第5章 あなたの心のために_その3


    〇


「して、また義肢が破損したと。貴君はひょっとしてアホなのかね?」

「……うっす。面目次第もないっす」

 えんこうは再生しているが、完治がまた遠のいた形になる。反論のしようもない。

「それにしてもそんなごとがあったとは。惜しいことをした。言ってくれればこの暴徒鎮圧用自律ロボット『ウンゲテューム八号アハト』を起動したのだが」

「やめろやめろやめろ。そんなことになると思ったから呼ばなかったんだよ!」

 今までずっと見て見ぬふりをしていたガレージ隅の謎の機動兵器に関しては、できれば見て見ぬふりのままでいたい。博士はフムンと残念そうに鼻を鳴らし、腕時計をいちべつした。

「ま、準備すべきことはまだある。──そろそろ到着する頃だろうしな」

 到着? 誰が? 首をひねったミソギの耳に「ぱっぱらぱらりらぱらりらぷっぷ」とやたら頭のゆるいクラクションが届き、そうかと思えば車両用の自動シャッターが開く。

 頭からケツまでピンクの、ド派手な改造ワーゲンバスが顔を見せた。

「…………何これ」

 ぱらりらぷぴー。

「クラクションで返事すんな! こんな趣味悪ぃダチいたのかよ博士!?」

「うっそマジそゆこと言う? みそぎんゲージュツ知らないひと~?」

 聞き覚えのある声だった。まさかと思い当たるのと同時に、運転席の手動の窓を開けて少女が顔を出した。一度見たらそうそう忘れられない顔だ。

「おまっ……まくらもりすい!?」

「はろーべいべー。お届けものだよー」

 ハンドルを握りながらすいが合図すると、後部座席のドアが一斉に開いた。

「ミソギ様ぁ~っ!!」

「あんた……ウェイトレスさん! マスターも!?」

 べちょべちょの泣き顔で飛びついてくるウェイトレスに続き、マスターも降りてくる。

「皆様、よくぞご無事で……」

 話によれば、あの後ハイドに見逃された二人は、指名手配されたミソギたちをずっと探していた。けれどちまたには賞金狙いがあふれている手前大っぴらに捜索するわけにもいかず、どう動いたものか迷っていたところ、すいと合流したらしい。

「手がかりも無く困り果てておりましたが、すい様が博士と連絡を取り合ってくださり、なんとかここがわかったのです。しかし、良かった。本当にようございました……」

 こっちの台詞せりふだった。逃亡生活の中で彼らのことはずっと心配だったのだ。

 続いて気になるのは──と、ミソギはすいに向き直る。

「まあ……ともかく、ありがとな。二人と合流できたのはお前のおかげだ」

 わ。とすいは目をまんまるにして、何を思ったかその場でぴょんぴょん跳ねだした。

「で……デレた! よっしゃみそぎんのデレいただきました~! あ、ねえねえ今のもっかい言ってくんない? 録音しよーよ録音!」

「するか! じゃなくて、確認させろ、お前は味方ってことでいいんだな?」

 もちろん、とすいは自信満々にうなずいて、

「だって今のとうきようつまんないもん。クスリで寝ちゃってる子とか、賞金首を探してる子ばっかでさ。アタシの大好きなとうきようは、もっとごちゃごちゃ楽しいカオスなんだよ」

 わかりやすくて結構なことだった。こういう趣味で動く人間は、利害が一致した場合に限り下手に理屈っぽいやつより信用できる。

 と、居住スペースのドアが開いて、フィリスが恐る恐る顔を出した。

「──誰か来たんですか?」

「いぇーいっ! ふぃーちゃーん!」

「きゃあ!?」

 すいに抱き着かれて目を白黒させる。説明は後でするとして、まず。

「アッシュは寝てんのか?」

 そうだ、そのことだ──フィリスはすいにぎゅうぎゅうされながら、答える。

「今、目を覚ましました」


 部屋に入る。後ろからすいたちがのぞんでくる。

 アッシュはソファにいた。何か物思いにふけるような顔で、はだけた毛布をそのままに、背もたれに身を預けている。表情からは心の内がうかがい知れず、フィリスが慎重に語りかける。

「……調子はどうですか? ここがどこかわかりますか?」

「夢の中で、お化けに追い回された」

「え?」

ひどい夢だった。そいつときたら何かと口やかましくて、いくら逃げても追ってくるし、おまけに馬鹿でかい鎌まで持ってたんだ。……久しぶりに色んなことを考えた。夢の最後に、女の子が出口を教えてくれてね。あれが誰だったのかはわからないけど、なつかしい感じがしたよ」

 アッシュは気だるげに首を回し、フィリスとミソギ、その後ろのみんなをさっといちべつして、一周回ってフィリスに視線を戻した。

「で、誰だっけ君」

「えぇ!? わ、忘れられてる!?」

「じゃなくて、名前。君の名前をちゃんと聞いてなかった」

 え、ぁ──フィリスはまごついた。そういえば彼女は、アッシュに直接名乗ったことがなかった。改めてするとなるとやけに恥ずかしくなり、一回せきばらいを挟んだ。

「フィリス・カタリナ・フォークスです。あなたの情報担当補佐官として……」

「それは知ってる。……覚えてるよ。どうも君の声は頭に響くな」

「では、お姉さんのことは……」

「それも、ちゃんと覚えてる。姉さんは……アイリス・デリックは、五年前に……」

 わずかな間。アッシュはごく短くめいもくし、静かに断言した。

「死んだ。もうじやになって、自決したよ」

 彼自身の口ではっきりと明言されたのは、これが初めてだ。アッシュの表情は、静かだった。彼の正気の部分はずっと心のどこかにあり、長い長い夢を通じて、ようやくそれがんだという感じだった。

 朗らかで子どもっぽい「弟」の顔と、冷徹な殺気に満ちた「人喰い鴉レイヴン」の顔。今の彼はそのどちらでもなく、せいひつだがとげとげしさは無い、血の通った人間の気配を感じさせた。

「……どうして君が泣きそうなんだ?」

「いえ。……ずび。……なんとなく。気にしないでください」

 素のアッシュはこういう時、わざわざ慰めようとはしない。ただ寄り添うだけだ。

 ミソギにも、アッシュの雰囲気が目に見えて変わっていることはわかった。なんというか精神年齢が五年くらい一気に大人になった気がする。と、目が合って、

「ああ、いたのか」

「いやさっきチラ見しただろ!?」

 そうだったっけ──アッシュはわずかに首をかしげ、皮肉げにくちゆがめる。

「いつもうるさいやつが黙ってるから、気付かなかったよ。とうとう口から先に腐ったのかと」

「こ、ん、の……」

 訂正。やっぱりあんまり変わっていないかもしれない。

 フィリスが気を取り直して「むん」と気合を入れた。アッシュは彼女がむのを無言で確かめて、ソファから立ち上がろうとし、二歩三歩よろけた。

「つ……」

「アッシュ! 大丈夫ですか!?」

 頭が痛むらしい。理由は簡単そのもので、ミソギとぶつけ合った部分がタンコブになってしまっているようだ。ミソギは「けけけ」と悪魔のように笑った。

「オレはピンピンしてんぞ。鍛え方が足りねーんじゃねえの?」

 当然、ほんの数時間前に行われた激突をアッシュは覚えている。タンコブをさすりながら、非難がましい目。

「……あんな暑苦しいのは二度とごめんだ。馬鹿とお節介は死んでも治らないのか?」

「はっ。そっちこそ、態度のでかさは一生モンみてぇだな」

 ドアからのぞすいがニヤニヤ笑っている。ウェイトレスがほっと胸をでおろし、マスターはしきりにうむうむうなずいていた。アッシュは集まる視線も気にせずに、

「──結局、どうするつもりだ?」

「あん?」

「君が無理やり止めたんだぞ。僕には代案を聞く権利があると思うけどね」

 ミソギは、やはりブレない。即答する。

「それこそ、言ったろ。くくりは絶対に助ける。そのためにまずハイドをぶっ飛ばしてやる」

「それで? 最初戦った時、僕の制止も聞かずに突っ走った男がどうするって?」

「ぐっ。……二度とあんなはしねぇ。それに、ひとつ考えがある」

「だから?」

「だから……つまり、オレだけじゃ、さすがにキツい。同じレベルで戦えるやつがもう一人必要なんだ。それで……あー……」

「言えよ。聞いててやるから」

 偉そうに足を組むアッシュ。何かものすごい屈辱を与えられている気がしたミソギだが、これを言わないことには始まらない。視線の中、絞り出すように、言った。

「……………………お前の力が要る。手伝ってくれ、アッシュ」

 ──くくっ。

 小さく漏れた笑いには、どことなく爽快な響きがある。アッシュは立ち上がり、神父服カソツクを羽織ってミソギと正対した。

「いいさ、乗ってやる。無様なところを見せた借りだ。──ただし、天使が危険なことに変わりは無い。仮に最悪の事態になった場合、今度こそ僕は任務を完遂する」

 並んで立つとアッシュの方が背は高い。ミソギは少し低い位置から相方の美貌をにらみ上げ、負けじと肉食獣のようにどうもうな笑みを見せた。

「上等だ。裁きなんざ必要ねぇってことを教えてやる」


 作戦会議は長いようで短かった。

「いいか。まず、ハイドの武器と力に関してだけどな」

 言って、ミソギは眼帯を外す。

 みぎの奥から炎が生まれ、渦巻く小さなゲートとなるのを、アッシュは眉ひとつ動かさず見ている。フィリスだけ思わずビビった。

「これは、じようがん。この世とあの世をつなぐ門になるだ。オレの大事な仕事道具になってる」

「……で、それがどうしたって?」

「ハイドもこれを持ってるってことだ」

 ざわめきが生まれる。当のミソギすら、結論を出すまでには時間がかかった──同じじようがんだとして、ハイドの門はからだ。

「あいつは両眼ともじようがんだ。しかも多分、オレより相当使いこなしてる。多分あのよくわかんねぇ武器もじようがんを利用した何かだ。つまり──」

 ホワイトボードに図を描く。絵心は皆無である。ミミズののたくった図面を一目見てわかるやつは誰もいなかったが、それはミソギなりに思うハイドの武器──彼は「けつほうじん」と呼んでいた──の全容だった。

「あれは剣じゃねえ。地獄から呼び出した、もっと馬鹿でかい『何か』の一部だ」

 先の戦いで見せたものは恐らくほんのへんりんに過ぎまい。ハイドの手数はたった一人ながら大軍に匹敵するレベルだ。壊滅させられた各組織、猛威を振るう刃の痕跡から考えて、これはほぼ確実なことだった。アッシュがふと、

「手数なら、用意できる」

「なんだって? まさか応援でも呼べるのか?」

「違う。これも要請しなければいけないけど……まあ、空から棒を落とすよりはマシさ」

 議論が進む。くくりについてはフィリスが、

「私は戦いには参加できませんが、何か手伝えることはありますか?」

「そりゃな。こっちはハイドで手一杯だからな。お前にもしっかり働いてもらうぜ」

 そもそも相手がどこに潜伏しているのかについては、ウェイトレスとマスターが、

「あの、きっとホテル・ブギーにいると思うんです」

「支配人とスタッフの首が丸ごとすげ換わってしまいましたからな。今はヤードセールのトップ、ぶちるいが乗っ取っているようです。手配書の連絡先もそちらでした」

 しかし街は敵だらけ。どうやって無事辿たどくか、意外なことにすいが、

「あ、それアタシなんとかできるかも。いやいやマジで。面白いことになりそ~」

 移動手段は博士が、

「車の修理は完了している。いつでも出発可能である」

 ああだこうだと意見が飛び交い、終わる頃にはみんなぐったりしていた。

 マスターのれてくれたコーヒーも何杯目か知れない。窓の無い地下ガレージでは時間感覚が曖昧になる。卓のど真ん中に置いた時計だけでまだ満月本番までは時間があることだけ確かめて、ミソギはぐったりソファに身を預けた。

「……決まりってことでいいのかな」

 もうコーヒーも飲まず角砂糖だけかじりながら、アッシュ。正確には「ほぼ」決まりだ。

「……最後の仕上げがある。上司にお伺い、ってな」

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