CASE-03 激ヤバ〇〇〇のわくわくコンビニフード
【CASE-03 激ヤバ〇〇〇のわくわくコンビニフード】
数日後、なんと死神から連絡があった。
「飯の取材がしたけりゃ面白ぇ奴がいるぞ(笑)」――とのことである。ただし突入にあたってはいくつか条件があった。
ひとつ、絶対に「女の方」に話しかけること。
ひとつ、絶対に「男の方」には近付かず、目も合わせないこと。
ひとつ、とにかく絶対の絶対に「女を取材して男には関わらない」こと。
三つとも同じことを言っている気がしないでもないが、何はともあれ「男」はヤバいらしい。つまりは男女のコンビなのだろうが、居場所以外にろくな情報は得られなかった。
だが、やるなと言われればやりたくなるのが人の性だ。
更に言えばこの番組は「ヤバい奴」を取材するのが趣旨。ビビって安全策を取っても取れ高は知れたものに違いなく、だからこそ私は敢えて最初に男の方に当たった。
それがいけなかった。
「十秒やる。君の目的と所属と仲間の数を洗いざらい話せ」
ものを言う間もなく組み伏せられた。後頭部に冷たい銃口が押し当てられているのを感じる。
どう考えても冗談が通じる相手ではなかった。私が「テレビ東凶のディレクターでかくかくしかじかの取材をしています」と必死に訴えると、その金髪碧眼の恐るべきイケメンは「ふん」と鼻を鳴らす。
「隠語か。亡者の分際で一丁前に符牒を使うとは、僕も舐められたものだね。――じゃあ『一秒』だ」
ぐぐっ、と私の左手小指に圧がかかる。それで「十秒」の意味がわかり慄然とした。
この男の言う十秒とは、「私の手の指を全部へし折るごとに使う一秒」のことだ。
「――〇〇〇〇! 何をしているんですか!?」
やられる――そう思ったところで、少女の声が横入りした。
そこから私の頭越しに軽い言い合いが起こり、ふっと体にかかる重みが消える。見れば黒装束の男は私から離れ、椅子の上で足を組んでいた。
「ごめんなさい。大丈夫でしたか?」
手を差し伸べるのは、長い金髪の少女。彼女がどうやら、死神の言う「女の方」のようだと気付いた。
少女は仮に『P』とする。人間である。どうやら国外からここに来ているようだが、その詳しい目的、所属などは秘密とのことだった。
男の方は自ら名乗ることはなく、尋問が失敗に終わってからは一言も言葉を発しない。先ほどPが呼んだのは愛称の類なのだろうが、その頭文字を取って仮に『A』としよう。
場所は〇〇の某住宅街。奥まった場所にある彼らのアジトは、普段なら足を踏み入れようとも思わない〇〇と〇〇〇〇〇だらけのエリアにぽつんと存在した。
件の死神から紹介を受けたと語ると、Aはわずかに眉根をひそめ、素人目にもそれとわかる濃厚な殺意を醸し出した。
「……それはそれは。後でたっぷり『礼』をしてやらないとな」
怖いので見なかったことにする。
聞いた通り、Pは話のわかる相手だった。死神の紹介というところでいくらか警戒をやわらげ、番組の説明を大人しく聞いて、いくつか条件を付けた。
「――私たちの顔と名前は隠し、一部用語には検閲を入れてください。どこを伏せるかはこちらで指定します。我々の所属、目的、居場所などが特定されるような情報は一切明かしません。編集した映像は事前に確認し、私とAの両者がOKを出した場合に限りオンエアを許します。それでいいですか?」
不満は無い。が、もし破った場合は――と確認を取ると、
「テレビ東凶ディレクター、
Aが、彼には渡した覚えのない名刺をひらひらさせてそう言った。いつの間にか財布と名刺入れを抜き取られていた。
「――ここから先は、君の想像力の問題だな」
おほん――と咳ばらいをするP。とりあえず財布と名刺入れは返してもらったが、Aの言葉を否定しなかったのはつまり「そういうこと」だろう。彼女も、可能な限り穏便に事を進める努力は惜しまないが、「最悪のケース」も想定していないわけはあるまい。
細心の注意を必要とするが、ひとまず条件付きで取材が許された。Pは食事の買い出しをしていたようで、タイミング的にもばっちりだったことがわかる。
その前に、さっきから気になっていたことを尋ねる。
――そのTシャツは?
「これですか? 駅前の土産物屋で買ったものです。漢字はまだよく読めないのですが……デザインとして、素敵ですよね」
そう言って彼女が指し示すTシャツは、胸元にでっかく「蚊」と書かれてあった。
Aはノーコメント。蚊かぁ……と思いこそすれ、指摘をするのは野暮だろう。
話を戻す。Pが行ってきたのは最寄りのコンビニだった。どうやら日本のコンビニが珍しいらしく、いっぱいの買い物袋には手当たり次第に詰め込んだと思しき食べ物がぎっしり入っている。そのうち一つをピックアップするP。
「ライスボール、一度食べてみたかったんです。具はウメボシと、ツナ……マヨ? を選んでみました」
「観光に来たわけじゃないんだけどな」
Aの皮肉も聞き流し、おにぎりを開けようとするPは心なしか楽しそうだ。だが上手くいかない。
「あれ……あれ? 開け口は? あ、ここ? これかな……?」
――こう開けます。
「あっ、ありがとうございます」
律義に礼を言い、彼女はまず梅干しのおにぎりを両手に持った。さく、ぱり、と海苔を齧る音がして、やがて具に行き当たり、Pの顔が「くしゃっ」となる。「すっぱい」の顔だ。
日頃なんの感慨もなしに食べているコンビニフードだが、こうも体当たりで挑まれると実に美味しそうに見えてくるから不思議なものである。
「Aもここに来て一緒に食べませんか?」
「見てわからないか? 僕はそいつが余計なことをしないかの監視で忙しい」
「もう、またそういうことを言って。何か食べないと保ちませんよ」
Aは無表情で目を細め、私とPの手元、コンビニ袋を交互に見比べてこう指定した。
「女は離れろ。P、目を瞑ったまま袋に手を入れて時計回りに漁り、四番目に掴んだものを確認せず投げてよこせ」
従う。Pはぶちぶち不満を垂れながら手を動かし、その通り四番目の品物をAへと投げ渡した。
グレープ味のグミだった。
Aはこちらから目を離さず袋を開け、目を離さず中身を口に放り込み、目を離さずもちもち咀嚼する。正直かなり怖かった。ともあれPに向き直る。
――おいしいですか?
「ええ。念のため、ミソギに人間でも安心して食べられるものを聞いておいて助かりました」
当然のごとく屠内の食糧は外界と途絶されたガラパゴス的進化を遂げているため、例のピザのような極端な味の商品も少なくない。
「あ、このスナックおいしいですね。なんでしたっけ、ええと――」
――邪餓鬼粉。
「じゃがきこ?」
――お二人は、どうしてここに?
「あー……それは……」
「話す必要は無い」
「です、はい、すみません。ただまあ……仕事では、あります」
――差し支えなければ、その内容を……。
撃鉄を起こす音が向こうから聞こえた。
「こちらの身分が特定できる範囲の情報でなければ、問題は無いと考えます。彼女は情報機関の方だそうですから、もしかしたら有益な情報を得られるかも……」
「ゴシップとデマゴーグを撒き餌にして馬鹿から日銭を稼ぐ連中の情報がどうしたって?」
流石にジャーナリストの名誉にかけて反論せねばなるまい。そういう連中もいないとは言わないが、少なくとも私は、自分の足で稼いで自分で裏を取った情報しか取り扱うつもりはない――
勢い込んでそう論じた後、Aの銃口がこちらに向いていることに遅れて気付いた。
「A!」
Pの静止が入り、二人の間で再び議論が交わされる。
数分待ったのち、結論が出た。条件は、「二人の所属が特定される情報は出さないこと」「一部単語を伏せること」「こちらから口を挟まず、質問は三回まで、許された場合に限る」だった。
飲むしかない。頷くと、Pは話を始めた。
――彼女たちは、某国某機関より派遣された〇〇〇である。〇〇と〇〇の関わる〇〇に対処する〇〇に従事し、東凶へ来たのはこれで〇回目。普段ならば〇〇が終われば即刻〇〇するところを今回は〇〇〇の指示によりしばし〇〇している。
その目的は「〇〇」。きっかけは昨年末に屠内を激震させた〇〇〇事件と、その結果〇〇が屠内総人口の〇分の〇にまで〇〇したことが理由であり、〇〇と〇〇の〇〇を〇〇すべく〇〇して〇〇〇するため〇〇〇〇の〇〇を一時〇〇して〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇。〇〇期間は〇〇、〇〇は〇〇なのでしばし〇〇するため〇〇が〇〇してくれた〇〇の〇〇〇にこうして〇〇しているが〇〇〇〇〇がいささか〇〇らしく〇〇〇〇〇〇への〇〇もなかなか大変で〇〇〇〇〇。
「では、質問はありますか?
――二人の付き合いは長いのですか?
「長く……は、ありませんね、まだ」
――東凶にはもう慣れましたか?
「どうなんでしょう。余計な緊張はしないで済むようになりましたが、まだ勝手を知れたわけでは……。ミソギのようにはいきません」
では、最後に――
――どうして、今の仕事をしているのですか?
Pは少し黙った。Aも無言のまま、傍観者の視線をこちらに向ける。Pは自分の中にあるであろう考えを整理して、ぽつりぽつりと語りだす。
「少しでも、いい世の中にしたいと思っているからです」
――いい世の中、ですか。
「何を言っているんだという感じですよね。でも、その考え自体は昔から変わりません。以前の私は亡者という存在に対し偏った見方をしていましたが、今はほんの少しでも視野が広がったように思います。でも、まだまだです。私が思うに……この世界を、ほんの少しでもいい方向に進めるには、人間と亡者の両方をちゃんと知ることが大事だと思うんです」
人間が、それも〇〇〇がそのような発言をすること自体が、亡者にとっては異様以外の何ものでもない。どれほど好意的に見積もっても「ただの妄言」か、さもなければ「悪意を秘めた方便」としか思えない。
「これまでの十年は散々でしたけど……次の十年は、そうとは限らないじゃないですか」
たとえ妄言としか聞こえずとも、信じ続けていれば何かが実を結ぶのかもしれない。
それが何なのかは私にはわからない。彼女にもわからないだろうし、誰にもわからないような気がする。
自らの心の内を語り聞かせ、はにかんで笑う彼女に、私は「このような人間もいるのか」と思わずにはおれなかった。
帰り道は、大通りまで送ってもらった。
というのは好意的解釈で、おそらく監視されていたのだろうと思う。
「わかっているだろうね」
Aの態度は最初から最後まで変わることがない。危ない橋だった。「男の方がヤバい」という死神の忠告は一から十まで合っていたらしく、Pがいなければ今頃どうなっていたか……。
「A、もう少し警戒心を緩められませんか? 会う人会う人にこれでは……」
「どうせ亡者しかいないんだ。警戒しておくに越したことはない」
――もうひとつ質問をいいですか?
「駄目だ」
――答えなくとも構いません。聞き流してもいいので、質問するだけさせてはもらえませんか?
「…………」
――あなたは、この街をどう思っていますか?
沈黙。表通りは静かだった。時刻は真昼、東凶の日中は太陽が遠く、亡者にとっては眠る時間だ。人間で言う真夜中の屠内は、仄明るい廃墟めいた路上に薄い影を落としていた。
私は少し待ち、答えないと判断して踵を返した。この時だった。
「いいかい。この街は過ちと悪徳の煮凝りだ」
路上でぽつんと腕を組み、Aは呟く。
「けれど、僕がわざわざ手を下してやる気は無い。そんなものはどこかの誰かが勝手にやる。大事なのはこの場所が持つ意味で、僕がそれをどう利用するかだ」
意外だった。彼の隣のPも少し目を丸くしていた。ただ一人平然として、Aはこう締めくくる。
「――君を見逃してやったことも、僕にとって何か意味があるといいけれどね」
皮肉げに歪む口元に、やはり油断ならないものを感じる。
「ほら、行け。まっすぐ歩いて二度と振り返るな」
従うとしよう。私はカメラを持って足を急がせた。編集映像を見せるのは今から一週間後の同じ時刻、向こうが指定した場所で。
楽な取材ではなかった。ひどく喉が渇いたし、そういえば腹も減った。
草木も眠る真昼間の路上を歩き、私も何か食べなければな――と考える。
〇
「没」
「なんでですかぁ!?」
「ただ飯食ってるだけだろ。誰がこんなの見て喜ぶんだ」
「で、ですが、これこそ東凶のリアルな今を写し取ったドキュメンタリーで……!」
「大体なぁ、何だこの三つめのやつ? ピー音ばっかで何もわかりゃしないぞ。顔にもモザイクかかってるし。こんなもんホームビデオ以下だ、ダメダメ」
「ぐぬぬぬぬぬ……」
なんということだろう。上司は私が命を懸けて(命は無いけど)手に入れた貴重なフィルムを、けんもほろろに切り捨ててのけた。
「ほら、わかったら次の取材に行け。今度はもっといい感じに頼むぞ。恐怖の改造亡者特集とか、亡者闘技場最強決定戦とかそういうのを求めてるんだよ視聴者はな」
やれやれである。
取材の手間も編集の手間も交渉の手間も無駄に終わった。
「はぁぁ~~~……」
夜中の給湯室でカップ麺にお湯を注ぐ。熱湯三分。調味オイルは蓋の上で温める。
「面白いと思ったんだけどなぁ……」
取材した彼らは、間違いなく今の東凶の最前線を走る者たちだ。彼らのありのままの姿を私一人の胸に留め置かざるをえないことが、なんとも悔しいやら寂しいやら。
やっぱり無理でしたと言っても、彼らは気にも留めないだろう。
再会の約束はしなかった。私はまた別の仕事に移る。彼らも自分の仕事に専念するだろう。
東凶での生活は続く。死ぬまでは、いいや死んでも、いつまでも。
窓の外、星を落として広げた屠市の夜景で、また光がぱっと咲いて消えた。爆発だろう。
もしかしたらこれまで出会ったうちの誰かが、あの爆発の渦中にいるのかもしれない。私はそう思いながら、プラスチックフォークで麺をたぐる。ずるずる、はふはふ。遠くで爆音と銃声。醤油の香ばしさ。剥き出しの感覚が、死んだ体に生命欲を喚起させる。
死者であろうと、腹は減るのだ。
(おわり)
地獄に祈れ。天に堕ちろ。:第1巻特別一挙掲載 九岡 望/電撃文庫・電撃の新文芸 @dengekibunko
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