第5章 あなたの心のために_その1

『始まりましたとうきようスリーシアター・ラジオ! お相手はDJフルソマでお送りします。

 さて、血の満月が日に日に近付いていますねぇ。皆さんは何か準備をしたのかな? 今回はしぶのパレードは行われるのでしょうか? DJは新しい彼女とディナーの予定だったんですが、予約のお店が抗争で全滅しちゃいましたよわっはっは! ……はぁ。

 とうきようはいつも通りとはいかないようです。街に夢遊病者が増え続けてるんだとか。最近じゃ一日中お昼寝こいてるのんびり屋さんや、寝たまま歩く困ったさんもたくさんいるそうな。

 もう一つは、ある人気者二人の登場です。なんでもここ最近の大騒ぎの元凶で、ヤードセールは彼らの首に、なんと一人一億円の懸賞金をかけました。彼らの手配書は今や、アイドルよりもド派手に街中に映し出されています。さてその気になる実情は──』

 ぶつくさ言いながらラジオを切ると、博士が不思議そうな顔をした。

「それは貴君が好んでいたラジオだろう。話題にされてうれしくないのかね」

「なわけあるか、賞金首だぞ賞金首。だいたい合計二億じゃオレの借金も返しきれねぇだろ。ヤードセールめ、ケチりやがって」

「怒るところそこかね。……それはそれとして、チェックメイトだ」

「うげっ!?」

 打つ手がない。ミソギのキングは博士陣営に詰められて、あえなく落城となった。

「いや、いやいや、やっぱズルだろそのクイーンってやつ! 強すぎんぞ!?」

「ぬふふ。クイーンひとつに翻弄されているようでは貴君もまだまだであるな。さてこれで十戦九敗、あと一敗で貴君は私の改造を受ける約束だ」

「してねーよそんな約束! 勝手に決めんな!」

 チェス盤にくっつけたロボットアームが駒を再配置する。フランケンシュタイン博士は、銀髪の美少女フェイスで得意げに笑った。

「それで? もう義肢の方は問題無いのかね?」

 ただの暇潰しで負け通していたわけではない。これは、ミソギの指が駒を問題なくつかめるかのテストでもあった。結果は問題無し。ミソギは砲金色ガンメタルの指をわきわき動かしながらうなずいた。

「ああ、なんとか戻ったよ」

「……しかしまさか本当に生えるとはなぁ。貴君、本当に私に研究させてはくれんのか?」

「いーやーだっつの。絶対ろくなことしねぇだろあんた」

 えんこうよみがえる金属。いかな破壊を受けてもあっという間に再生し、変異し、ミソギをサポートする特殊な義肢だ。──だったのだが、ここに転がり込んできた時はひどいものだった。

 切断された義肢が再生するまで、かなりの時間を要した。魂に干渉する特殊な武器は、冥界由来の物質にも影響を及ぼす。アッシュの救済兵装同様、ハイドの武器もそうなのだろう。

 ラジオも言う通り、血の満月が近い。

 その夜ハイドはくくりと共に何かをする。打って出たいところだが、ことは簡単にいかない。

 ミソギたちは今、フランケンシュタイン博士の秘密の地下研究所に引きこもっている。

 病院が荒らされてから、博士はしばらく医者を休業してこちらに滞在していた。でんどうでの敗走からしばらくかくまってもらい、ついでに車も修理してもらっているところだ。

 外にはかつに出られない。賞金首を狙うもうじやどもであふれているからだ。更にAsエースの原液までもらえるというのだから、金が欲しいもうじや、ヤードセールに取り入りたいもうじや、まだ元気のあるヤク中とみんな血眼で、こっちは気軽に缶コーヒーすら買いに行けない。

 最初こそあせってハイドを追おうとしたミソギだが、博士に強制ロボトミー手術をされそうになってからは観念した。とにかくえんこうが戻らないとどうにもできない。それに──

「……ほとんど手も足も出なかった」

 ポーンの駒をつまんだまま、ミソギは自戒のようにつぶやく。

「何をされたかもわからねぇ。熱くなっちまって、あいつを刈ることしか頭になかった。……もっと冷静になってれば、もしかしたら……」

 冷静になっていれば。二人で連携し、ハイドをあそこで倒すことができただろうか。

 たらればを語ったところで意味など無いが、この地下施設でひねもすひつそくしていたらいやおうなく気持ちが沈む。気がかりなことは山ほどあるのだ。

 たとえば、同じ敗北を喫した「もう一人」に関しても。

「──うわ、うわぁぁああぁぁあぁっ!!」

 隣の部屋からまた、悲鳴。

 どうやら「まだ」らしい──険しい顔で博士と顔を見合わせる。しばしの間を置き、ガレージと生活スペースをつなげるドアが開いて、フィリスが顔を出した。

「……やっぱダメか?」

「そのようです。私のことは、かろうじてわかるみたいですけど……」

 アッシュの精神は、著しく安定性を欠いていた。

 常に何かにおびえ、コップを置く音にも取り乱した。ミソギと博士の顔など見るだけできようこう状態に陥る始末で、なんとか認識できるのはフィリスだけのようだった。ベッドシーツにくるまって震える姿には、銀の銃を操る最強のエージェントなど見る影もない。

 体には傷ひとつ無い。ミソギもアッシュもあの時致命傷を受けたはずが、今やかすり傷一つ残さず完全復帰している。問題は彼自身の心にあるようだが、負けたショックというわけでもなさそうだ。フィリスは水を一杯飲んで心を落ち着かせるも、表情は沈痛なまま。

「あいつ、どうしてああなったんだ? ……オレが言うのもなんだが、ハイドに負けて心が折れちまったのか?」

「それも考えましたが違うようです。……彼は、くくりさんの名前に強く反応しました」

 もう大丈夫です。傷は治りました。くくりさんが助けてくれたから──

 とフィリスが説明した時、アッシュは激しく取り乱したという。さっきの悲鳴はそれだったのだ。彼はハイドではなくくくりを、彼女が起こした現象を何よりも恐れているようだった。

「ハイドの野郎は、くくりのことを『天使』って言ってたな」

 ミソギはその名を都市伝説レベルのうわさだと思っていた。人間でも、もうじやでもない存在──小耳に挟んだことも無いではないが、このとうきようにそんなやつはいなかった。

「……ええ。本当だとしたらくくりさんは、世界で六番目の天使ということになります」

「前に五人いたわけか? お前はそいつらのことを知ってんのか?」

「この目で見たわけではありません。ですが、何体かの情報はアナテマの記録にありました」

 フィリスは、ぽつぽつと天使について語る。

 いわく──天使とは、幽界現象を境に現れた、正体不明の超越存在であること。

 この十年間、全世界で確認された「天使」の数はたったの五体。それぞれが翼のような器官を持っており、誰もがこの世の法則を超える力を秘め、影響力は想像を絶する。冥界由来の存在とも思われるが、その生態は今もって謎に包まれている。

「天使が起こす事象とそれに伴う被害を、我々は天使災害エンジエルハザードと呼んでいます。アナテマの活動圏の都市にも、第三の天使が現れたと記録にあります」

「……で、その街はどうなった?」

「壊滅しました。何百万もの生存者が、一夜で全員もうじやになったんです」

 たった一晩でそんなに──ミソギは絶句する。まるで動く天災だ。

「第三の天使はアナテマに討伐されました。しかし殉職者の数も計り知れず、機関はその数を大きく減らし、長らく戦力不足に悩まされた……とか」

 くくりが、その第六と。トンデモ現象には慣れているつもりだったが、まさかこんな形で世界の不思議を思い知らされるとは思わなかった。

 チェス盤を片付け、博士が「だが」と口を挟んだ。

「ククリ君は身体的には人間で間違いなかった。人体に精通し、数多あまたもうじやを改造したこの私が見るのだから間違いないぞ。それとも、あれは擬態だったのかね?」

「……わかりません。Asエースが彼女にどう関わっているのかも、まだ……」

 フィリスはかなり参っているようだった。状況を考えれば無理もないことだろう。

 けれど、劣勢を憂慮する以上に、彼女には何か思い悩んでいることがあるように思えた。意を決して何かを言いかけ、しかし口をつぐみ、ようやくといった様子でミソギに問う。

「……あなたは……どう、しますか?」

「んあ? 何がだよ」

くくりさんのことを。彼女の正体を知った今、どうしようと考えていますか……?」

 ──みそぎ。

 ──ごめんね。

 たった二言、ミソギの脳裏によみがえる。頬に触れたのは彼女の手だったろうか。あの時、くくりの声はか細く震えていた。

「助けるさ」

 即答するミソギに、フィリスは目をぱちくりさせた。

「あいつと約束したからな。めんどくせー話はそれを果たしてからだ」

 フィリスはあつにとられてミソギを見つめていたが、やがて気が抜けたように、

「──ふふ、あははっ……」

「おい何だよ、なんか笑うポイントあったか?」

「いえ、そんなことないです。ただ……あんまりにも、あっさりだったから」

 どうして笑われたのかはさっぱりだが、まあそれならそれで別にいいかとミソギは思う。やることは変わらないのだ。えんこうの再生はなんとか終わり、残るねんはもう一つ。

「あいつが元に戻んねぇと、だな」

 半分無意識にこぼしたつぶやきを博士が耳ざとく聞き取る。

「フム興味深いな。病院で見た時はずいぶん相性が悪そうだったが、彼を無事ここに連れてきたばかりか、その心配までするとは。なんだかんだで仲良くなったのかね」

「は? いやふざけんなちげぇよ、あんなやつどうなろうが知ったこっちゃねえけどな」

 けど──ともあれ腕はいい。再びハイドと相対するとして、自分一人ではきっと勝てない。

 それに──

「……調子狂うんだよ、あんなだと。気持ち悪くてしょうがねえや」

 半ば吐き捨てる形で、言い終えるなり立ち上がる。戻った四肢をらすためにちょっと運動をしなければならない。ガレージから出ると車も通れる長い地下通路が伸びており、そこでなら十分に体を動かすことができた。

 去っていくミソギの背を、フィリスは飽かず見送っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る