第1章 次は君を喰らう_その4
〇
港の戦いで回収した魂は、今のうちに地獄に送っておいた。
ミソギは首都高に乗り、ぐるっと回ることにした。追っ手がいないことを確かめ、交通網に完全に紛れ込んでから拠点に戻らなければならない。
「お前、名前は? 俺はミソギ。
女の子は助手席でぼけっとしていた。フロントウインドウの先に伸びる首都高のカーブを見通しながら、やがてぽつりと、
「くくり。──みとがわ、くくり」
くくりにそれ以外何を聞いても、ろくな返事が来なかった。ちゃんと話を聞くには気長な薬抜きが必要になるかもしれない。
『──お聞きいただいたナンバーは、「新約・魔王」。なんと復活したシューベルト自らの手になるアレンジバージョンです! 時を越えた名曲にDJも涙がちょちょ切れますが──』
「……何度見ても空っぽだよなぁ。お前こんなモン吸ったのか?」
「んんー」
むにゃむにゃするだけで何も答えない。眠いのだろうか。くくりは過ぎ去るネオンを瞳に宿し、やがて何かに気付いたように「すぅぅっ」と息を吸った。
「においがする」
「ん? 車ん中くせぇか? 悪ぃな、ファ●リーズは気分悪くなるから付けてねぇんだ」
「くろいにおい。うしろ。なんか、きてる」
言われて気付いた。後ろから
ヘッドライトは一つ目、恐ろしく機敏。遠雷のようなエンジン音からして大型バイク。いつも首都高を飛ばしてる首なしライダーか? とまで考えた、様子が違うことに気付いた。
殺人的速度で迫るバイクが、ぴたりとレイスに並んだ。
乗っているのは、金髪
「うおおっ!?」
真横からいきなり銃撃された。防弾ガラスじゃなければ
その姿を見た瞬間、本能的な恐怖が背筋を駆け上がる。最初会った時と違い彼はローブを着ておらず、風でばたつく黒衣が
嫌な予感に限って、当たるものだ。
「──くっそ、やっぱりあいつ聖職者じゃねーか!!」
アクセルをべた踏みして急加速。こちとらパワーはそんじょそこらの
相手も負けてはいなかった。激しく
バックミラーに映る影が、ホルスターから何かを抜いた。
剣か何かかと思ったが違う。遠目には短めの両刃剣に見えても、実際のそれは異常に長いフルレングス・アンダーラグを備えた、将星から撃鉄まで銀一色の、大口径
狙いをつけ、アッシュは現場の判断で「その銃」を解禁する。
「対
救済兵装とは、パーツの大部分に銀を使用して
そうして放たれた聖なる矢が、
「──
銃火の色は、
輝く光条がジャイロ回転しながらレイスを射貫いた。
リアからフロントの防弾ガラスが
「げっ!?」
一発でわかる。あれにだけは当たっちゃいけない。
もう一発、二発と
『フルメタル俺たち!!』
いや誰だよ。
いきなり路面が白く照らされた。空から乱入してくる光源を見上げ、ミソギは
「お次はヘリかよ……!」
ヘリはサーチライトを振り回し、レイスとバイクを交互に照らす。その合間に目を凝らして操縦席を見れば──無人。一見、誰も乗っていないのだ。
『敵軍スパイに次ぐ! 貴様が積み荷を奪ったことはわかっているであります! 大人しく投降すれば、ケツに20㎜ぶち込んで奥歯ガタガタ言わせるだけで済ますであります!!』
見えない操縦手は、
世界中の紛争に参加し、暴れ放題に暴れた挙句ハデに爆殺された双子の
かくして一塊の霊体となった双子は、得意の銃火器を操るポルターガイストとしてますます物騒な
その片割れ、弟の方がバイクを見てまた何か
『──兄上、兄上! バイクがあるであります! ターゲットではないようですが、イケメンであります! 指示を乞う指示を乞う!』
一転、声色が低くドスの効いたものになる。一人二役で声色が入れ代わる。
『イケメンは嫌いである。
どうやら神父とは味方同士じゃないようだ。
『いくであります! 対地ミサイル整形手術ウウウウウウウウーーーーーーーッ!!』
「──って、マジかよ!!」
街のど真ん中で、首都高の高架道路に向けて、バカは本当にミサイルを撃った。
地獄の
車が浮いた。空中でタイヤを空転させ、運よくアスファルトを
『たたたたーんたーんたたたたーんたーんたたたたーーーん!!(ワルキューレの騎行)』
「うるせー! 近所迷惑だろうが!!」
空から掃射されるチェーンガンを避け、
さっきのミサイルで後続は絶えた。神父もあれじゃ
神父のバイクだ。何事もなかったかのように、化け物じみた運転技術で追ってくる。
いきなりカーステレオがノイズを放った。ラジオをつけっぱなしだったことに今更気付き、続いて涼しげな男の声が聞こえてきた。
『
「うお!? なんだ!?」
『後ろだよ。
改めてバックミラーを見ると、
「なわけあるか。オレにあんなクソやかましいダチはいねぇ!」
『そう。じゃ、あっちを先に片付けようか』
「簡単に言ってくれるけどな、相手はヘリだぞ?
『ある。僕が乗ってる』
正気かよ。
『
何をしでかすつもりなのか薄々わかってきた。
やるしかない。ヘリはどこまでも追ってくる。まずアクセルを一気に踏んだ。応じて後ろも加速し、情け容赦なく降り注ぐ砲火を避けて避けて避けまくる。等間隔の道路灯が光の線となり、暴力的な加速感の中で振動と
読み通り、やはりヘリは高度を下げてきた。正面に回って機首をこちらに向ける。
『無駄である。無為である。無力である。タリホー!! お見舞いするでありますぞー!!』
サーチライトが目を
「捕まってろよ!」
助手席に叫んで、ブレーキを踏み抜いた。
がぐん、と体が前のめりになった。合わせてバイクが急加速。その前輪が
バイクが飛んだ。神父も跳んだ。
乗り手に蹴り出された重量約200kgの鉄塊は、フル回転のエンジンとたっぷりのガソリンをそのままに、正面からヘリにぶち当たって──炎となった。
爆音の残響が、遠く海まで響き渡る。
「ったくなぁ、イカれてんのかどいつもこいつも!」
レイスは車線に対し真横を向いて、長いタイヤ痕の果てに止まっていた。ミソギは車を降り、炎が照らす夜の路上を大股で突き進んでいる。
敵の殺意がこちらを向いた。上等だ、ここらで仕上げてやる。
『発見! そろそろ殺すのである。毎日殺すでありますッ!!』
敵の念力で
ミソギは細く吸気し、右手を静かに構えた。
「──変異・抜刀ッ!」
刹那、幾筋もの太刀風が生まれる。
わずかに遅れ、
『な……ッッ』
「地獄から持ってきた
仕込み刀の刃渡りは二尺程度。断ち折れているため、太刀本来の寸法ではない。
刀身は折れてなお研ぎ澄まされた存在感を放ち、火光を照り返して冷え冷えと
冥界から
ミソギが右に仕込んでいるのは、魂を持って地獄へ落ちた「
敵が再び
──斬ッ!!
一条の
「
ミソギはその場で「門」を開き、
回収完了。予想外の事態ではあったが、なかなかの大物だ。
荒れ果てた路上に着地し、ミソギは一息ついた。
このまま直帰といきたいところだが、まだ全部片付いてはいない。
「そこまでだ神父。それ以上近付くなよ」
黒煙の向こうから、煙より黒い男が歩み出てきた。
「お前がどこの誰で、どんなつもりで来たのかは知らねぇが……」
神父は、銃のシリンダーをスイングアウトして
「こっちも仕事でな。お前に関わる気はこれっぱかしもねぇ、いいか? 聞いてんのか?」
一発、二発、三発、四発、五発、六発──冷静に次弾を装?。
「……あのな。無駄にやり合う気は、」
撃鉄が起こされる。
いよいよ
「あ~~~、っとにもう──」
「次は君を
「そうかよッ!」
ミソギが踏み込むのと、デリンガーが
?を銃弾が
ミソギは
(
更に加速。間合いに入り、文字通りの鉄拳を放つ。
発射。左前に踏み込むことで直撃を逃れた。銃声で右耳が潰れる。構わず回り込み、しかし
ぎらりと月光を反射したのは、十字架を模した銀製の
変異・抜刀。
刃の向こうに氷の面貌。夜気を荒らしに荒らした風が、炎熱の中で収束する。
「待ちなさいっ!!」
二人、十字に刃をかち合わせたまま止まった。
目だけで声がした方を見る。ガードレールを必死によじ登ってくるのは……例の姉の方だ。
空では月が二つ輝いて、死神と神父と、
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