第7話 聖女会議開催! 勝ち取れ、紹介状

「聖女アンゼリカ……? た、確かに、聖女アンゼの面影が色濃くあります」


「アンゼと同じ魔力が検知されました! 間違いありません。この大女……いえ、聖女は、アンゼです!」


 両手に曲がった金属棒のようなものを持った聖女が断言する。

 これぞ、近くにいる人間の魔力性質を判定する、魔力ダウジングマシンである。


「なるほど……。魔力ダウジングは嘘を付きません。我々は認めるべきなのでしょうね。あなたが聖女アンゼなのだと」


「ありがとうございます。訂正を一つ。私は、聖女アンゼリカ。そうお呼び願えますでしょうか?」


 ここは大教会の会議室。

 テーブルが円を成して並べられており、中央の空間にアンゼリカが座していた。


 このスタイルは本来ならば、背信者などを詰問する形式なのである。

 そして通常であれば、この状況、背信者の椅子と呼ばれる中央座席に連れられてきたものは、怯えて縮こまっているところである。


 だが……。

 聖女アンゼリカは背筋を伸ばし、膝の上に優雅に手を乗せて、うっすらと微笑んでいるではないか。


 むしろ、彼女を囲んでいる聖女や司祭達が、アンゼリカの発する気のようなものに当てられて小さくなっている。


「こほん。いいでしょう」


 そう告げたのは、この会議場の主。

 大教会において、二番目の地位を持つ大聖女マーサ。


 そして彼女に従う聖女達が集い、アンゼリカを睨みつけている。


 聖女アンゼリカの横にちょこんと腰掛けたミーナと、何故か同席を許されたシーゲルは震え上がった。


「聖女様、こわい……」


「大丈夫ですよミーナ。私の側にいれば安全ですから」


「聖女様、超こええんですけど」


「シーゲル、付き人は先輩レスラーとともにいるものですよ。暇なら私の肩を揉みなさい」


「俺の扱いがミーナと違い過ぎません!?」


 堂々たる聖女アンゼリカ。

 聖女達の敵意のこもった視線も、そよ風のように受け流す。


 何故、聖女達はアンゼリカに敵意を向けるのか。


 それは、アンゼリカの半身である聖女アンゼに由来する。


 大聖女マーサが、厳しい表情をして口を開く。


「数少ない、奇跡を行使できる聖女である貴女が戻ってきてくれたことは僥倖ぎょうこうでした。あなたは辺境の地で命を絶ったと聞いていたのですが……。自死はノーザン正教において大いなる罪。貴女の魂は永久に地獄を彷徨うことになっていたでしょう」


「数少ない、奇跡をつかえる……?」


 ミーナが首を傾げる。

 彼女にとって、聖女とは奇跡を使えて当たり前の存在だった。

 それが数少ないとは、一体……?


 純粋な少女には、大教会に巣食う腐敗のことなど思いも寄らないのだった。


「はい。幸いなことに、私は新たな半身を得て蘇りました。そして、皆様もご存知のように、悪党どもをこの手で改心させて参りました」


 不可解なアンゼリカの言葉に、どよめく会議場。


「半身とは!?」


「蘇るですって!?」


「まるで悪魔や魔女のような事を!」


「ま、まさか聖女アンゼリカは魔女になったのでは!?」


「なるほど、魔女になったのなら、あのとんでもないバルクも説明がつく! わしも日々鍛えているが、簡単にはあのバルクに達することはできん。羨ましい」


「聖女様、一人ボディビルダーが混じってませんか?」


 シーゲルの素朴な疑問を、アンゼリカは微笑みで受け流した。

 まるでアンタッチャブルな質問だから、それには触れるなと言いたげである。


「静粛に! 聖女アンゼリカ。確かに貴女の姿がそうも変化したことには、大いなる疑問が残ります。貴女は悪魔と契約し、魔女となったのではないのですか? 説明を求めます」


「地獄から聖女が蘇ってはならないという文言は、教典にはございませんね。私は、私です。成した業績も、皆様の元には届いているでしょう?」


 そう。

 既に、空白地帯にてカード盗賊団を撃滅せしめた聖女アンゼリカの業績は、羊皮紙に書かれて会議場に資料として配られていた。

 高価な羊皮紙をこうも贅沢に使うところに、教会の裕福さが現れている。


「そ、それとこれとは話が別ですが……。確かに、かの勇名なカード盗賊団を破り、彼らを捕らえたことは素晴らしいことです。皆、拍手を」


 ぱらぱらと周囲が拍手をした。

 一人、マッチョな感じの司祭がスタンディングオベーションしていたが、周囲をキョロキョロしてからスッと座った。


「あなたはその身に宿した、偉大なる奇跡でカード盗賊団を破ったのですね?」


 当然の事を確認する、という口調の大聖女マーサ。

 だが、アンゼリカはそれに首肯しない。


「盗賊団もまた、人です。人と人が向き合い、技を交わし合うのに、なにゆえ奇跡という不純物が必要になりましょうや?」


 一瞬、会議場が静まり返った。

 誰も、アンゼリカが口にした言葉を理解できなかったからだ。


「な……何を言っているのですか、聖女アンゼリカ」


「人と人がわかり合うために、あるいは悪しき者を制裁するためには、人ならざる力は不純物だと申し上げております。例えば我が身を流れる魔力も。これを用いてプロレスをするなど……」


 アンゼリカは微笑みをたたえたまま、首を左右に振った。


「戦いの場で魔力を使うことは、女々しい行いです」


 会議場が騒然とする。


「ぼ、冒涜だ! 神に対する冒涜だ!」


「やはり聖女アンゼリカは悪魔に魂を売った! 魔女になったのだ!」


「そもそも、あんな辺境の無法地帯を、年端もいかない小娘がどうにかできるはずはないでしょう!」


「卑しい生まれの、奇跡が使えるだけで聖女になった小娘! せっかく地獄の辺境に追い払ってやったのに!」


 怒号が渦巻いた。


「こ、怖い……!」


 ミーナがアンゼリカの手を握る。

 聖女の手は、がっしりとして暖かかった。


「聖女様、こいつら、カード盗賊団よりもよっぽど悪党ですぜ……!」


 シーゲルが真っ青になっている。


「ええ。大教会とは、魑魅魍魎ちみもうりょうがうごめく伏魔殿。愛だけでも、力だけでも渡っていける場所ではありません。ああ、二人とも。耳を塞いでおいてください」


「は、はい!」


「へい!」


 すぐに耳をふさぐ、ミーナとシーゲル。

 アンゼリカは大きく手を広げた後、両の手のひらを激しく打ち合わせた。


 凄まじい音が、会議場に響き渡った。

 怒号やざわめきが一挙に吹き飛ばされる。


 立ち上がりかけていた聖女や司祭たちは、その勢いに吹き飛ばされ、床に尻もちをついて目を見開いている。

 大聖女マーサもまた、目を丸く見開き、何も言えずに口をパクパクさせるだけ。


「皆様、ご静粛に。ここは聖なる大教会の、大会議室ではございませんか。それと……」


 アンゼリカが立ち上がる。

 会議場の誰もが、目を剥いた。


 机に囲まれ、周囲からの視線に晒される者は罪人である。

 罪人は縮こまり、小さく見えるはずなのだ。

 なのに……。


 聖女や司祭達には、立ち上がったアンゼリカが恐ろしく大きく見えた。

 10mくらいある。


「ひ、ひい……」


 これは何なのだ。

 まるで、裁くための存在、絶対的な正義としての聖女が中央におり、周囲にいる者は皆罪人であるかのようではないか。


「せ、せ、聖女アンゼリカ、ちゃ、ちゃ、着席を」


 大聖女マーサはそれだけ、どうにか口にする。

 この状態で口をきけるだけで大したものである。


「空白地帯には、神も救いもありません。そこに住まう方々が罪人なのだと、かつての私の半身は聞いておりました。ですが……彼らはどこにでもいる、普通の善良な人々だったのですよ」


 アンゼリカが、ゆっくりと周囲を睥睨へいげいする。

 その目に見られた者は、誰もが正気を失い、恐怖に縮み上がった。


 物理的な恐怖だけではない。

 己の中にある、信仰の欺瞞ぎまんをえぐり出される、根源的な恐怖である。


「彼らを救わない者が神ならば、神はおりません」


 なんたることであろうか!

 神の不在を口にする聖女。

 それはまさしく、異端である。


「彼らを救うものが神ならば」


 ミーナが、ぎゅっとアンゼリカの手を両手で握りしめる。


「神は、私のここにおわします」


 アンゼリカは親指で、己の心の臓を指し示した。


「ご清聴、感謝いたします、皆様。では、大教会の名のもとに、国王陛下への紹介状をいただきたく存じます」


 聖女アンゼリカ。

 彼女は正に、この会議場の主であった。

 誰も、アンゼリカの言葉に異を唱えることができない。


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