた少女の現況を聞き、どんな表情を見せるのか。

「あんた言いましたな。死にたくない、金は欲しい、と。自分が見捨てた小娘の話を聞いてあわれんでみせるなんざ、ま~なかなか趣味がおよろしい」

「そ、それは、予想以上だったから」

「あ、そうそう。実はね。例の二人、もう捕まってるんですよ。アジトが見つかりましてね」

 いきなりぶちが切り込んできて、フィリスの頭は真っ白になった。

「え!? そんな、うそ、みんなもう出て行ったはず──」

「はいな。うそです」

 とつに口を手で押さえるが、手遅れだった。ぶちは愉快なおもちゃをいじるような顔。

「ほら、また慌てた。いけませんぜそんなことじゃ。おおかたこっちの情報でも聞きだしてやろうとしてたんでしょうが、準備不足でしたな。──あんたはお仲間としてでなく、やつらへの人質として使います。あんなのでも一番の不確定要素ですからね」

 背後の護衛が銃を抜く。防音があだとなり、いくら声を上げても悲鳴は外に聞こえない。

 フィリスは縮こまってうつむき、ぽつりと、

「今、何時ですか?」

「六時半ですな。もうすぐ予定の時間です」

「……外、どうなってるでしょうね」

「さてねぇ。こっからじゃ聞こえやせんし。ま、いつも通りでしょ」

「…………ミソギが、一人一億はケチだと言っていました。もっと出せなかったんですか?」

 ぶちの片眉が動いた。

「……なんですと?」

 いきなり壁がぶち抜かれた。

 れきが散弾のように飛び散る。黒光りする死神の車、レイスが突っ込んできたのだ。

「……お前ら! 小娘を奥に!」

 レイスはぶちの指示より速い。突っ込んできた勢いのままドリフト。車体左側面がぶちたちを向く一瞬、助手席の窓から銀の銃が飛び出す。

 一、二、三発、立て続けに放たれたあおい光はすべて護衛の眉間をぶち抜いた。

 電光石火の早業。男たちは機械部分を残して塩となり、平然とするのはフィリスのみ。

 レイスから男が二人降りてくる。片や半分白髪の改造もうじや、片や金髪美男の武装神父──

「フィリスお前後半ボロ出しすぎだろ。だいぶヒヤヒヤしたぞ」

「いや、悪くない。時間稼ぎには上々だったよ。これで全部聞かせてもらった」

 武装神父、アッシュが首元の首輪を見せる。通信機も兼ねるこの装備は、フィリス側の小型端末からリアルタイムで話を送っていた。

 だが、そこから急行したとしても話がおかしい。ぶちは緊張の面持ちで二人を見比べる。

「……っかしいなぁ。お外にゃ番犬がわんさかいたと思うんですがねぇ……」

「あれが聞こえなかったのかい?」

 防音壁の穴から、今さらのように大騒ぎが聞こえてきた。暴動か、はたまた戦争でも始まったか。潰し損ねた反抗組織でもあったのだろうか。

「あんたラジオ聞く方か? オレ結構この番組気に入っててな、一緒にどうだ?」

 ミソギは窓から運転席に手を突っ込み、ラジオの音量をぐーっと上げた。

『こちらとうきようスリーシアター・ラジオ! お相手はわたくし、ええい前置きはいいっ速報っ速報ですっ! あの二人の賞金が解除、というか、買われました! 以前の賞金以上の金額で丸ごと首を買われたのですっ! 買ったのは内在住のまくらもりすいさん十七歳、金が欲しければ二人の代わりに自分を捕まえてみろとのこと! 総額は──』

 速報が出る頃には、街頭モニターの表示が一変していた。

 ヤードセールの作った画像をベースに、星やハートやネコミミ増し増しのポップにデコった二人の画像。額面の数字を思いっきり上書きしていわく──

『一人十億+合わせて二十億!! スイちゃんタッチしたらまとめてあげちゃう☆』

 一方、ホテルの外は大変だった。大挙して押し寄せたもうじやどもが警備を押しのけ、あちこちで雪崩が起こり、誰彼構わず発砲され、敵味方わからない大乱闘へと発展してしまう。

 大行列の先頭には、ぷっぷか走り回るド派手な改造ワーゲンバス。

「あはははははははっ!! 鬼さーんこーちらーーーーーーーーーーっ!!」

「わ、わ、皆さん並んで! 押さないでぇっ! ……って並ぶ意味ないんでした!!」

「いやはや、なつかしいですなぁ。いつかの『ええじゃないか』を思い出します」

 ハンドルを握るのはすい。後部座席にはマスターとウェイトレス。山と積んだ札束をばらいて、ハーメルンの笛吹きよろしくもうじやどもをここまで誘導していた。

 これはすいくだんの「趣味」でめ込んだ金である。

 それにしたって二十億はすごい。どうやってこんな大金を工面したのか聞くと、ハイドが片っ端からぶっ潰したおおだなの金庫を暴いたらすぐだったという。ハイドにはさっぱり金に執着がなかったためやりやすかったし、他のハイエナを出し抜くのも楽しかったと。これも現金至上主義のとうきようだいだとか。

 本来なら死後の財宝に加える予定だったが、すいは語った。

 ──とうきようを面白くするためのお金だもん。今使った方がいいなら、パーッとやっちゃう!

「踊れ踊れーっ! 追いついてみろーーーっ!! あはははったーのしーーーーーい!!」

 ご覧の通り、持ち主はたいへん楽しそうなので全部オーケーである。

 ラジオからはDJチョイスのヤケクソなロックナンバーが流れていた。あっという間に形勢を逆転され、ぶちは背もたれに深く身を預けた。

「おうフィリス、なんか言ってやれ」

「え!? わ、私が!?」

 男どもの視線が集まる。もうじやの誘導がすいの案なら、ぶちとの駆け引きはフィリス自身の申し出だった。すべて彼女の狙い通りだったということになる。えっと、えっととまごついて、なんとか一言思い浮かんだ。

「ざまみろ」

 天井を仰ぎ、ぶちは観念したように両手を上げた。

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