第6章 死神くらい殺してみろ_その1
油絵のように毒々しい夕焼けが空に満ちる。
一方、博士の地下ガレージはもぬけの殻だ。人影も機材や荷物も消え、もう何も無い。
時はゆっくりと夜に落ちていく。血の色をした真円が昇るまであとわずか。
壊されたバス停の、誰かが置き忘れたラジオから、今日も最新情報が垂れ流される──
フィリスがホテル・ブギーに招待されたのは、午後六時ごろだった。
送迎用のリムジンカーから見える街並みは物騒の一言だった。ただでさえ賞金狙いの武装した
一方で丸腰の夢遊病者も数え切れないほど
「──やーやーどうもどうも。初めまして、
「フィリス・カタリナ・フォークスです。……よろしく」
ヤードセールの主は予想より若かった。フィリスはホテル一階西側にある完全防音の会議室に通され、緊張の面持ちで座っている。
「堅苦しい前置きは抜きましょ。──お嬢さん、例の二人を売るってのは本当で?」
「……はい。私、もううんざりなんです。いつもいつも危ない橋ばかり渡って、あんなのじゃ命がいくつあっても足りません。ほとほと
「はっはっは、災難でしたなぁ! けどま、外はご覧のありさまですのでね。ご安心を」
会議室にいるのは
「良かったです。……それじゃあ、彼らの情報を渡せば、賞金はいただけるんですね?」
「よござんす。それでは早速──」
話の先を促す
「結局、ハイドはどうやって幽界化を起こすつもりなんですか?
「あらま。どうして今そんなことを?」
笑顔のまま、質問を返す
「……実は私も、一枚
「ほほぉ。じゃ幽界化が起こってもいいんですかい? あんた人間でしょ。怖くないんで?」
「お互い様でしょう? 私からすれば、あなたにこそ同じことを聞きたいですよ」
地上はまだ人間の比率の方が多い。これがひっくり返ったら、生きた人間はいよいよ絶滅してしまうかもしれない。命ある者なら恐れるのが普通だ。フィリスだって怖い。
だが、
「あたしゃ商売人ですんでね。
「で、あんたはそんなあたしらと、一緒に商売をしたいと。そう考えてよろしいので?」
圧倒されかかったところで気を取り直し、フィリスは気丈に「はい」と答えた。
ラウンジの天使、ハイドの狙い──フィリスはたまらず絶句する。
「……
「おや? 今さらショック受けるんですかい?」
フィリスは「しまった」と思った。話しながら相手はこちらの反応をつぶさに観察していたのだ。一時期とはいえ共に生活していた少女の現況を聞き、どんな表情を見せるのか。
「あんた言いましたな。死にたくない、金は欲しい、と。自分が見捨てた小娘の話を聞いて
「そ、それは、予想以上だったから」
「あ、そうそう。実はね。例の二人、もう捕まってるんですよ。アジトが見つかりましてね」
いきなり
「え!? そんな、うそ、みんなもう出て行ったはず──」
「はいな。
「ほら、また慌てた。いけませんぜそんなことじゃ。おおかたこっちの情報でも聞きだしてやろうとしてたんでしょうが、準備不足でしたな。──あんたはお仲間としてでなく、
背後の護衛が銃を抜く。防音が
フィリスは縮こまってうつむき、ぽつりと、
「今、何時ですか?」
「六時半ですな。もうすぐ予定の時間です」
「……外、どうなってるでしょうね」
「さてねぇ。こっからじゃ聞こえやせんし。ま、いつも通りでしょ」
「…………ミソギが、一人一億はケチだと言っていました。もっと出せなかったんですか?」
「……なんですと?」
いきなり壁がぶち抜かれた。
「……お前ら! 小娘を奥に!」
レイスは
一、二、三発、立て続けに放たれた
電光石火の早業。男たちは機械部分を残して塩となり、平然とするのはフィリスのみ。
レイスから男が二人降りてくる。片や半分白髪の改造
「フィリスお前後半ボロ出しすぎだろ。だいぶヒヤヒヤしたぞ」
「いや、悪くない。時間稼ぎには上々だったよ。これで全部聞かせてもらった」
武装神父、アッシュが首元の首輪を見せる。通信機も兼ねるこの装備は、フィリス側の小型端末からリアルタイムで話を送っていた。
だが、そこから急行したとしても話がおかしい。
「……っかしいなぁ。お外にゃ番犬がわんさかいたと思うんですがねぇ……」
「あれが聞こえなかったのかい?」
防音壁の穴から、今さらのように大騒ぎが聞こえてきた。暴動か、はたまた戦争でも始まったか。潰し損ねた反抗組織でもあったのだろうか。
「あんたラジオ聞く方か? オレ結構この番組気に入っててな、一緒にどうだ?」
ミソギは窓から運転席に手を突っ込み、ラジオの音量をぐーっと上げた。
『こちら
速報が出る頃には、街頭モニターの表示が一変していた。
ヤードセールの作った画像をベースに、星やハートやネコミミ増し増しのポップにデコった二人の画像。額面の数字を思いっきり上書きして
『一人十億+合わせて二十億!! スイちゃんタッチしたらまとめてあげちゃう☆』
一方、ホテルの外は大変だった。大挙して押し寄せた
大行列の先頭には、ぷっぷか走り回るド派手な改造ワーゲンバス。
「あはははははははっ!! 鬼さーんこーちらーーーーーーーーーーっ!!」
「わ、わ、皆さん並んで! 押さないでぇっ! ……って並ぶ意味ないんでした!!」
「いやはや、
ハンドルを握るのは
これは
それにしたって二十億は
本来なら死後の財宝に加える予定だったが、
──
「踊れ踊れーっ! 追いついてみろーーーっ!! あはははったーのしーーーーーい!!」
ご覧の通り、持ち主はたいへん楽しそうなので全部オーケーである。
ラジオからはDJチョイスのヤケクソなロックナンバーが流れていた。あっという間に形勢を逆転され、
「おうフィリス、なんか言ってやれ」
「え!? わ、私が!?」
男どもの視線が集まる。
「ざまみろ」
天井を仰ぎ、
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