第8話 穏やかな夜……! 聖女vs刺客!

 大教会側は、すぐには返答できないとしてアンゼリカの願いは一時預かりとなった。

 だが、教会はアンゼリカが怖いので、却下だけはしなさそうである。

 聖女や司祭達は、何か恐ろしいものを見る目で、去っていくアンゼリカ達を見送っていた。


「教主様にご報告せねば……」


 大聖女マーサが最後に呟くのだった。




「教会から得たのは、聖女アンゼに対する報酬。僅かなものですが、これで宿を取ることができますね」


 バイクに吹き付ける風の音にも負けぬ、アンゼリカの声。

 けっして張り上げているわけではないのに、耳によく届く。


「宿? 聖女様! 私、宿にとまるのはじめて!」


「そうでしたか。ではミーナにはお楽しみですね」


「聖女様ァ! 俺も金を払って泊まるの始めてですぜ!!」


「シーゲルは色々これから償っていかないといけませんね……!」


 お付きの二人を連れ、選んだ宿はそれなりの大きさ。

 名は氷妖精の宴亭。


「なんだい、外に魔導バイクなんか停めて。そんなもんに乗るのはならず者……」


 出てきた宿の亭主は、のっそりと立ち上がったアンゼリカを見て無言になった。

 ぽかんと口が開く。


「今夜一晩、よろしいでしょうかご亭主」


「ど、どうぞどうぞ……。あの、魔導バイクは馬小屋に入れておいて下さい……」


「ありがとうございます」


 微笑むアンゼリカ。

 亭主は何度もこくこく首肯した。


 バイクを馬小屋に停めつつ、小声でつぶやくアンゼリカ。


「聖女だと言うのに、もしや私は亭主に威圧感を与えてしまっているのでしょうか。それはいけません。私は安らぎを与える存在でなくては……。精進が足りませんね」


「聖女様、人間にゃ向き不向きがあると思うんですけど俺」


 シーゲルが痛いところをついてきた。


「あ、なんで無言で俺の脇腹つつくんですか聖女様! くすぐったい! くすぐったいっす」


「聖女様こわいかおしてるー」


 悶えるモヒカンと、無邪気に宿泊を喜ぶ少女を連れ、聖女アンゼリカは氷妖精の宴亭へと足を踏み入れた。


「こ、こりゃあどうも聖女様」


 すっかり腰が低くなった亭主が揉み手してくる。

 アンゼリカが身につけているのは、教会製の真新しい聖衣。

 本来ならば男性用なのだが、これしか彼女の体格で身につけられるものは無かったのだ。


 それでも、アンゼリカが纏うと、聖女の衣といった風格が出てくる。

 そして長身と体格の良さからくる、強烈な存在感。


「どちらにお泊りで……」


「三人なのですけれど、四人部屋になりますか?」


「あ、はい。そうですねえ。あれ? そちらのモヒカンさんも同じ部屋で? 教会の方なのに男女別じゃないんですか」


「シーゲルは私の付き人です。付き人は先輩レスラーの世話をするために近くにいるものですから」


「先輩レスラー……? 教会の専門用語はさっぱりですが、分かりました」


 通された四人部屋に、荷物とは言えぬほどの量の荷物を置き、湯を運んでもらって旅の垢を落とす。

 その間はシーゲルは外である。

 だが、聖女アンゼリカは優しい。


「私達が終わったら、シーゲルも湯を使うといいでしょう」


「時々この聖女様、俺に当たりきついなーって思ったりするけどやっぱ聖女様優しいぜえ……!!」


 シーゲルは感動した。

 三人ともさっぱりした頃には、既に日もとっぷりと暮れている。


 宿の一階は酒場になっているため、そこで食事を摂ることにした。


「何が食べられるんだろうね。わくわくする」


「ミーナ、教会の奴らはなんか、野菜とか豆ばっか食ってるらしいぜ」


「ええー。それじゃあ私達といっしょじゃないー」


 少女とモヒカンがお喋りをする中、アンゼリカが給仕を呼んで注文した。


「骨付き肉を十人前と、大皿のスープ。そして取皿。パンはありますか? 夜はない? では蒸したお芋を十人前」


「は、はいっ!!」


 周囲の客がざわついた。


「教会の人が骨付き肉!?」


「しかもあの方、聖女様っぽいぞ!」


「お綺麗な方だけどでけえ……!! なるほど、骨付き肉十人前だ」


 ミーナとシーゲルは、テンションだだ上がりである。


「ヒャッハー!! 肉だ肉だー!!」


「お肉食べられるの!? すごい! ぜいたく!」


「今宵はお酒も許しましょう。ミーナはお茶ですが」


 運ばれてくるのは、陶器の大小ジョッキ。

 大ジョッキ二つにはなみなみとエールが注がれ、少ジョッキはハチミツ入りのお茶。


「私達の前途は、これから切り開かれます。我らの内なる神に祈りつつ……乾杯!」


「よく分かんねえけど乾杯!」


「かんぱーい!」


 ジョッキをぶつけ合う。

 シーゲルがジョッキを口に付け、半分ほど飲み干したところで、既にアンゼリカは大ジョッキいっぱいのエールを干している。

 お代わりが注文された。


 教会から支払われた報酬は、宿代とこの食事でほぼ消えてしまうことであろう。

 宵越しの銭を持たぬ聖女、アンゼリカ。


「シーゲル、ミーナ、よく聞きなさい」


「なんですかい」


「なーに、聖女様」


「教会はあの有様です。敵にこそなれ、あてにはならぬでしょう。そのうち全面戦争です」


「えっ、何を酔いが一気に醒める話してくるんですか」


 シーゲルが泣きそうな顔になった。


「教会、悪いやつらだよね。私も教会はだめだとおもう」


 うんうん、とミーナが頷いた。

 酒は飲んでいないのだが、場の空気に酔ったようでよっと顔が赤い。


「聖女様なら、教会だってやっつけられるよ! がんばって!」


「ええ。教会の腐敗を叩き潰さねばなりませんね」


 にこやかにとんでもない話をする。

 周囲で話を聞いていた人々の方が、酔いが冷めて青くなった。


 ノーザン王国において、大教会の権力は絶大である。

 そもそも、ノーザン正教は国教であり、政治、経済、軍事にと、深く関わりを持っている。

 王家すらもノーザン正教の教主を無視しては政治を進めることができないと言われていた。


 そんな教会を真っ向から、しかも聖女が批判する。

 なかなか前代未聞の光景である。


 しかも、酒場で本日一番ホットな話題は、大教会に押し入った賊がいるという話であった。

 教会騎士達は、聖女の姿をしたその賊に手も足も出ず、大教会正面扉を突破されてしまったというのだ。


 その後の続報は無いが……。

 この場にいる人々は、誰が大教会に真っ向から押し入ったのかを薄々察していた。


「大丈夫ですよシーゲル。私にお任せなさい。付き人を守り、育てるのも先輩の勤めです」


 アンゼリカ、優しくシーゲルの肩を叩く。


「は、はい。なんつーか、カード盗賊団もノーフューチャーでしたけど、なんか聖女様と一緒だとノーフューチャーどころかインフェルノに突っ込んでいくようなそんな気がしますわ」


「驚きました。あなたはなかなか語彙が豊かなのですね」


「たまに吟遊詩人がアジトにきたんでさあ。あいつらから変な言葉をたくさん教わりましたね。ほら、辺境は娯楽がねえから」


「ノーフューチャーやインフェルノを歌う吟遊詩人、気になりますね。私の中の半身が会いたがっています」


「なんすか半身って」


 アンゼリカは笑って答えなかった。


 ミーナは満腹と疲れからか、食卓に突っ伏すようにして眠ってしまい、シーゲルも酒が回って眠そうだ。

 これにて食事を終え、部屋に戻る一行。


 そして……。


 扉を開くと同時に、暗い部屋から銀光が閃いた。

 刺客が潜んでいたのだ。


 酒に酔って動きが鈍っているであろう、聖女を仕留めるべく、刺客は必殺の一撃を繰り出していた。


「シャオラッ!」


 次の瞬間、刺客の手にしていたナイフがへし折られた。

 繰り出されたのは空手チョップ。

 ナイフを折った勢いのまま、刺客の顔面に叩き込まれたそれは、まるで何もない空を旋回するかのごとく振り抜かれた。


「~~~~~~~ッ!!」


 きりもみ状態で宙を舞う刺客。

 暗い部屋の中に、驚きの感情が満ちた。

 刺客が複数いる。


 悠然と、聖女アンゼリカは部屋に踏み込んだ。


「酒の後の喧嘩は、前世でもよくやったものです。予測していないと思いましたか? 会議場というリングを降りてもなお、禍根を持ち込んでくるとは。大教会にはプロ意識が足りませんね」


 身構える刺客達。

 そう、彼らは大教会から派遣された、聖女アンゼリカを暗殺するための裏の人間。


 故に、彼らは反撃されることを予測していなかったのだ。

 対象は、たった一人で大教会正門を押し破る怪物。


 聖女アンゼリカなのだ。


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