第10話 手にせよ紹介状! 聖女、早朝のご挨拶

 早朝、ノーザン王国大教会。

 門番をしていた教会騎士たちは、聖衣を纏った大きなシルエットを視界に入れて、緊張した。


 ──来る……!


「皆様、おはようございます。通していただいてもよろしいでしょうか?」


「あの、そのー。大聖女マーサ様より誰も通すなとの命令が……」


「教主猊下からではないのですね? ならば問題ありません。だって、聖女は皆平等ですから」


 それは、聖女アンゼリカ。

 昨日突然現れ、大教会の門を正面から押し通り、急遽開催された聖女会議という名の査問会を掌握し、口頭ながら王宮への紹介状を作らせる約束をした、型破りな聖女だった。


 昨日、大聖女マーサは厳命を出した。

 絶対にあの聖女かいぶつを大教会に入れてはならぬと。武力の行使も許可すると。


 教会騎士たちは、武器を構える。


「お通しできません。そのような命令を受けていますから」


「まあ」


 アンゼリカが困った顔をして、首を傾げた。

 堂々たる体躯の上に、愛らしさがまだ残った美女の顔がついているから、アンバランスなことこの上ない。

 そういう妖怪なのではないかとすら思えてくる。


「では申し訳ありません。私は押し通ります」


「おっ、お通しできまっウグワーッ!」


 一人が腕を掴まれて、無造作に放り投げられた。

 ハンマースルーという技法である。

 本来ならば、リング上で対戦相手をロープに振るアクションだ。


 今回振る先はロープではなく、周囲の茂み。


 アンゼリカが教会騎士を掴む度に、「ウグワーッ!」という悲鳴が上がる。

 教会騎士が茂みに突っ込み、動かなくなる。


「ひ、ひいーっ」


 最後に残った教会騎士が、絹を裂くような悲鳴をあげた。


「平等に参りましょう」


 アンゼリカは優しい声で告げると、彼を茂みに向かってボディスラムした。

 教会騎士、全員戦闘不能である。


 固く錠を掛けられた門扉に、アンゼリカの手が掛かる。

 彼女は神を称える聖歌などを鼻歌で歌いつつ、門を押した。

 みしみしと、鉄の外門がたわむ。


 いかに強固な門とは言えど、物体である以上いつかは壊れる。

 二つの門を封じていた錠は、めきめき音を立てると、ついにはボキリ。折れてしまった。


「開きました。さあ、参りましょう。シーゲル、バイクを押してついてきなさい。ミーナはサイドカーに収まったままでね」


「へ、へい!」


「はーい! 聖女様すごい……! ……でも、大教会って毎回こういう入り方をするところなのかな……?」


 そんな訳がない。

 だが、悲しいかな、ここにはツッコミを入れてくれる人員はいないのだ……!


 ついにアンゼリカの魔手は、昨日こじ開けた木製の扉に掛かった。

 修理は終わっていないため、入り口に立て掛けてあるだけである。


 それを、ひょいと無造作にアンゼリカが外した。


「ひいー」


 裏で扉を押さえていたらしき司祭達が、数名まとめて持ち上げられ、悲鳴を上げる。


「あら、お怪我に気をつけて下さいませ」


 アンゼリカはそう告げると、扉を適当な壁に、司祭達ごと立て掛けた。


 そして、大教会の中をずんずんと突き進んでいくのである。

 誰も止める者はいない。

 誰も止められる者はいない。


 あっという間に到着したのは、教主の部屋の前であった。


「お、お待ちなさい聖女アンゼリカ!! 教主猊下は留守です!!」


 焦った声で叫ぶのは、大聖女マーサ。


「おや、そうだったのですか。では、紹介状はどちらにお願いすればよろしいのでしょうか」


「だ、出せません!!」


 アンゼリカを前にしてそれを言えるだけ、大聖女マーサは肝が据わっている方である。だが、あまりにも相手が悪い。


「昨日、お出しいただく約束を致しました。大教会は己が口にした約束を違えるのですか?」


「そ、そんなもの、書類に残っては……」


「いと尊き神よ。我が前に望む景色を現し給え……」


 アンゼリカが奇跡を願う。

 すると、彼女の前に会議の風景が映し出された。


 アンゼリカの圧迫感によって、議場の全てが打ち倒され、望まれるままに紹介状を書くとマーサが口にした光景が、音声付きで再生される。


「リ、リプレイの奇跡……!! それほど高位の奇跡をも扱えるのですか!!」


 目を見開く大聖女マーサ。

 アンゼリカは微笑むだけだ。


「約束を違えるのですか? 神は不誠実をお許しになるのでしょうか?」


「ひ、ひい……!」


 大聖女マーサは青くなった。

 その場にへたり込んでしまう。

 心を折られたのだ。


 やがて、マッチョな司祭がどたばた走ってきた。


「聖女アンゼリカー! 今朝も素晴らしいバルクですな! ふんっ!」


 法衣を腕まくりして力こぶを見せるマッチョな司祭。

 そして、彼は一枚の紙を取り出していた。


「こちらがお約束の紹介状ですぞ」


「ありがとうございます」


 アンゼリカが満面の笑顔となった。

 大輪の花が満開となるような、輝かんばかりの笑顔だ。


 マッチョな司祭はこれを見て、ぽーっとなった。


「大教会にもまだまだ、神の教えを知る方がおられるのですね。失礼ですがお名前をお伺いしても?」


「わしはダーマス大司祭ですぞ! 大教会は聖女の力が強くて、司祭は影に隠れがちですが、一応この大教会のナンバースリーなので」


「ありがとうございます、ダーマス大司祭。この御礼は必ず。神に誓って」


 アンゼリカは親指で、自らの胸を指し示してみせた。

 そこに彼女の信じる神がいる、という宣言である。


 ダーマスは微笑みながら頷き、ダブルバイセップスのポーズを取った。

 二人は確かに分かり合う。


 やがてアンゼリカは去り、大教会には静けさだけが残された。


「いや、大したものです。今どき、あれほど気合の入った聖女はおりません」


「ダーマス殿。ご自分が何をなされたか分かっておいでなのですか!?」


 ようやく立てるようになった大聖女マーサが食って掛かる。


「己の中に神がいるなど、異端も異端……! 背信者とすら言える物言いです! 即刻あの聖女を処刑せねば……」


「無理でしょう」


 ダーマスは笑う。


「わしが派遣した暗殺者は、かの聖女に一蹴されましたわい。この末法の世の中で、気高い信仰を貫こうと思えば万にも及ぶ敵を作る。暗殺者程度に殺されていては、彼女の望む救済など果たされますまい」


「暗殺者……!? あなたは何を言って……」


「見事、暗殺者と、そして暗黒剣のユーイをも退けた聖女アンゼリカ。わしは彼女こそ、大教会の威信を負ってもらうに足る人物だと思っておるのです。わははは、猊下への報告書を作らねばなりませんな!」


 マッチョを誇示しながら、ダーマスはその場を後にするのだった。


「おお、神よ……」


 一人残ったマーサは祈る。


「世界は狂っています。大司教ダーマスも、そしてあの聖女アンゼリカも……普通ではありません……! 一体、この世界に何が起ころうとしているのですか……!」



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