第3章 俺は俺にしか従わない_その3


    〇


 しぶの「元」ハチ公は待ち合わせスポットの定番中の定番だ。元というだけあってハチ公像は無く、土台だけが残っている。幽界化のどさくさで地獄に落ちたとか、舞い戻ったハチ公の魂が像に宿ってどっかに走り去ったとか言われているが真相はさだかではない。

 さて当の女子高生はといえば、罰当たりなことに土台に腰掛け、スマホをいじっていた。

「おい」

 と声をかけると、彼女は餌を見つけた猫のように顔を上げた。

「あ!! みーっそぎーんっ!」

「おわぶ!?」

 いきなり飛びつかれた。

 勢いのまま「どしーんっ!」と後ろにぶっ倒れて、満月をバックに輝く満面の笑みを見た。

「やほやほ、おひさー! 元気してた? アタシに会えなくて寂しくなかった? あっ、てかみそぎん顔色めっちゃ悪いじゃーん! って元からか! ウケる!」

 いやみそぎんって誰だよと言う間も無い。相手は確かにドローン女子高生だった。押しのける体力も出せず、フィリスが慌てて止めるまでしばらくもみくちゃにされるミソギだった。

 アッシュは完全スルーして、さっさとベンチに座っていた。


「えっマジ? フィリスちゃんアタシとタメ? うっそチョー偶然じゃーん! ねぇねぇライン交換しよーよ! めっちゃキレーな金髪だけど地毛? それどこの服? カラオケ好き?」

「い、いえあの、私は……というかお話があると聞いてきたのですが……」

「あ、そーだったそうだった。あのねぇ──」

 まくらもりすい、というらしい。

 人間、十七歳。あちこちのもうじやから仕事を請け負い、多額の報酬と引き換えに犯罪行為に加担している。とうきようの犯罪組織の間では若くして知る人ぞ知る存在で、その行動原理は──

「趣味だぁ?」

「そそ。もうじやってカワイイし、一緒に遊ぶと楽しーじゃん? お金も稼げるし一石二鳥~」

「お、お前なぁ、そんなくだらねー理由でこのクソめうろついてんのか!? 立場わかってんのか!? お前は生きた人間で──」

「だから、あんとき助けてくれたんでしょ?」

 その通りではある。すいは自販機で買ってきた獄辛タバスコソーダ(ドリンコのオリジナル商品。コアなフリークが多い)を開けながら、しみじみ続ける。

「あれねぇ、アタシすっごい感謝してるわけ。マジマジ。ひょっとしてそろそろ死ぬかな~的なこと思ってたから、ああいうのってカンドーじゃん? だからお礼したいじゃん?」

 つまり──と指を立て、すいは本題に入る。

「まずさ。アタシを雇ったのがどこかってのは知ってる?」

「ヤードセールだ。ブギーマンが出張ったってことは、そうなんだろ?」

 ミソギは病院での一件から確信している。だが、それで一歩前進とはならない。ヤードセールは全体規模が大きすぎるため、「どこの」「どの組織が」主導しているのかまでわからない以上は手の出しようがなかった。もう一つ何か無いと、核に至るには遠い。

「あったりー。そこの偉いヒトが最近Asエースの開発者ちゃんと手を組んだの。とうきようじゅうにぱーっとおクスリいておおもうけしようってワケ。で、そのために必要だったのがククリちゃん」

「……Asエースの開発者?」

 アッシュが反応した。この麻薬をどこの誰がどうやって作ったのかは長年の謎であり、事件を追跡する上で重要な要素だったのだが、今まで手がかりも?つかめなかった。

「ハイドって知ってる?」

 一瞬、ミソギとアッシュが目を見合わせた。「ハイド」。畑は違えどいずれも対もうじやのプロだ、有名どころなら心当たりはある。だがその名前には両方ともピンと来なかった。

「……一人なのか? チームとかじゃなくて?」

「うん、アタシが見た感じ一人だったよー。なんかすっごいクールだった。たぶん男だと思うんだけど、背が高くて、クチバシみたいな……あーやっぱ見た方が早いねこれ」

 もぞもぞとスクールバッグをあさり、プリントアウトした画像データを見せるすい

 確かに、男に見えた。

 だが他はさっぱりだ。遠くからの撮影を引き延ばしたものか画質が悪く、細かいところが判別できない。それでも、奇妙なくちばしのマスクを装着していることはわかった。

「ドローン飛ばして遠~とおーくから隠し撮りしたの。ギリギリ一枚だけ間に合ったんだけどね、すぐ撃墜されちゃった。めっちゃ距離あったのに一発でバラバラ☆」

 ミソギとアッシュは画像を凝視し、白く浮き上がる男の姿を目に焼き付けた。この男がAsエースの開発者だとするなら、「積み荷」のくくりとも関係があるはずだが。

「そんじゃくくりについては? わざわざ取り戻せってんだから重要人物なんだろうが、Asエースと何の関係があんだ?」

「それはわかんない。てかアタシもあんなちっちゃな子って知らなかったし。ただ、今のヤードセールはこのハイドちゃんを中心に動いてて、たぶんまたククリちゃんを狙ってくるんだろうなーって思うよ。はい、お礼にあげられる情報ここまでっ」

 ベンチの上で足を組み、アッシュはすいに品定めの視線をよこす。

「……せないな。ヤードセールは君の仲間だろう。これは裏切りじゃないのか?」

「アタシはどっちの味方でもないよー。だから、そっちも敵でもないの」

「馬鹿野郎、それが危ねぇって言ってんだ。お前がどう思おうが、勝手されて黙ってるやつはいねぇ。下手打つと後ろから撃たれてしまいなんだぞ。ただの趣味なら今すぐ足洗え」

「ね、もうじやのお金ってさ。誰のものだと思う?」

 いきなりの問いにめんらうミソギ。意図がわからず、答えるだけ答えて話を先に進める。

「誰って……そりゃ、持ち主のもんじゃねえのか」

「ぶっぶー。違うんだなぁ。あのね、もうじやって一回死んでるじゃん? そんで生き返っちゃったから、戸籍とかそーゆーの全然ないワケ。システム的に『いるはずがない人たち』なの。そういう人たちが持ってるお金って、実はホーリツ的にはんだよね」

 社会におけるもうじやの立ち位置についてはミソギも覚えがある。もうじやに関する法整備は今もって成されておらず、人間は自分たちの生存圏を立て直すだけで精いっぱい。都市区画ごと放棄された何千何万ものもうじやたちは、一人として社会に認知されていない亡霊ゴーストなのだ。

「アタシの趣味は、そういう人たちのお金を集めること。ちゃんと使えば一生遊んで暮らせるくらいまってるんだ。それどうすると思う?」

 もうけたいという意図はじんも感じられない。彼女は最初から「趣味」の話をしているのだ。

「……知らねーよ。家を買うってわけでもねぇんだろ?」

「んひひ……あのね、リサイクル。絶対誰にも見つからないような場所に隠してんの。そんでアタシが死んだら街のクローズドネットに情報が流れるようにしてる。徳川埋蔵金よりリアルなお宝があることと、場所のヒントをね。アタシが用意した秘密の遺産を巡って、みんながどかーん! ってバクハツしちゃうわけだ」

 冗談そのものみたいな野望を、どうやらすいは本気で言っている。

「それって楽しいっしょ? 楽しいことやめちゃったら、死んだも同然じゃん」

 いつか死ぬことまで見越して、少女は満面の笑みを見せる。この上なく生き生きした表情だった。ミソギにとっての借金返済、アッシュにとっての姉への忠誠がそうであるように、彼女にとっては「楽しさ」こそ血と硝煙の街を生きるモチベーションなのだ。

すいさん……」

「あっはは、変な顔しないでよふぃーちゃん。アタシ今めっちゃ充実してるよ?」

 アッシュは徹頭徹尾、感情を見せない冷たい表情。吐き捨てるように、

「……そう。よくわかったよ、十分だ」

 言うなり、右手に光る鋭いものを握り締めた。

 暗器。ベルトのバックルに巧妙に仕込まれた、小型のプッシュナイフだ。

「おい、てめぇ……!?」

 素直に銃を置いてきたのにはやはり裏があった。アッシュは最初から情報さえ聞き出せればすいを殺すつもりだったのだ。とつに止めようとするミソギの足を払い、すっ転ばすばかりか背中を思いっきり踏みつけた。

「ぐえっ!? やっぱり武器隠してやがったな!? くっそ足どけろコラ!」

「平和にただお話をするわけがないだろう。犬みたいにそこにいつくばっていろ」

 ベンチに座ったままのすいは、まるくて大きな目でナイフを見上げている。

「ありゃ。結局こーなっちゃう感じ?」

「情報提供どうも。君のくれたネタは、今後の活動に有効活用させてもらうよ」

 あららー、と笑うすい足掻あがくミソギをものともせず、アッシュはナイフを振りかぶり──

「まっ、待ちなさい、アッシュ!」

 横から飛び込んだフィリスに、ぴたりと刃先を止めた。

「何してるんだい、姉さん。危ないよ?」

すいさんに手を出したらいけません。そういう条件だったはずです!」

 ナイフは下げられない。ミソギはまったく動けない。フィリスの後ろのすいは逃げもせず、どっちがどう出るか、意外なほど冷静で観察的な目で見ている。

 静かな、しかし奥底のかたくなさを感じさせる声色で、アッシュがある「教え」をそらんじた。

「正しいことを行う。──不正と不浄を戒め、常に良き子である」

「え?」

。彼女は愉快犯で、また障害になる可能性はゼロじゃないし、何よりその生き方は。僕はあなたの教えを守っているだけさ」

 は、フィリスではない。アッシュと接する時の注意事項──常にこちらが正しいと思わせること。今この時、何が正しい行為なのか。フィリスは短い時間で思案する。

 後顧の憂いを断つという意味では、不確定要素の排除は合理的な判断だ。だが少なくともすいはこちらに協力してくれた。敵意が無い、とくくりは言った。確かに危険はゼロではないだろうが、だからといって機械的になんでもかんでも切り捨てた時、何が残るのだろう。正しさの名のもとに、ひどく無機質な荒野が広がるばかりではないだろうか。

 アッシュは、そこに立っているのだろうか。

「さあ、どいて姉さん。障害を排除するのが、僕の──」

「それは、正しさではありません!」

 ────??

 アッシュが固まった。「知らない星の言語を聞いた」という顔だった。フィリスとしても、ほとんど感情で言ったようなものだが、曲げるつもりはなかった。アッシュは首をかしげ、丸く見開いた目でフィリスを見た。

「………………ほんとに?」

「……私は、そう考えてます。だからどうか──」

「そう。うん。姉さんが、正しくないって言うなら、それが、きっと正しい。そうだよね?」

 ?ぜんとするミソギから足を上げ、アッシュは一歩後ずさった。音がしそうなほどぎこちない動きでナイフを取り落とす。地面で跳ねるそれには目もくれず、首から提げた銀のペンダントを握りしめて、呪文のように繰り返す。

「姉さんは正しい。姉さんは正しい。姉さんが正しい。姉さんが正しい。姉さんが正しい」

「アッシュ? 大丈夫ですか……?」

「わかった」

 彼の中で何かが切り替わった。いともあっさりうなずいたかと思えば、すぐにきびすかえして車まで戻っていく。何が起こったかもわからずフィリスは慌てて彼を追った。

 結局すいと、地面にいつくばるミソギが取り残された。

「おー。なになに、あっくんどうしちゃったの?」

「……見当もつかねぇ」

 どうしてしまったのか聞きたいのはこっちだ。姉の言うことを聞くにしても今のは少し様子がおかしい。やはり不安定なやつなのだろうか。

「ふーむ。そっかぁ、でもアタシ二度も命拾いしちゃったっぽいね」

 すいは残ったタバスコソーダを一気飲みする。のっそり立ち上がるミソギを見上げ、ついさっきまで殺されそうだったにも関わらず、邪気のかけらもない笑顔を見せた。

「今日はありがとね。楽しかったぜー☆」

 こいつも相当なくせものだな──服の汚れを払い、ミソギはつくづく思う。


 最後に──

 ヤードセールの「上」は今、きな臭い状況にある。

 二人の介入は彼らに予想以上のダメージを与えた。ハイドがどうだかは知らないが、組織の偉い連中は──特に駒をごっそり減らされたホテル・ブギーなどは──相当にイラついているらしい。このまま待つと面白いことが起こるかも。

 ──と付け加え、すいは愛用の原チャリにまたがった。

 夜は、明けるまでずっと静かなままだった。

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