第9話 王都闇夜の決戦! 聖女、必殺のバックドロップ!

「本日、王都にやって来た私が何かの恨みを買ったと言うならば、考えられるのは教会のみですね」


 アンゼリカは部屋の扉をくぐる。

 待ち構える刺客達に、緊張感が走った。


「皆様、実は勘違いだったということはございませんか? 今なら私も人違いで済ませて差し上げます」


 優しい言葉遣いだが、それとは裏腹に、アンゼリカの全身から発されるのは強烈な闘気であった。

 聖女はやる気なのだ。


 己の道に立ち塞がるもの全てを、打ち倒して突き進む覚悟をしている。


「この国じゃ、目立ち過ぎるのは良くないんだ」


 意外にも、刺客の中から答える者があった。

 誰もが皆、黒い覆面をしている刺客。

 その中で唯一、素顔を晒している男だ。


「お初にお目に掛かる! 俺は暗黒剣のユーイ。汚れ仕事を専門で引き受ける冒険者だ」


「暗黒剣のユーイ、聞いたことがあります。その剣の冴えは、王国騎士団のトップにも匹敵すると。それほどの力を持ちながらも、あえて世界の裏側に身を置き、後ろ暗い者達の仕事を受けていると」


「よくご存知のようだ。だが、俺の記憶には、君のような聖女の存在はいない。なのに教会は、君を背信者として殺せと言うのだ。何か裏がありそうだね」


 ユーイが笑った。

 そして、周囲の刺客に告げる。


「やれ」


 無言で襲いかかる刺客!

 降り注ぐ短剣の雨!


「体で受けるのも、さほど問題はありませんが……衣服がもったいないのです。ここは失礼ですが、迎撃します」


 大変遺憾そうに、アンゼリカは告げた。

 その言葉と同時に、彼女の腕は頭上に掲げられている。


 到来した刃の群れに、空手チョップが真っ向からぶつかった。

 拮抗は訪れない。

 一方的に、無数の刃が粉砕される。


 打ち勝ったのは空手チョップ。

 そのまま前進しながら、アンゼリカはチョップの雨を降らせる。


「ウグッ」


「ウググッ」


 うめき声をあげて、刺客が打ち倒されていく。

 聖女の空手チョップを浴びると、並の人間は全身の骨が痺れ、身動きが取れなくなるのだ。

 魔力で防御するか、鍛えるしかない。


「これは驚いた。こういった狭い空間は我々の狩場だとばかり思っていたんだが、君も狭い場所での戦闘に長けているとは」


「ええ。リングは一辺がおよそ6m。ここはそれよりも少し狭いですけれど、海外ならば5m半ですから、遠征したと思えば大した問題ではありません」


 刺客の襟首を掴んだアンゼリカが、ハンマースルーで窓の外へと投げ捨てる。


「なるほど。君は群れを成して襲ってはいけないタイプの人だ。時々いるんだ、そういうのが。例えば俺のような、ね」


 暗黒剣のユーイが、得物を抜く。


「饒舌だと思うかい? 俺は普段は静かに仕事をするのさ。だけど、たまに君みたいな人に出会える。嬉しくてたまらない。俺はこれを楽しみに日々の仕事をこなしているんだ」


 剣は漆黒。

 光の反射すらない。


「行くぞ」


「宿の中で戦っては迷惑がかかるでしょう。外に行きましょう」


 アンゼリカが提案する。

 それと同時に、窓の外に身を躍らせていた。


「シーゲル! ミーナを守るのですよ。守りきれなかったら大変なことになります」


「へっ、へい!!」


 事の成り行きを呆然と見守っていたモヒカンが、慌ててミーナを抱えて引っ込んでいった。


「やれやれ、なんて破天荒な聖女なんだ。だけど、最高じゃないか」


 ユーイが笑いながら、アンゼリカの後を追った。


 二人が着地するのは、夜でも明るい王都のメインストリート。

 人々が行き交う只中に、聖女アンゼリカと暗黒剣の暗殺者が降り立ったのである。

 あちこちから、悲鳴が上がる。


「闇の中で暮らしている者としてはとても眩しいね。すぐに決着をつけさせてもらう────ッ!」

 

 漆黒の剣が投擲された。

 これを、アンゼリカは叩き落とす。

 落ちたはずの剣は、糸でもついているのかユーイの手元に戻った。


「すぐにとはいかなそうだ」


「なるほど、マイクパフォーマンスで相手のペースを乱す……。あなた、プロレス向きです」


 アンゼリカが微笑んだ。

 微笑みながら、地を蹴った。

 石畳が破裂するように爆ぜ、彼女の脚力を物語る。


「うおおっ!!」


 繰り出されたチョップを、ギリギリで受け止めるユーイ。

 アンゼリカの動きに反応できる時点で、只者ではない。


「速い……! 重い……!!」


「トリッキーな戦い方に反して、反応も守りもいいですね。どうしてあなたほどの方が暗殺者などをしているのですか?」


「趣味さ。俺は強い相手と戦うのが好きでね……! だが、それがモンスターではいけない。やはり人と人でなくては」


「同感です」


 その言葉をきっかけに、ユーイはアンゼリカの腹を蹴って距離を取る。


「足の裏の感触……まるで岩を蹴ったようだった! ははは! あれが聖女の腹筋であるものかい!」


「来ると分かっている蹴りなら、備えればいいだけですから。でも、衣が汚れてしまいました」


「ははは! 君は化け物だな!」


「鍛錬すれば誰でもたどり着ける境地です。では……行くぞオラァッ!!」


 アンゼリカが吠えた。

 その一声で、周囲の人々の全身がびりびりと痺れる。

 慌てて駆けつけてきた兵士は、それ以上進めなくなった。


 アンゼリカが再び、駆け出している。

 対するユーイも駆け出す。

 暗黒剣の暗殺者は、笑っていた。


 漆黒の剣と、チョップが無数に繰り出されて切り結ぶ。

 両者一歩も譲らない。

 回転しながら技を応酬し、店の中に飛び込みながら切り結び、建物を破壊して屋上に飛び出し、さらにはともに跳躍。


 闇夜の上空で、剣とチョップが炸裂し合う。


「ここだ!」


 チョップが引き戻される瞬間、ユーイが蹴りを繰り出した。

 その靴先から、黒い刃が飛び出す。

 それはアンゼリカの脇腹に突きこまれた……かに見えた。


 がっしりと、聖女の脇が締められる。


「なっ!?」


 黒い刃がへし折れた。


「不意を討ったはず……!!」


「レスラーが試合の最中に気を緩めるはずがないでしょう。つまり……戦っている私の全身は、鋼のごとく引き締められているのです。さあ、捕まえましたよ」


 ユーイは笑いながら、冷や汗をかいた。

 打撃と斬撃の応酬をしていたときとは、明らかに違う圧力が聖女から発せられている。


 挟まれた足はびくりともせず……。

 伸ばされた手が、ユーイの体を掴んだ。


「お手柔らかに……」


 冗談めかして、暗殺者は呟いた。

 上空からの着地。

 それと同時に、アンゼリカはユーイの体を高らかに掲げている。


 ボディスラム……?

 いや、相手の体を後ろ向きにし、肩に担ぐようにしたこれは。


「バックドロップ!」


 自ら倒れ込み、担いだ相手を地面へと叩き込む。

 アンゼリカの大技である!


 その瞬間、比喩抜きに王都の大地が揺らいだ。


「ウグワーッ!!」


 ユーイの絶叫が響いた。


「むっ」


 だが、聖女は異変を感じて立ち上がる。

 地面に叩きつけられたはずのユーイ。

 その姿が……なんと、人間大の丸太に置き換わっていたのである。


 丸太は粉々に粉砕されていた。


 どこからともなく、暗殺者の声が聞こえる。


『参った! 今回は俺の負けだ! だが、聖女……いや、鋼の聖女アンゼリカ! この傷を癒やし、また俺は君に挑戦しよう! いやあ……本当に強者との戦いっていいものですねえ……』


「試合放棄とは……。ですが、たまにはいいでしょう。この世界にも、骨のあるレスラーがいることを知れました」


 アンゼリカは満足げに息を吐くと、宿への帰途についた。


「汗をかいてしまいました。またお湯を用意していただかないと……」


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