第11話 謁見の聖女! 王子「面白い女だ」

「本日の謁見を始める! 入るが良い!」


 宣言をするのは大臣。

 謁見の間の扉が開かれると、そこには真っ赤な絨毯が敷かれていた。

 そのたどり着く先に、玉座がある。


 いつもならば、緊張した陳情者が王の前で、カミカミで話をするのがこの場で見られるいつもの風景であった。

 だが、今回は少々違う。


「聖女アンゼリカ!」


 その名が読み上げられると、周囲から「ほう」「聖女」という驚きの声が漏れた。

 聖女は、大教会に所属する上位の女性聖職者の役職名である。

 かつては本物の聖女がおり、ノーザン王国が生まれるために多大な功績を残したと言われている。


 だが、今となってはただの役職の名に過ぎない。

 聖女となるためには、奇跡を扱えることが条件であったが、今ではもう一つの条件である、家柄が一定以上であるという条件を満たす者ばかりである。


 故に、謁見の間に居並ぶ国の家臣達も、聖女にはそんなイメージを抱いていた。

 教会の聖職者が、何を王に陳情に来るというのだろうか。


 騎士達に至っては、「金の亡者の聖女かよ」「寄付金を増やせとか言ってくるんじゃないのか」などとひそひそ話をする有様。


 ほぼ毎日行われている謁見の儀は、国王にとってのルーチンワークであった。

 それ故に、居並ぶ者達も日々の繰り返しに慣れ、緊張感を失っていた。


「聖女アンゼリカ、入れ!」


 繰り返し、大臣がその名を呼ぶ。


「はい!」


 すると、入り口から大きな声がした。

 思わず、家臣達が苦笑する。

 若い女の声で、しかも張り切っているであろうことがその声色から分かったからだ。


 これはどうやら、青臭い陳情をする、元良家の子女であった聖女ではないか。

 国王もご災難だなあ、そんな話を聞かねばならぬとは。

 誰もがそう思っていた。


 だが、現れた聖女の姿を見て、彼らは一様に目を剥いて押し黙る。


 それは、悠然と扉をくぐって出現した。

 真っ白な聖衣に身を包み、金色の髪が部屋の照明を受けてきらきらと輝いている。

 美しい顔を持つ女だった。


 身の丈は並の騎士よりも高く、悠然たる動きには一切の緊張の色が無い。


「で……できる……!」


 騎士団において、最大の武闘派と謳われる第二騎士団長のサルバトールは、思わず身構えそうになる体を必死に抑え込んだ。


「せ……聖女アンゼリカか?」


 大臣が問う。


「はい。さようでございます」


 アンゼリカがひざまずいた。

 その動作は、いかにも慣れていないものの動きだ。


 良家の子女ではありえない。

 むしろ、所作はもっと無骨な、まるで武人のような……?


「でけえ……」


 騎士の誰かが呟いた。

 聖女が発する威圧感のせいだろうか?

 アンゼリカの大きさが、何倍にも感じられる。


「うむ……」


 国王、ノーザンブライ三世は呻いた。

 アンゼリカの目が、じっと自分を見据えている。

 なんだこの目は。


 まるで、敵国の将と目を合わせたときのような強烈な圧迫感を感じるではないか。

 敵意はない。

 だが、目の前のこれを敵に回してはいけないと、肉体が告げているような気がしていた。


「そなたの陳情を申してみよ、聖女アンゼリカ」


「はい」


 アンゼリカは背後に、モヒカンと少女の二人を伴っているのだが、あまりにも聖女の存在感が強すぎて、だれもそれに気付いていない。


「陳情は、こちらにいる少女、ミーナの村のことでございます」


「なんと!?」


 いきなりアンゼリカの脇に、女の子が現れたように見えた。

 どよめく謁見の間。


「お、お、王様! お願いがあります!」


 ミーナの口ぶりが普通の少女のものだったので、場は一気にほっこりした。

 なーんだ、普通の女の子じゃないか。

 いつもの陳情風景だ、これは。誰もが、そう思った。無意識のうちに、アンゼリカを安全なものだと思い込もうとした。


「村を、助けて下さい! 私の村が、ならずものにおそわれて、大変なんです!」


「ならず者に? 我が領土であれば、騎士や兵士達が守るであろう」


「りょうどじゃなくって、その外で」


「ならばできぬ相談だ。あれは空白地帯。手を出させば血を見ることになるであろうよ。寝た子を起こさぬのも大事なのだ」


 大臣達がうんうんと頷いた。


「また父上は、何も成されぬおつもりか。怠惰な男め」


 王の横で、家臣達の筆頭に控えている男が呟く。

 青い髪をした、長身の美男子である。

 白い肌は抜けるようで、憂いに満ちた瞳の色は群青。


 ノーザン王国第一王子、クラウディオである。

 彼は、父王が陳情を受けても、そのほとんどを無視してしまう事を知っていた。

 何もする気がないのだ。


 これは、国王が臣民の言葉に、いつでも耳を傾けるというポーズである。


「そ、そんな、王様! 私達、とっても困ってて……! だから、村を王様のりょうちに……」


「ならぬ」


 ミーナが泣きそうな顔になった。


「これで陳情は終いか? では下がらせろ──」


 国王が言いかけた時である。


「なぜですか?」


 アンゼリカが問うた。

 一瞬、謁見の間の空気が凍る。

 国王の判断を疑い、問うとは。

 なんたる不敬か……!


「なぜ、手を出せぬのですか? 民を救い、王国に受け入れればよいではありませんか」


「く、口を慎め聖女アンゼリカ!!」


「大臣、横から口を挟まれませぬように」


 アンゼリカがぴしゃりと言い、大臣をじろりと睨む。


「ウグワーッ」


 大臣はそのひと睨みで、胸を押さえてへたり込んだ。

 アンゼリカの放つ威圧感でやられたのだ。


 どよめく謁見の場。


 王子クラウディオは、呆然としていた。

 何だ?

 今、謁見の間で何が起こっている?


「……聖女アンゼリカよ。あの地は、四国が睨む空白の地なのだ。手にしたものが世界を手にする可能性を持っている。故に、手を出した国は他国を敵に回す。ノーザン王国に戦争をせよというのか?」


「民の血を流し続けながら維持する平和に、何の価値がありましょう。それは偽りです」


「綺麗事ではまつりごとは務まらぬ……!!」


「綺麗事を放棄した政治に存在意義はありません!! 空白地帯で危険に晒される民を守るため、かの地を治める! これは大いなる大義ではございませんか!?」


「き、危険が……」


「危険を恐れて何もなさらないならば、やがてノーザン王国は他国に奪われましょう。動かぬことは停滞ではなく、退行です!」


「うぬぬ……!! ふ、不敬であるぞ貴様!! ええい、騎士達よ! この聖女を名乗る無礼者を外につまみ出せ! 不敬の処罰は斬首と決まっておる! 首を落とせ! 首を!」


「はっ!」


 激高する王の言葉に、騎士達が集まってくる。

 そんな彼らの目の前で、アンゼリカが悠然と立ち上がった。


「よろしいでしょう。では今日を持って、私はこの国の民を止めましょう。空白地帯を、人を守るための国とするだけの話です」


「な、何を言って……」


 そこで国王、ハッとする。

 国民をやめる?

 そして他の国を起こす?


 ……であるならば、目の前にいるこの女、新たな敵国の王とも言えるのでは?

 自分と聖女との距離が、驚くほど近いことに、国王は気付いた。


「ひ、ひぃぃ」


 ノーザンブライ三世は凡愚な王である。

 自らに執政の才も、軍を指揮する才も無いことは分かっていた。

 だから、何もせずに治世を過ごそうとしていたのだ。


「な、なんで! なんでわしの治世で、こんなことが起きるのだ! 何年もの間、空白地帯はあのままだったというのに!」


 騎士達は聖女に飛びかかろうとしている。

 だが、圧迫感で聖女が大きく見え、間合いが取れない。


「なるほど……。父上。あの聖女は本物です。おそらくは建国に携わった伝説の聖女、オデットと同じように」


「ク、クラウディオ! あれをなんとかせよ!」


 王子クラウディオは笑っていた。

 何もしないという父の選択肢が、何かを起こしてしまった。


 これは即ち、今までの平穏な日々が終わることを意味している。


「聖女アンゼリカ……。面白い女だ」


 ついに、騎士達をちぎっては投げ、ちぎっては投げしはじめて聖女を見て、アンセルモは不思議な高揚感を覚えていた。


「聖女アンゼリカ! 父に代わって命ずる! 貴君を国外追放とする! そして、続いて命令する! 聖女アンゼリカ! 新たなる国の盟主として、貴君を私の客として迎えよう! ようこそ、ノーザン王国へ」


「クラウディオ、お前……!」


「父上。あなたはお疲れでいらっしゃる。あの恐ろしい女は私に任せてください」


「そ、そうか……! いいのだな」


「無論です」


 クラウディオは優しく微笑んだ。

 戦いは止み、聖女アンゼリカが、クラウディオを見つめている。

 クラウディオもまた、視線を返した。


 二人の目の高さは、ほぼ等しい。


 クラウディオは長身であったが、アンゼリカもまたデカかった。


 そして王子クラウディオ、彼は……。


「大きくて強い。理想の女だ」


 アンゼリカみたいな女性がタイプだったのである……!

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