地獄に祈れ。天に堕ちろ。:第1巻特別一挙掲載

九岡 望/電撃文庫・電撃の新文芸

プロローグA 死神

『──さあ今夜も始まりましたとうきようスリーシアター・ラジオ! お相手はあなたのお耳の恋人、DJフルソマがお送りいたします。なに、耳を落とした? ハハハ! あるある!

 十月二十四日、とうきようの天気は終日晴れ、絶好の死亡日和ですねぇ。えーそれではお便りの時間です、本日一通目はRNラジオネーム赤いマフラーちゃんさん。最近彼氏に寝ながら歩く癖がついてしまい困っています。ゾンビの上に夢遊病者ってどうなんでしょう? このままだとうわさの死神に連れて行かれちゃうかも──』


 別に夢遊病くらいで刈りゃしねぇよと思いながら、ミソギは車を運転している。

 月が二つとも出ているから、今夜は明るい。亡霊レイスと呼ばれるこの漆黒の高級クーペは、エンジン音もロードノイズも吸収して、海底を泳ぐ大魚のように夜の街を進む。

「確かこの辺なんだが……お、こっちか」

 無料案内所、写真見学無料、コンパニオン募集、生死不問。ギラギラ光る看板の向こう、通りのどん詰まりに目的地はあった。わいざつな街中にあってなお目立つ、アメリカンダイナースタイルのレストランだ。よく見ればいかつい黒服どもが周囲の要所を固めている。

 うわめんどくせ。

 どうもそれなりの警備体制を敷いているらしい。入るやつの全身を逐一ボディチェックしては合言葉を聞いている。馬鹿正直に客ヅラで近寄れば、変なところでボロを出しかねない。

 ミソギはスマホにインストールされている「えん帳」をチェックした。

 名指しのターゲットは一人。もたもたしている時間は無いわけで、軽くため息をついた。

「──しょぉがねえなっ!!」

 一転、ぶち抜く勢いでアクセルを踏んだ。

 急加速。レイスのツインターボV型12気筒エンジンがうなりを上げ、気付いた黒服が止める間もなく車体ごと。衝撃、ぶち抜かれる壁、ついでに何人かいたが挨拶代わりだ。

 立ち込める煙の中、ミソギは下車して店内を見渡した。

「ちーっす。お届けものに来ました~」

 中にいるのは三十人ほど、うち半分が屈強な用心棒、あとは客だ。全員ぜんとしている。

「困るよお兄さん。ちゃんと順番守ってくれなきゃあ」

 そんな中、奥のボックス席の男が、わざとらしいほど温和に声をかけてきた。

 ミソギは深くかぶったフードを軽く上げ、相手の顔を確認。えん帳の423番──

かじかざわきようすけ。指定暴力団『かじかざわ組』元組長、享年38歳。命日は1997年6月9日、麻薬密売でもうけてたら敵の鉄砲玉にハジかれて死亡。幽界化後は心を入れ替え、『もうじや』なりの慈善事業で同じ立場の人々を助けている──で、間違いねえかな」

「そうだよ。そういうお兄さんはどこの誰様?」

「の前に、見せときたいもんがあってさ。これあんたんとこの道具だろ?」

 ポケットから取り出したものを床に投げる。空っぽになった、ハンディサイズの吸引機である。ぜんそく用の医療器具に似ているが、実際の中身はそんな平和なしろものではなかった。

「路地裏に転がってたガキのだ。慈善事業ってのは、子どもまでヤクけにすることか?」

 麻薬である。それも新型の。

 集まる客は全員これ目当てだった。かじかざわは「それがどうした」とでも言いたげだ。

「ガキったってどうせ死んでるでしょ? 現代社会に居場所がないもうじやどもに、気持ちのいい夢を見せる、これぞ慈善事業じゃない。入ってくるおあしはまあ、寄付ってことでね」

「ものは言いようってか、やくたいもねぇ。クズは死んでも治らねぇらしいな」

「あはは、かもねぇ。──んじゃさ、暴走運転とお節介は何回死んだら治るのかな?」

 かじかざわの後ろ手の合図で、黒服の一人が銃を抜いた。

 銃撃だきゆん!!

 狙いは容赦なく眉間。問答無用でまず脳みそをぶちけろと言わんばかりの不意打ちにミソギはしかし、完璧なタイミングで反応した。

 がぎんっ! ──と甲高い金属音が重なり、ミソギが顔の前に掲げた右手を開くと、握り潰された弾丸が落ちた。彼のてのひらの質感は異様で、ダイナーの照明の下に砲金色ガンメタリツクの輝きを放つ。

「さぁな。お前らみてぇなのが一人残らず消えたら、治るのかもな」

 ミソギはコートのフードを取り、顔をあらわにした。

 意外なほどに若い。せいぜい十代の後半というところだろう。何より目立つのは、右が真っ白・左が真っ黒という特異な髪色。右側の目には眼帯を着けており、残った左目が自分以外全員敵のレストランをへいげいする。

 相手もとっくに動いている。黒服どもが銃を構え刃物を抜き、客のヤク中は泡を食って逃げ惑う。かじかざわはもう金ヅルどもには目もくれず、ミソギの姿にくぎけになっていた。

「……待てよ。お前、その姿は……」

 半分白髪の眼帯男。真っ黒い車を乗り回し、異様な両手両足を持つ──金属質で、しかし生物的で、まるでそれ自体が武器であるかのような。もうじやのくせにもうじやを狙い、誰にも尻尾をつかませず、リストに載った標的の首を次々に刈り取る超危険人物。

 死者の裏社会でまことしやかにささやかれる、都市伝説めいた怪談の名は。

「お前、『死神ミソギ』か!?」

 さつりくの色に塗り潰された店内、かじかざわうめきに答えるのはミソギただ一人だった。

「……いやその呼び方やめろよ」

 ちなみに当人は、そのあだ名が心底嫌いである。


 数分後、店内には黒い灰が漂っていた。

 立っているのはミソギとかじかざわだけ。客はみんな逃げ、あんなにいた用心棒たちは姿を消し、いまだ硝煙を吐き出す拳銃だけがそこかしこに転がっていた。

「は、はは……まさか本当に死神なんてもんがいたとはな……」

 胸倉をつかみ上げられながら、追い詰められたかじかざわは必死に言い募る。

「そ、そうだ、取引をしよう。俺が仕切ってるシマの半分をあんたに任せる! もちろん上には内緒だ。アガリも結構なもんなんだぜ? どうせあんたも金のためにこんなことしてんだろ? 悪い話じゃねぇだろ、なあ! 見逃してくれ! 神様仏様死神様!」

「神も仏もいやしねぇよ。地獄に祈りな!」

 ずんっ!!

 はがねの右腕が、かじかざわの胴をぶち抜き、拳大ほどのゆらめくつかす。

 瞬間、かじかざわの体が崩壊する。血も肉も骨も灰となって散り、黒服どもの末路と同じように、店内に漂う黒い渦の一部となる。回収完了、これで一丁上がりだ。

 ミソギはスマホのSNSアプリを起動、デフォルメされたしやくのアイコンにコンタクト。

 ▼ミソギ:お疲れさんです。こっちは済みました。

 ▼えんま:写真をくれ。現場の状況を確かめたい。自撮りで。

 現場はともかく自撮りは面白がってるだろ。雇い主の要請とあらば嫌とも言えず、ぐちぐち文句を垂れながら従った。果たして地獄絵図が撮れた。さんたんたる店内、魂を抜かれたもうじやどもの灰と、極めつけに半分白髪の不景気面(自分)。

 と、もう一人。

「……げっ心霊写真」

 隣で薄ぼんやりした女がピースしている。こんなやつさっきまでいなかったのに。

 慌てて振り返ると、いつの間にかいた幽霊がぶわっと逃げた。

 空には白と赤の二色の満月。壁の穴から飛び出した幽霊は、きらめく夜空の双眼をほろほろ笑いながら横切っていった。


 ここは日本、かく都市「とうきよう」。

 死神・そぎじゆうぞうは天から降るでも影から湧くでもなく、この街で普通に仕事をしている。

 好きなものはカネ、嫌いなものは聖職者。飯の種は地上をそぞろ歩く犯罪者どもで、中でもとびきり死者を探している。

 れい十一年、死者が地上をうろつくようになって、もう十年になる。

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